本質を見抜く力は、エッチな漫画で培いました
二人で玄関へ向かうと、引き戸の擦りガラス越しに大きな影が揺らめいていた。背の高い来客だな、と由良が思っている間に、景は訪問者の正体が分かったのか躊躇いなく引き戸を開けた。
「あ……」
だんだんと見えてくる訪問者の姿。由良の目にまず飛び込んできたのは、大きな革靴だった。それから長い足、厚い胸板へと徐々に視線を上げていき、危険な色気を孕んだ鎖骨から広い肩、最後に顔を視認した瞬間、由良は息を飲んだ。
目元にかかった、くしゃくしゃした触り心地のよさそうな黒髪。彫りが深く鋭い切れ長の目、筋の通った高い鼻梁に薄い唇と尖った顎。
彫刻のように整った来客の容姿に、由良は言葉を失う。というか……。
(何だこの男の溢れでる色気とスパダリ感は……!)
思わず漫画のキャラクターかと突っこみたくなるくらい、ワイルドで背徳的な美しさを醸し出す男に、由良は絶句する。
そんな由良の様子をよそに、景は
「キョウじゃねえか。貸した本返しに来てくれたんだな」
と愛想よく笑って言った。
「あ、ちょうどいいや紹介するな。キョウ、こいつが今日からオレと同居する篠月由良だ。かっわいいだろー?」
由良の頭にポンッと手を置き、景が言った。
「由良、こっちはオレの友だちの柊恭弥。キョウって呼んでいいぜ? オレと同い年だから、由良の二学年先輩だな」
「どうも……」
由良が頭を下げると、恭弥は「……ああ」とハスキーな掠れ声で小さく頷く。その仕草一つとっても様になっていて、文句なしに格好いい。恭弥の脚の長さといい顔の小ささといい、由良は二次元から飛び出してきたみたいだ、と思った。
だが、いかんせん無表情なのがいただけない。景のように感情表現が豊かな方が好ましい由良は、恭弥の顰められた眉を見てそう思った。
(高校生とは思えないほどの落ち着きとワイルドさ……でも、何だろうこの既視感は……最近どこかで見たような……)
景は自慢の可愛い幼なじみである由良に、恭弥について紹介する。
「すげえんだぜー? こいつ、顔もかっこいいけどよ、成績も学年トップだし剣道部の主将なんだ。道を行けば人妻から幼女まで、こいつにメロメロってわけ」
「おい……適当なことを言うなよ」
手放しで褒める景に、恭弥が突っこむ。景が由良以外をここまで褒める姿を初めて見た由良は驚くとともに、少し面白くないと思った。
(カッコイイかもしれないけど、でも……)
「景だってカッコイイじゃないですか。賢いし、運動神経だって良い」
由良を可愛がってくれる景の方が由良にとっては恭弥より好ましいし、何よりイギリスで母を亡くして悲しみに暮れていた自分を日本へ呼び寄せてくれたヒーローだ。そう思って口を挟むものの、景はひらひらと手を振った。
「いやー、まあな、オレも中々いい物件よな。でも由良が褒めてくれるのは嬉しいけど、キョウほどじゃねえんだわ」
「そんな……!」
折角褒めたのに。軽くかわされ、由良は景に褒めちぎられていた恭弥を思わず睨んだ。ひどい逆恨みである。
(そりゃあ顔が良いのは認めるけど、景よりもこの無愛想な男の方がハイスペックなんてそんなのあり得ない……!)
「…………ん?」
恭弥に向かってガンを飛ばしていれば、やはり見覚えがあり由良は首を傾げる。恭弥は怪訝そうに顔をしかめた。
「何だ?」
(この不機嫌そうな顔に、不遜な物言い……そして溢れるフェロモン……)
「ああーーーーっ!」
突如身体に電気が走り、由良は恭弥を指差した。
(思い出した……! キョウに既視感を覚えたわけ……!)
「分かった……! 貴方はドSな言葉責めをしたり横暴に振る舞ったり、ワイルドさと凶暴さ、そして色気と強引さで主人公を陥落させあらゆるシチュエーションで骨抜きのトロトロにして、主人公に淫語を強要させて調教し、挙げ句どエロいセッ○スかます本命キャラだ……!」
「セッ……?」
切れ長の目を見開く恭弥に、どうだ当たりだろうと言わんばかりに由良は胸をそらす。しかし、蒼白になった景にむぐっと口を手で押さえられた。
「なああああに言ってるのかなあああ由良ちゃあああああん!?」
「んぐぐぐっ。ぷはっ」
由良は景の手を剥がし、謎を解き明かした名探偵のようにキラキラした瞳で言う。
「当たりでしょう!? 景、騙されてはいけません! キョウの本性はいたいけな主人公をお仕置きと称して媚薬盛ったまま何時間も拘束して放置し、やがて主人公が泣きながら『もう我慢出来ない触ってめちゃくちゃにして』って懇願するまで焦らす鬼畜野郎ですよ!!」
「ちょっと待って由良、その清純で可憐な顔で淫語は吐かないで!! あとひどい偏見!」
泣きそうな顔を覆い、景は「オレの可愛い由良がエロ漫画に毒されてる……」と絶望して言った。
それを歯牙にもかけず、由良は小悪魔のような表情を浮かべ、恭弥をふふんと鼻で笑う。それはまるで、景は人を信じて疑わない善人だが、自分は恭弥の整った容姿に騙さず本質を見抜いている。そう言わんばかりだった。
しかし、好き勝手レッテルを貼られた恭弥はというと、珍獣を見るような目で由良を見下ろしていた。それがまた勘に触ったので、由良は皮肉っぽく口元を歪めて恭弥を煽る。
「何ですか? 本性を看破されて言葉も出ませんか?」
「いや……。津和蕗から、ひどく容姿の整った幼なじみと同居することになったとは聞いていたが、随分と酔狂な女だな、と思って」
「酔狂ですって……?」
由良の白いこめかみに青筋が浮かび上がる。丁寧な口調の由良だが、恭弥に対しての煽り耐性は著しく低かった。
「私が……?」
「いや、由良は世界一可愛いって。キョウ、お前もそう思うだろ!?」
由良の機嫌が下降していくのが手に取るように分かった景は、急いでフォローした。しかし、恭弥は肩を竦めた。
「顔だけは整っているようだが、随分とじゃじゃ馬な女に見えるが?」
「じゃじゃ……っ!?」
由良は懐かない猫のように怒った。
「敵! 貴方は敵です!」
「由良!?」
基本的に誰に対しても礼儀正しく温和な態度を崩さない由良が敵意をむき出しにしたことに、景は面食らった。しかし由良は止まらず、高らかに宣言した。
「バカ正直な景を騙せても私は騙されませんからね……! そのどスケベで鬼畜な本性を白日の元に晒してやります……!」
どスケベなのはお前の思考回路だ、という突っこみは不在だった。そして可愛がっている由良にバカ正直と言われ、景は盛大に凹んだ。
明日も更新予定です。