38話:決勝で待ってる
静岡県高校野球選手権大会地区予選が始まった。
草薙球場には県内約110校の高校が集まり開会式に参加する。
セミが鳴く中、選手たちは整列をし静岡県高校野球連盟の偉い人からの言葉を頂く。
彼らは8月に行われる甲子園大会に向けて熱戦が繰り広げられるだろう。
開会式は何事も無く終了。
選手らは退場をし球場の外で待機をしている。
「おうトシ」
「お〜、尚徒」
聖陵の選手らが集まる集団にいる俊哉へと話しかけてきたのは沼津南の山梨だ。
「今年は戦力揃ってんだな」
「おかげさまでね」
山梨の言葉に笑顔で答える俊哉。
ザッと見て山梨でも知っている選手がチラホラいる聖陵の新入生たち。
「俺らと当たるのは準決勝か・・・それまで残ってるといいな?」
「頑張るよ。てか尚徒たちもだよね?」
「確かに♩」
俊哉のツッコミに笑いながら答える山梨。
2人が少し談笑していると、今度はもう1人の選手が近づいてくる。
そのユニフォームは県内の高校球児なら誰もが知っている名前だった。
「土屋・・・」
「やあ山梨君。そして俊哉君」
「久しぶり」
「まさか天下の明倭様の方からおいでなさるとはな」
「あはは。そんな偉くはないよ?なんだかんだ言っても甲子園では初戦負けだからね」
山梨の皮肉にも似た言葉に土屋は笑いながら言い返す。
俊哉も土屋の方から来るとは思わなかったのか、少し緊張している。
「俊哉君。今年も戦える事を願ってるよ?」
「当たっても決勝だよね?」
「確かに。でも残って来ると思うけどね?」
「あ、あはは・・・」
その自信はどこから来るのだろうかと考えながら苦笑いする俊哉。
だが土屋から醸し出される空気は明らかに違っていた。
おそらく県内では明倭が優勝候補筆頭だろう。
次点では藤枝桐旺が入り、次に名前が挙げられているのは山梨のいる沼津南だ。
「おいおい、それは準決勝で俺らを倒すってことか?」
「いや、それはやって見なきゃ分からない事だよ?でも、何か感じるんだよねぇ〜」
「え〜・・買いかぶりすぎでは?」
「買いかぶってるつもりは無いよ?特に今年の一年には宮原琢磨がいる。それに平林に上原、橘に橋本。そして君の弟君もね。決して楽観できないレベルの戦力の増強に、おそらく俊哉君たちも冬からここまで鍛えてきてるだろうからね。油断したら寝首を搔かれるのはこっちだ。」
そうはっきり言われると、俊哉でも恥ずかしく感じてしまう。
土屋の言葉に、山梨はウンウンと何度か頷いているのを見る俊哉は彼が冗談で言っているのでは無いなと感じる。
「だから山梨君も油断しないように」
「最初から油断してる気はねぇよ?特にトシにはな」
「え?」
「コイツは何か気味が悪い。いい意味でな」
「それは良い意味なのかな?」
「勿論褒め言葉だよ」
「そ、そうなのか?」
こうも色々言われると俊哉も恥ずかしくて仕方がないだろう。
優勝候補のエースに言われて悪い気はしないが、どこか不気味にも感じてしまう。
すると移動になるのか、俊哉に“そろそろ行くぞ!”と声がかけられる。
「移動か。じゃあね」
「おう。今度はグラウンドだな」
「だね♩」
「じゃあね俊哉君。次はマウンドと打席で会おう」
「うん。頑張るよ土屋君」
山梨、土屋から別れの言葉をかけられ俊哉は笑顔を見せながら手を振り去って行く。
そして山梨、土屋もチームに戻り移動を始めるのであった。
開会式の後に行われる開幕戦。
聖陵の選手たちはスタンドで見学をする事になった。
「ひでぇ試合だな・・・」
そう呟く竹下。
開幕戦の展開は初回から3点づつ入ると、二回三回と互いに得点が入る。
