72話:二年目の夏が終わる
試合が終わった。
マウンド上に明倭の選手らが集まり喜びの輪を作る隣の一塁を廻った所で俊哉が膝から崩れ落ち塞ぎ込む様になったまま動けなかった。
「俊哉、立つぞ」
そう言いながら俊哉の腕を引き立ち上がらせる一塁コーチャに立っていた鈴木。
それでも尚、立ち上がれない俊哉を鈴木は多少乱暴に起き上がらせた。
「ほら!整れ…つ」
俊哉の目からは大粒の涙が零れていた。
人目をはばからず涙を流す姿に鈴木も目に涙を溜めるも俊哉を引きずる様に腕を引く。
「泣くな俊哉…泣くな」
「ごめん…ホントごめん…」
「アホ謝るな。お前は良くやったよ…マジで」
ついに鈴木の頬にも涙が一筋流れる。
その姿に泣いていたのは鈴木だけではない。
スタンドの応援団や生徒たちも、彼の姿に涙を流していた。
「俊哉君…」
「俊哉さん…うわぁぁん」
ハルナの腕の中で泣いてしまった司。
ハルナもまた目に涙を浮かべながらも司の頭を何回も撫でる。
由美も零れる涙をハンカチで拭きながら司に寄り添うようにしていた。
「俊哉先輩…」
「ひぐっ…ぐすっ…」
号泣して顔がめちゃくちゃになる心優を抱きしめる様に柚子が彼女を両手で包み込み、椛愛も涙を零しながら心優の手を握っていた。
心優の姉の瑠奈の必死に泣くまいと何度もハンカチで涙を拭きとるがやがてそれも無駄に終わるのである。
そして、マキと明日香は涙を零しながらも、俊哉をジッと見つめていた。
「トシちゃん…」
「トシ…」
そう呟きながらも、彼女らは俊哉の姿をずっと見つめ追いかけていたのであった。
そうしているうちにグラウンドでは整列がされていた。
俊哉は冷静を取り戻したのか整列の際は自分で立っていたが、自分たちの応援団の待つスタンドへと走っていき、スタンドで待つ司を始め涙を流す彼女らの顔を見てまた崩れ落ちる。
「俊哉…お前は良くやったよ…だから立て」
俊哉を立たせるのは明輝弘。
彼の目には涙は無かったものの正直な所泣きたい気持ちであるのは当然である。
だが、ここで自分が泣いたらと感じ強く気持ちを持たせているのだ。
「ごめん…俺が繋いでれば…」
「それはもういい。これが勝負の世界だ…そうなんだよ…」
言葉を詰まらせる明輝弘だが、彼は絶対に泣かなかった。
応援団に挨拶を済ませて閉会式へと移る。
そして閉会式が終わり、長い夏の予選が幕を閉じたのである。
球場の外に出た聖陵の選手たちは春瀬監督とミーティングをしていた。
応援団らギャラリーも彼らの姿を黙ってみており、春瀬監督は少し間を空けるも口を開く。
「甲子園への壁は厚かったな…。でも、俺はその壁を次は壊せると思ってる。チーム全員でここまで来れた事を忘れるな。この経験を次に繋げれる様に俺も頑張る…だから、一緒に進もう。」
締めくくる春瀬監督の目にはうっすらと光るものが見えた。
そして最後にキャプテンの早川の挨拶をする。
「正直、俺と桑野が入学したときは…こうなるなんて全く考えてなかった。それが去年、俊哉達が入学して勢いが出て、今年さらに入部が増えて…遂には…明倭と肩を並べて戦えるまでに来た…俺はぁ…この三年間で最高の夏を…迎え…られて…本当に良かった!ありがとう!!」
そう言いながら頭を下げる早川に選手たちは心動かされた。
負けたのにお礼を言われるなんて…と。
「さて、今日は解散にするか…今後の方針についてはまた追って話をしよう。」
春瀬監督は選手たちを解散させ帰させた。
何とも言えない雰囲気の中、バラバラと荷物をまとめていく選手たち。
俊哉も荷物を詰め終えると立ち上がりバックを肩にかけて歩き出そうとする。
「おいトシ…」
「ごめん…今日は帰らせて」
呼び止めようとした竹下を振り向かずポツリと答える俊哉に竹下はこれ以上は何も言えなかった。
トボトボと歩いていく俊哉の背中。
そんな彼の背中を見ながら竹下らも、各々で解散していく。
其の夜、俊哉が入浴を済ませ自室にいると彼のスマフォにグループラインのメッセージが届いた。
その内容は一度集まって軽く練習とミーティングを行う旨の文章が書かれていた。
「そうか・・・アレ決めるのか」
そう呟く俊哉はメッセージに返事をし、眠りにつくのであった。
