ヨーヨーも女の子も、釣り上げるのがお得意ですか
またしても恭弥が店主に金を払い、店主から先に釣針のついた釣り糸をもらう。恭弥と由良が二人並ぶと、頭に鉢巻きを巻いた中年の店主は
「二人ともモデルか何かか?」
とたまげた様子で言った。
先にヨーヨー釣りに興じていた女子中学生は、恭弥が横にしゃがんだだけで浴衣から覗く腕まで真っ赤になっている。足の長い恭弥が無理に足を曲げてしゃがんでいる姿は似合わなくて、でもどこか可愛らしく由良は嫌な気分にならなかった。
「貴方もやるんですか?」
「せっかくだからな」
「では勝負ですね」
負けず嫌いの血が疼き、由良が語気を強めて言う。ヨーヨーの先についた輪ゴムに釣針を引っかけて釣り上げるのだと店主に説明を受けた由良は、浴衣の袖を捲った。
さらされた白い二の腕に周囲から太い声で「おおっ」と歓声が上がったが、由良はもうヨーヨー釣りに夢中で気付かない。恭弥は見物人がやたら多いことに気付いたが、口には出さなかった。
「これにします! んんと……えいっ」
ピンクの風船にカラフルな波線模様が描かれたヨーヨーに狙いを定めた由良は、勢いよく釣り糸を水につけ、フックを輪ゴムに引っかけて釣り上げた。しかし――――……。
ボチャンッ。
小石を投げ込んだような音が太鼓の音に混じって響く。由良が釣針で引っかけたヨーヨーは持ちあがったものの、由良の手元に収まる前に糸が切れ、水槽の中に落ちてしまった。
「美人のお嬢ちゃん。あんたヘッタクソだなぁ」
店主はハゲ頭に手をやり笑った。
「ぐ……っ」
開始一分もしない間に紙の糸がきれた由良は、無力感に打ちひしがれ、ぷるぷると肩を震わせた。しかし、後ろから魅せられたような歓声が上がったことで意識を再びヨーヨーに戻せば、隣で恭弥がスイスイとヨーヨーを釣り上げていた。
彼に用意された器には、すでに五個もヨーヨーが積み上がっている。
(……はっ!?)
赤、白、黄色、黒、それから青に紫。さまざまな色の水風船が、磁石で吸い寄せられたように恭弥の手元へと寄っていく。それにあんぐりと口を開いていると、恭弥が「俺の勝ちのようだな」と言った。
「……もう一回やります!」
恭弥に煽られまんまと負けず嫌いの導線に着火された由良は、巾着から小銭を取りだした。しかし恭弥は難色を示した。
「金を無駄にするのはよくない」
「無駄って何ですか! 次こそはこの水槽すべてのヨーヨーを掻っ攫ってやります!」
「ほお? 近年まれにみる下手くそがよく言う」
「何おう!?」
巻き舌でつっかかる由良より先に、恭弥は店主から新しい釣り糸を受け取った。
「あ、ちょっと! それ私のです!」
「いいから、前を向け」
「なに……っ!?」
水槽の前に座ったままの由良の後ろから覆いかぶさるようにして、恭弥が言った。まるで二人羽織りをしているかのような体勢になったため、恭弥の息が耳に当たってくすぐったい。由良が文句を言おうとして振り向けば恭弥と鼻先が触れ合いそうになったので、すぐにのけ反った。
「ちょっと! 近い!」
「ピーピーうるさいぞ。糸はこう持て」
後ろから由良の利き手を掴んだ恭弥は、釣り糸の釣針に近い部分を由良に握らせた。
「あと、なるべく紙の部分は水につけるな」
「ん……っ」
片方の髪を上げているため、恭弥の低い声がダイレクトに鼓膜を震わせて手が強張る。耳がじんじんと熱くなり、桜色に染まっていくのを感じながら、由良は恭弥に言われたように釣り糸を持った。
緊張で汗ばんだ手を、恭弥の一回り大きな骨ばった手に握りこまれる。そのまま誘導され、水面に浮かんだ輪ゴムに釣針をくぐらせた。
クイッとスナップをきかせて引き上げると、嘘のように簡単にヨーヨーが釣れた。
「……釣れた!」
「今の調子で一人で釣ってみろ」
恭弥は由良の手を離し立ち上がる。由良は教わった通りに実践すると、元々覚えが早いこともあり、すいすいと面白いくらいにヨーヨーが釣れた。
「キョウ! これ楽しいです!」
「……そうか」
失敗すれば面白くないが、やはり上手くいくと楽しいものだ。コツを掴んだ由良は、店主がもうやめてくれと泣くまで釣り上げてヨーヨー釣りを楽しんだ。
十分後、由良の手にはピンクの水玉のヨーヨーがさがっていた。今にも割れてしまいそうで怖々と叩いてみるものの、最初はあっちこっちにヨーヨーが跳ねてうまくドリブルが出来なかった。が、それも恭弥にコツを教えてもらい、すぐに様になった。
「慣れていますね。女の子にヨーヨーを取ってあげたことでもあるんですか?」
素直にお礼が口から滑りでなくて、由良はつい可愛げのないことを言ってしまう。しかし恭弥は不快に思った様子もなく
「部活の奴らが毎年やるからな」
と言った。
「女と来たことはないな。お前が初めてだ」
「ふうん……」
意外だ。エロ魔人(だと由良は勝手に思っている)な恭弥のことだから、花火大会や祭りには毎度彼女を連れて……何なら複数の彼女を侍らせて来ているイメージなのに。
(……いや、むしろ、女の子の誘いを興味がないと一蹴していそうだ)
でも由良とは来てくれた。恭弥本人は風邪の時に世話になったからだと言っていたが、そもそもあの風邪は由良のせいで引いたようなものなので、貸し借りナシのはずだが。
(変な男……)
しかも不思議と嫌な気分ではないのが、由良はまた気に食わなかった。絆されているようで。
由良はこれ以上考えるのはやめようと、ヨーヨーを強めに叩いた。




