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人気のない図書館で襲われるのはセオリーです

 由良が特に一部の日本人に対して間違った認識をしたまま高校に入学し、二か月が過ぎた。


 景の心配をよそに、由良は上手くクラスに馴染んだ。恭弥以外に発揮される柔らかい物腰と紳士的な態度で同性からも好かれたし、由良の美貌は入学式から一週間もせぬ間に学校中へ知れ渡り、男女問わず魅了した。


 バイトをしているため部活には所属しなかったが、委員会の仕事はしっかりと引き受け、数か月に一度回ってくる当番の仕事を全うしようとしていた。


 のだが、そこへ天敵である恭弥がやってきて、冒頭のシーンへと戻るわけである。


 恭弥をエロいと信じて疑わない由良は、警戒心をむき出しにして返却された本を棚に戻す作業を始めた。


「図書委員なのか」


「悪いですか」


「誰もそんなことは言ってないだろう。やけに棘棘しいな」


 早く仕事を終わらせたい由良だったが、恭弥が話しかけてきたため手を止めて半眼で睨む。その際に見えた、ボタンが二つ外されたカッターシャツからの覗く恭弥の鎖骨がひどく扇情的で、由良はすぐに目をそらした。


(何でこの男はフェロモンがだだ漏れなんだ……そうやって女を悩殺して性奴隷にでもするつもりなの……?)


「貴方のせいで景に怒られましたから……人を穿った見方をしてはいけないと……」


 初対面で恭弥に失礼な発言をしたことを、由良は景に叱られていた。大好きな景に叱られた由良は飼い主に説教を受けた忠犬のごとく落ちこんだが、恭弥に対しての認識は変わらなかった。


(景は優しいし男だから気付いてないだけで、こいつはエロいに違いないのに! 何で私が怒られなきゃいけないの?)


 理不尽だと景に訴えたかったが、面白くないことに景は恭弥を気に入っている様子だったので、由良は景に嫌われたくない一心で我慢した。ゆえに景が恭弥とつるんでいることも気に食わないと思いつつ黙認しているのだが、恭弥が自分に絡んでくることに関しては別だ。


 文句を言っても構わないだろうと、由良は横柄に腕を組んで恭弥を見上げた。


「何か用ですか? 部活は? たしか剣道部でしたよね……去年インターハイで優勝したと景から伺いましたが」


 そんな強豪がサボっていていいのか、と暗に匂わせたが、恭弥は「今日は休みだ」とすげなく言った。


(今日は部活が休みなのにさっさと帰らずここへ来た……それはつまり……)


 由良の脳内で急速に恭弥がここへ来た理由の推測が始まる。頭の回転が早いことが幸いしたのか――一瞬で理由に思い当った。


(わざわざここへ来た理由……それは……図書室で私に『誰かに見つかるかも? ドキドキハラハラ○ックス』をするため……!!)


 悪天候のため部活のない生徒はさっさと帰宅し、特別棟の図書室に足を運ぶ者は少ない。部活休みにかこつけて、恭弥は由良を図書室の本棚に押しつけて卑猥なことをするに違いないと思った。


 おそらく展開はこうだ。




『冗談じゃないです……やめ……っんぐっ』


『静かにしろ。誰かに見られてもいいのか?』


 恭弥が力任せに由良の身体を本棚に押しつけ、片手で口を塞いでくる。


 背が高い恭弥にすっぽり隠れてしまい、これではもし図書室に誰か入ってきても、一見しただけでは由良が恭弥に追いつめられていると気付かれないだろう。


 憤激し抵抗しようとする由良の耳に、恭弥は鼓膜を震わすような低い声で囁く。彼の吐息が耳を撫でるだけで、腰の辺りがズクン、と疼く。麻薬のような声だと由良は思った。


『ああ……それとも誰かに見られながらするのがお好みかな?』


 そんなわけないでしょう私は処女だそんなのハードル高いわと叫びたいが、強い力で口を塞がれているためくぐもった声しか出せず、苦しげな息が鼻から漏れていく。


 由良の両手は一回り大きな恭弥の片手によって拘束され、満足な抵抗が出来なかった。


 それにもどかしさを感じていると、ふと首筋にくすぐったさを感じる。目線を下げれば、恭弥の顔が鎖骨に埋まり、柔らかい黒髪が由良の首筋を撫でていた。不安定な気持ちになっている間に、鎖骨のくぼみを熱く湿った舌で舐め上げられ、肩が跳ねあがる。


 思わず濡れた吐息をもらしてしまうと、こちらを見上げてくる恭弥の黒曜石の瞳と目が合った。


『ん……っ』


『物欲しそうな顔だな。誰か来るかもしれないと思って興奮してるのか』


『んんっ? そんな訳な……っあ、や、そこは……っ』


 唇を解放されたと思うと、由良の口を塞いでいた恭弥の手は滑るような手つきで由良の内腿を撫で上げる。そのままスカートの裾を捲り上げ、大事な部分に到達しようとした。


『――――何なら、誰かに見られながらめちゃくちゃに犯してやるが……?』




 ――――こんな風に、脳髄を蕩かすような低い声で甘言を囁いて、由良を襲うつもりに違いない……!


