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忘れろなんて忘れられない言葉ですね

 景に注意されてからも相変わらず、由良は恭弥を避ける日々が続いた。


恭弥の動きを読んで忍者のように遭遇を回避することもあれば、友人たちといる時にすれ違う場合は、話に夢中で気付かない振りをした。その度に恭弥から物言いたげな視線を感じ、友人たちは目が合ったと黄色い声を上げたが、由良は頑として知らぬ振りを貫いた。


 だが、それにも限界があった。鉢合わせなら回避のしようがあるが、逃げ場のない場所に向こうから来られたらどうしようもない。


 久しぶりに図書委員の当番が回ってきた由良は、返却ボックスに入っていた本を本棚に戻し終えて受付に腰を落ち着けたところで、来客に顔を上げた。そこに立っていたのは、紺色のベストを着た恭弥だった。


 最近はずっと避けていたため、恭弥が夏服から秋服へ変えたことに由良は初めて気付いた。一見堅気には見えないのに、実は制服を着崩していないのがまた格好良くて、由良は目をそらした。


「返却ですか?」


「いや……」

「借りるなら、本を持ってきてください」


「お前に話があって来た」


 カウンター越しにそう言われ、由良は思わず恭弥を見上げる。久しぶりに見た恭弥の瞳は長い前髪越しでも眼光が鋭く、静かな怒りを纏っていた。触れれば身が切れそうな空気に、由良の中で警鐘が鳴る。ここにきて初めて、由良は恭弥を避けるのは失敗だったかもしれないという考えに至った。


 しかし、生来の勝ち気な性格もあり、引くにも引けず由良はカウンターテーブルの下でプリーツスカートを握りしめた。


「私はキョウと話すことなんてありませんが」


 鼻で笑い、挑発めいた口調で言えば、恭弥の眉間にしわが寄った。それに内心怯えつつも気丈に恭弥を睨みつければ、バンッと強い力でカウンターに手をつかれた。入荷したばかりの本の山が崩れるのを目で追う由良。しかしそれすら気に食わないのか、恭弥に顎を掴まれ、視線を無理やり合わせられた。


「いっ……何するんですか!」


「どうして頑なに俺を避けようとする」


「べ、別に……私が貴方を毛嫌いしていることなんて、通常通りじゃないですか」


「最近は以前と違って、お前から突っかかってもこないだろう」


 ギクリとしたが、怯えを見せれば恭弥に本心を気取られる。由良は出来る限り不愉快そうな笑みを口元に刻んだ。


「へえ? 私に突っかかってほしかったんですか? いつからドMに目覚めたんですか……っ」


 これは失言だった。と由良は手で口元を覆った。


 恭弥は当初由良が抱いていた漫画のようなドSな男でもなかったし、スケベな男でもなかった。むしろ、子供時代からの義母の執拗な執着によって女には身構えているところもある。そう、ただの優しくて、ぶっきらぼうに見えるだけのいい意味で普通の男だ。


「すいません、今のは言い過ぎました」


「……お前は」


「はい?」


「……俺がお前に『初恋の相手はお前だ』と告げたのが嫌だったのか」


(……嫌じゃない。むしろ嬉しかった!)


 そう言いたいのに、喉から声が出ることはなく、由良は俯いた。由良が何も言い返さないのを肯定と受け取った恭弥は、一段低い声で「やっぱりな」と言った。


(違う、違うのに……)


「お前が俺を避けだしたのはあの時からだったし……迷惑だったんだろうな。お前は、津和蕗と仲が良いから」


「え……」


「津和蕗のことが好きなんだろう?」


「え!?」


 話が予想外の展開に進み、由良は軌道修正をはかろうと立ち上がった。


「ち、違います。景のことは好きですけど、そういうんじゃ……」


「津和蕗のことが好きだから俺にお前が初恋だと言われて嫌だったんじゃないのか」


「違います!」


「じゃあ」


 恭弥は手負いの獣のような顔で、皮肉っぽく笑った。


「単純に俺が嫌いってことだな」


「……!」


「お前は最初から俺のことを毛嫌いしていたしな。当然といえば当然か」


「ちょ、ちょっと待ってください、キョウ」


「だが本気で嫌われているとは思わなかった」


「ねえ、待って!」


 違う。嫌いなんてとんでもない! その逆なのに。由良はカウンターを回りこんで恭弥の前に立つ。彼の腕を掴み訂正しようとしたが、恭弥は由良に背を向けた。


「もうつきまとわない。俺は……」


「キョウ、誤解です」


「お前の飾らないところとか、本の趣味が合うところとか、勝ち気な瞳も、苦難に追いこまれても立ち向かう努力家なところも……」


「キョウ……?」


「義母のせいで女性不信に陥りそうなところを二度も救ってくれたところも、素直じゃないくせに優しいところも、全部女として好きだと思ったんだが」


 一体今、自分は何を言われている? 理解が追いつかず、由良は真っ白になった。呆然と立ちすくむ由良の小さな頭を最後にもう一度だけ、恭弥は慈しむように撫でた。


「迷惑になるようなら、忘れてくれ」


「……キョウ……?」


「じゃあな」


「……ま、待って、私……」


(キョウが好き? 誰を? 私を? 私だってキョウが好きだ。でも、忘れろって何?)


 出ていこうと扉に手をかけた恭弥の背中に声をかける。しかし恭弥は振り返ってくれない。絶望的なまでに、自分は恭弥を傷つける行動を取っていたのだと、由良は今になって思い知った。


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