決勝戦から数日後、野球部は先日のメッセージ通り練習を行った。
俊哉はというと落ち着いたのかいつもの表情を見せながら練習へと顔を出す。
「おはよ~」
「おうトシ。もう大丈夫か?」
「うん。いつまでもクヨクヨしてられないしね」
笑顔を見せながら話す俊哉に竹下は少しホッとした。
そして今日の練習は軽めの練習となりお昼過ぎには終了し残りはミーティングとなる。
ここで今後の野球部の方針を決めるに当たり大きな決め事をすることになる。
「さて、次期キャプテンを決めなければならないんだが…」
話を切り出す春瀬監督。
早川が引退し次の新たなキャプテンを決めるのであるが、ほとんどの選手は大体の予想をしていた。
「俺的には、竹下に任せたいと思う」
「え?!俺!?トシとかでなくて!?」
「俺も賛成」
「俺も異議なし」
次々に同意の声が上がる中、一番困惑しているのは竹下本人である。
「いやいや俺特に何もしてないよ?資質もあるわけではないし…」
「いや、俺は竹下が良いと思うよ?」
「トシ…」
「だって、そもそもこの高校に入ったのも竹下のお陰だもの。竹下が声を掛けてくれたから俺らはここにいるんだよ?だからお前以外は考えられないって」
そう話す俊哉。
その言葉に周りは同じ気持ちであった。
この流れで竹下は断れるわけは無い、というより自分をそう思っていてくれていたことに嬉しさを隠せずにいた。
「わかった…じゃあ俺がやるわ」
その言葉に全員から拍手が鳴る。
春瀬監督も満足そうに彼らの姿を見ており、さっそく次の方針を話し始めた。
「さて、これで早川と桑野の二人が抜けて新チームとして進むわけだが。まぁ主力のほとんどが残っている訳だから特に弄る必要もないとは思う。だが秋大会に向けてこれからは打順の変更等を念頭に考えていきたいと俺は思ってる。なので八月の中盤までは休みにするが、終わってからはバンバンいくからな?」
『はい!!』
ミーティングが終わり今日の練習は終了。
ここから彼らの夏休みが始まる。
約3週間ほどの休みであるが彼らはどう過ごすかを楽しみに会話をしていた。
「ウッチーは予定とかある?」
「俺はコンサートに行ってくるよ~」
様々な話しをながらワイワイとする部室内。
そんな中、端で一人ポツリと俊哉が着替えをしている所へ竹下がやって来る。
「そうだ俊哉。八月後半の練習始まる前位に海いかね海♪」
「お~良いね~海♪行こう行こう~」
笑顔を見せながら話す俊哉。
竹下と談笑しながらとりあえず海へ行く約束をした俊哉を見ていたのは望月。
着替え終え部室を後にする俊哉を追うように望月も外へと出ると俊哉に話しかける。
「おうトシ」
「ん?何?」
「お前、まだ引きずってるだろ」
「え?…何が?」
「分かるよ。見てれば」
そんな言葉を発する望月に俊哉は頬をポリポリと書きながら参ったなという表情を見せながら苦笑いを浮かべる。
「いやぁまぁ…まだね」
「やっぱり…無理すんなよ?」
「うん。その辺は大丈夫…てか良く分かったね」
「バカ、いつも屈託のない笑顔を見せるトシの顔を覚えたからだよ。すぐ分かる。多分皆も分かってるぞ?」
「え?マジ?」
「マジ」
どこか恥ずかしそうに笑う俊哉。
そのまま俊哉は恥ずかしさを隠したいのか逃げる様に帰っていくのを見ながら望月はため息をつくのである。
また、部室でも同じような話をしていた。
「やっぱり俊哉元気なかったな」
「まぁいつも見せる表情とは違ったからな」
そう話す竹下と山本。
そんな彼らの会話を聞いていた琢磨ら一年生達は二年生たちのチーム力の強さを確認すると共に関心していた。
「スゲェよな。表情一つの違いが分かるんだ」
「まぁ兄貴が分かりやすいだけかと」
琢磨の言葉に呆れ笑いを見せながら話す亮斗。
そして今まで黙っていた三平が何かを思い立つようにハッとなり言う。
「これが…ホモか!!」
「ちげぇよアホ」
「え!?」
「あ、でも強ち違うわけでもないかも…」
「…え?」
いよいよ次回から夏休み編。
次回へ続く。
次回から夏休みに入ります。
夏休み特別編として新しい章を作って投稿していきたいと思います。
よろしくお願いします。




