恋人気取りはお嫌いですか
恭弥を好き。そう自覚してからも、由良の生活に変化はなかった。
夏休みということもあり、バイトに明け暮れる日々だ。恭弥は由良のバイト先を知っているはずだし、もしかしたら尋ねてきてくれるかもしれないという淡い期待も浮かんだが、彼は受験生だ。予備校通いに忙しいのか、店に顔を出すことはなかった。
(いや、そもそもそういう関係じゃないですしね……)
自分は恋人でもなければ、友だちでもない。恭弥にとっての由良は、友人である景が妹のように可愛がっているだけという存在。その事実が由良を落ちこませた。
「……お昼行ってきます」
「えー、行っちゃうの?」
エプロンを脱ぎ、財布片手に店を出ようとする由良を客が引きとめる。その中には以前同様同じ学校の生徒も混ざっていた。由良目当てで来店している者の中には露骨に不満げな顔をする者もいるし、本で顔を隠しながら、じーっと由良の様子を目線で追っている者もいる。
由良はその人たちの視線を受け流して店を出た。
「もう夏休みも終わりなのに、蒸すなぁ……」
数珠を擦り合わせるような蝉の鳴き声を聞きながら、由良はひとりごちる。燦々と照る太陽がアスファルトをじりじり焦がし、足元から暑さを運んでいる気がした。
日よけ代わりに目元へ手をかざした由良は、適当なファーストフードでお昼を済ませようと思い、駅周辺の横断歩道へ向かう。
すると前方に、つい最近恋心を自覚したばかりの相手を見つけ、由良の心臓が大きく脈打った。信号が赤のため、横断歩道の向かいで立ち止まっている。恭弥だった。
「……キョウだ」
今までなら眉をひそめていたというのに、乙女心というのは現金なものだ。好きと自覚してしまえば、偶然でも出会えたことが嬉しくてそわそわしてしまう。
しかし恭弥は由良に気付いていない様子だった。それどころか――――……。
「あれ……? キョウのお義母さん、だっけ」
義理の母に腕を絡められ、心底げんなりしているように見えた。
まだ若い恭弥の義母は、相変わらず身体のラインがよく分かる服を着ていた。無理やり組んだ恭弥の腕を、自身の豊満な胸に押しつけている。泣きぼくろが艶めかしい彼女は、毒々しいリンゴのようなルージュを引いた唇で、恭弥に何事か囁いていた。
(……前にも思ったけど、親子の様子には見えないんだよね)
特に恭弥の義母の、彼への接し方ははなはだ疑問だ。
信号が青になり、由良は昼食を取ろうとしている店が横断歩道の向こうということもあり、足を恭弥たちの方へと向ける。しかし、何やら揉めている様子の二人は一向に歩きだそうとせず、由良がズンズン二人の元へ歩いていく形になった。
やがて近くまでくると、二人の会話が聞こえてくる。
「――――……いい加減にしろ。俺をつけ回すな」
「だって恭弥くん、そうでもしてくれないと会ってくれないから」
「母親としてなら会う」
ぞっとするほど冷たい恭弥の声に、由良は思わず萎縮してしまう。しかし、冷たい言葉を投げかけられた恭弥の義理の母はけろっとした様子で、ネイルの施された指で恭弥の胸元をなぞり、甘えた声で言った。
「そんなのひどいわ……私の気持ち、分かってるんでしょ……?」
猫撫で声で言う義母の手を払い、恭弥は言った。
「あんたは俺の父の再婚相手だ。俺にとってあんたはそれ以上でもそれ以下でもない。分かったら二度とつきまとうな。迷惑だ」
「嫌よ。ねえ、気付いてるんでしょ? 私、貴方のお父さんよりも恭弥くんの方が好きなの。だから貴方に会いたいのよ……。ねえ、貴方のお父様には内緒にしておくから、いいでしょう?」
切なさを孕んだ声でいい、恭弥の義母は彼にしなだれかかる。しかし、恭弥はすぐに彼女を突き放した。
「いい加減にしろと言っているだろ……!」
(あ……)
本当に嫌そうな響きだ、と由良は思った。
それはそうだろう。義母ということは、恭弥の父の再婚相手。母と子で仲が円満ならいいが、話を聞いている限りでは微妙な関係なのだろう。その上恭弥の義母は恭弥の父よりも恭弥の方が好きだと言う。それは息子にとってかなり複雑なのではないか。
「待って恭弥くん……! 私の何が不満なの……!?」
義母を振り払い進もうとする恭弥へ、それでも彼女は食い下がる。由良は咄嗟に声をかけた。
「……っキョウ!」
「篠月?」
目をむく恭弥の腕を組んで、由良は道行く人を全て惚けさせるような極上の笑みを浮かべた。
「探しましたよ。私とランチに行く約束だったでしょう?」
「は……いや……ああ」
突然の由良の登場と発言に一拍固まった恭弥だったが、すぐに由良の真意を理解したのか相槌を打った。
由良は女優も顔負けの迫力ある笑顔で、恭弥の義母へと向き直る。
「ああ……こちらはキョウのお義母様ですね?」
「え、ええ」
突如現れた美少女の由良に、恭弥の義母は困惑を見せた。が、金髪碧眼という印象に残りやすい見た目の由良を一瞥し、思い出したように目を丸める。
「貴方、以前恭弥くんの家で会った……」
「恭弥くんの彼女の、篠月由良です」
ぎょっとする恭弥の腕に爪を立て、由良はよそ行きの笑顔を浮かべたまま言った。