 由良は一瞬でそこまで妄想して怒った。


(姑息な奴め……! 普段は私が景と一緒にいるから、景がバイトで早く帰り私が委員会の日を狙ったな……!)


 完全に恭弥を野獣扱いした由良は、警戒心をマックスにして身構えた。


(私にエッチなことをしようったって、そう簡単に出来ると思うなよこのどスケベ野郎……! 空手の心得はあるんだからね……!)


 ぐっと拳を握りファイティングポーズを取る由良。しかし何故図書室にやってきたのかという問いに対する恭弥の答えはというと――――……。


「本を借りに来たんだ」


 実にまっとうな理由だった。


(本を、借りに、来た?)


 一瞬何を言われたのか飲みこめなくて、由良は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。


「本を借りに……? いやちょっと意味がよく分からないですね……。あ、エッチな本ですか?」


「どうしてそうなる……。探しているのは洋書だ」


 恭弥は呆れかえった様子で嘆息した。


「図書室に入っていると津和蕗に聞いたが……探すのは骨が折れそうだな」


 本棚が呻き声をあげそうなほど本が所狭しと並ぶ図書室内を見渡し、恭弥が言う。どうやら本当に本を探しにきたようだ。肩透かしを食らった由良は、何とも言えない気分になった。


(何だか図書室でエッチなことをされる妄想をした私の方がスケベみたいじゃない……!? キョウめ! 私を陥れたな……!)


 まさにどスケベなのは由良自身なのだが、由良本人がそれに気付くことはない。しかし、いや待てよ、と冷静な自分が頭の隅で囁いた。今のは先走った自分が完全に悪い、と。


 由良はそう思い改め、肩を落とした。


 図書室で淫らなことをされる妄想をしたことは恭弥にバレていないだろうが、ばつが悪くなり、由良は珍しくしおらしい声で恭弥へ話しかける。


「タイトルが分かれば、だいたいの場所は分かりますよ」


「……! 随分と記憶力が良いんだな」


 意外な由良の特技を知った恭弥は、興味深そうに言った。恭弥に褒められると思っていなかった由良は、どんな反応をすればよいのか分からず、結果微妙な顔をして言った。


「この学校の本は、日本をよく知るために入学して一カ月で読破しましたから」


「一カ月で? ほう……津和蕗が褒めるだけはあるな」


 一体景が由良をどう褒めたというのだろう。気になった由良だが、敵対心を持っている恭弥の口から大好きな景のことを聞かされるのは不愉快極まりなかったので追及するのはやめておいた。


「それで、何てタイトルの本ですか?」


「たしか『時の容疑者』だったが」


「容疑者シリーズですか……! あれ面白いですよね……っ」


 日本語に翻訳された本がないため、まさか日本で知っている人に巡り合えるとは思わなかった由良は興奮気味に語る。恭弥は物珍しそうに目を丸めた。


「ああ……そうか、お前も好きなのか。黒の館のトリックは分かったか? あれが一番好きで」


「ええ! 私もです! トリックは分かったんですけど、まさかあそこでミスリードがあるなんて――――……」


 そこまで言って、由良は恭弥が僅かに口元に笑みを浮かべていることに気付き我に返った。自分は何故天敵と慣れ合っているのかと。


(これはまさか……私を好きな本で釣って手懐けようとしている……!? そして懐いたところで『このシリーズの別の本ならうちにあるから来い……読ませてやるよ。ただし、ベッドの中で寝物語としてな』というパターンでは……!?)


 なんて恐ろしい男だ。危うく騙されるところだった……!


 蒼白になり、由良は目を覚ますべく自らの頬を叩いた。恭弥は饒舌だった由良が突如黙りこんだため不思議そうにこちらを覗きこんできた。


「どうした?」


「……っ何でもありません! 本はこっちです!」


 突っぱねるように言い、由良はミステリーのコーナーに向かい、恭弥の目当ての本を引っ張り出して押しつけた。急にまた尖った態度をとる由良に、恭弥は怪訝そうな顔をした。


「お前はいつも不機嫌そうだな」


「悪かったですねぇ。地顔です」


 眉をピクリと動かして由良は不自然な笑顔を浮かべた。恭弥は貸出カードに記入しながらさらりと言った。


「津和蕗と楽しげに会話している時は可愛く見えるがな」


「……っは?」


 不意をつかれた様子で由良が顔を上げれば、恭弥はもう本を手にし、ドアへと手をかけていた。


「借りていくぞ。お前は? まだ仕事か?」


「は、はい」


「そうか。暗くなるまでに帰れ。その恵まれた容姿だ。変な輩に手を出されていないかと津和蕗が心配するぞ」


「い、言われなくても早く帰ります! 命令しないでください!」


 噛みつく由良に、恭弥は振り返りもせず手をひらひらと振って図書館を後にする。入れ違いでやってきた大人しそうな男子生徒に、頬を染められながら「あの、返却手続きをお願いしたいんだけど……」と頼まれるまで、由良は恭弥の後ろ姿を複雑な気持ちで見ていた。


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