そして五回を終わった次点で7−7の同点と中々の打撃戦(?)である。
「あ、また入った」
エラーで得点が入り勝ち越す。
だが次の回では、今度が先ほど勝ち越した方が守備でエラーをし同点に追いつかれる。
「スッゲェ疲れる展開だな・・・」
「まぁこれもまた野球だからね・・・」
竹下がげんなりしながら話すのに対し俊哉は苦笑いを見せながら話す。
結局、試合は12−11のサヨナラエラーで後攻チームが勝利する形となったが観戦している選手や観客には中々疲れる試合となっただろう。
「さ、帰るぞ〜」
春瀬監督の言葉に選手たちは立ち上がり球場を後にする。
球場の外で解散となり各々帰路へと着く選手たち。
俊哉たちも私鉄へと乗り新静岡駅へと向かう。
「俺らの試合は来週の日曜日だっけ?」
「そう、場所は草薙球場で9時から」
「うへ。早いなぁ〜」
「草薙だからまだ良い方だよ」
電車に揺られながら自分たちの試合の話をする。
「トシ、開会式の後に明倭の土屋と話してたろ」
「してたよ?」
「何か言ってたか?」
俊哉の隣に座っていた秀樹が、先ほどの土屋と山梨との会話を聞いて来る。
「決勝で待ってるってさ」
「流石王者の貫禄だな」
「あはは、確かに」
先ほど言われたままの言葉を言うと秀樹は笑う。
「でも土屋君はマジだったよ」
「それだけ期待してるって事かな?」
「さぁ・・・でも、俺らも止まるつもりは無いよね?」
「勿論♩」
俊哉と秀樹は互いに顔を見合わせ笑う。
一年目は20人にも満たない人数で挑んだ夏と秋は、完全に実力不足を味わった。
互いに課題を見つけ、この夏に向けてトレーニングを積んできた。
そして入部してきた有望なルーキー達。
新たな聖陵野球部として今年彼らは夏に挑むのである。
「さぁ初戦が楽しみだなぁ〜」
「期待してるぜ?トシ」
「あはは、すごい怖い」
秀樹の言葉に笑いながら答える俊哉。
そんな彼らの載せた電車は、新静岡駅へと向かう。
新静岡駅へと到着すると選手らはバラバラになりながら解散。
俊哉は琢磨、亮斗と一緒に自宅へと戻る。
「俊哉さん」
「ん?」
「俊哉さんは、今年の夏はどこまで行きたいですか?」
唐突な質問に俊哉は少し言葉に詰まる。
“どこまで行きたいですか?”と言う言葉に俊哉は考えてしまった。
「えっと・・・真面目な感じで?」
「勿論です」
「そっか・・・。実は今日、明倭の土屋と話をする機会があったんだ」
「え?」
先ほどの出来事を話す俊哉に琢磨は驚いた。
甲子園常連校の明倭のエースである土屋と俊哉が話をしていた事に対して、琢磨は非常に驚いていた。
「知り合いなんですか?」
「え?まぁ去年の夏戦ってからねぇ、連絡先も交換したし」
「マジすか・・・で、どんな話を?」
「うん。“決勝で待ってる”ってさ。だから俺は最低でも決勝に行かなきゃならなくなったって訳。勿論、そこまでの道中は安全じゃないし、途中で転ぶかも分からない。でも、俺は去年のリベンジを果たしたいんだよね・・・」
「ということはそれは・・・」
「うん。甲子園に行くと言う事だよ」
「・・・わかりました。それを聞けて安心しました。ではまた学校で会いましょう!」
俊哉からの言葉に安心したのか琢磨は笑顔を見せながら自宅の方へと歩いて行く。
「兄貴さ、大きく出ちゃったけど良いの?」
「まぁ言うのは自由だからねぇ・・・」
「確かに。でもまぁ、大丈夫っしょ」
「お前も楽観的だね」
「逆に兄貴は考えすぎじゃない?気楽にいこうぜ」
「そうだな・・・うん。そうだな」
亮斗の言葉に俊哉は頷く。
そして俊哉と亮斗も自宅へと帰って行くのであった。
次回、いよいよ夏初戦。




