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いかがわしくない甘い夜? それってなんて幻想ですか

 駅前の道を外れ、河原への道を向かっていくと道の両脇にずらりと屋台が並んでいた。どうやら中洲の方にも店が出ているらしい。歩いているうちに、焼きそばやビールを手にした人たちとすれ違った。


 暗くなってくると、屋台の豆電球や提灯に明かりがともりだす。鼻孔をくすぐるソースの匂いや人々の高揚した熱気にあてられ、由良は興奮気味に目を輝かせた。


 瞳に映るもの全てが新鮮だ。とろりと型に流しこまれたタコ焼きがお店の人のピックさばきによって次々と丸まっていく様や、夜風に踊る色とりどりの風車、子供たちが夢中になって見入っているアニメのキャラクターのお面。


 花火までだいぶ時間があるからということで露店を冷やかすことにした由良は、恭弥の腕を引きながら弾んだ声で言った。


「わたあめ! クレープ! 金魚すくい! イカ焼き! 射的! あれは?」


 立ち並んでいる店を一つ一つ読み上げていた由良は、つやつやとした光沢のリンゴが串にささって並ぶ店を見つけ、興味深そうに恭弥へ尋ねた。


「リンゴ飴だな」


「リンゴ飴……」


 心躍る響きに、由良はオウムのように繰り返す。無邪気な瞳でそれをじっと見つめていれば、恭弥がズボンの後ろポケットから財布を取り出し、店主に金を払った。


「キョウ?」


「欲しいんだろう? 早く選べ」


「え、悪いです。私自分で払います!」


(キョウに貸しを作るなんて!)


 由良は巾着から小銭入れを取り出そうとしたが、後ろがつかえていたため恭弥に早く選ぶよう急かされた。


「――――……ちゃんと、利子をつけて返します……」


「それは楽しみだな」


 受け取る気などさらさらなさそうな声で、恭弥は並んだリンゴ飴を物色しながら言った。


「これなんていいんじゃないか。気泡がよく入っている」


「へ……ブツブツした方がいいんですか?」


 ビー玉のようにつるりとした表面の方が美味しそうだと思っていた由良は瞠目した。


「気泡が多い方が新鮮なリンゴらしい」


「へえ……」


 初めて知る豆知識に、由良は感心したように言った。結局一番気泡が多いものを選び、袋を開けて口に運ぶ。


 赤い飴の部分に口をつけた瞬間、舌が幸せに触れたような気分になり、由良は顔を綻ばせた。


「美味しい!」


 由良が満面の笑みで恭弥に言えば、恭弥は目をぱちくりとさせてから、穏やかに笑った。


「そうか。それはよかったな」


「……っ!」


 精悍な顔つきをした恭弥が目尻を下げて笑うのは心臓に悪い。由良は思わず力みすぎ、飴の部分を噛み砕いてしまった。


(キョウは顔は良くてもどスケベ鬼畜野郎……! 忘れるな私……っ!)


 きっと今までに何人もの女を快楽の沼に落とし這い上がれなくさせてきたに違いない。きっと由良が知らないだけで、恭弥が呼べばすぐに駆けつける性奴隷が三ケタはいるのだろうと、由良は妄想を膨らませた。


(笑顔でオトしたあと、絶対足腰立たなくなるまでガンガンに攻めるんだ……! 間違いない……! 私はそうはならないからな……!)


 由良はそう誓うものの、祭りの雰囲気というものは人を開放的な気分にさせるものだ。由良はサバンナに投げ込まれた草食動物のようないつもの警戒心が薄れ、すれ違う人が持っているかき氷に反応したり、生まれて初めて見るラムネにはしゃいだりした。


「……はしゃいで何だか、バカみたいだと思います?」


 恭弥に手伝ってもらい、人生初のラムネをポンッと音を立てて開け嬉しさのあまり手を叩いた由良は、ハッと我に返って言った。


 それでも由良の視線は、ラムネ瓶の中でコロコロと揺れる宝石のようなビー玉に時折向いている。


「いや? 隣でつまらない顔をされるよりずっといい」


「そうですか?」


「ああ。だから俺の反応を気にせず、気になったものがあったら言え」


「…………じゃあ、あれ、ヨーヨー釣りがしたいです」


 恭弥の前だから自らを律しようとは思っても、河川敷一帯には由良の興味を引くものがあちこちに散らばっている。赤子のように色々なものに忙しなく反応していた由良はとうとう誘惑に負けて、水を張った浅い容器の中で踊るヨーヨーを指差した。


 実はさっきからすれ違う人が、イースターエッグのようにカラフルな水風船を手で弾いているのを見て気になっていたのだ。


 金魚すくいも気になるところだが、もしすくえたとしても、家には持って帰れない。その点ヨーヨーなら大事に飾っておけそうだと思い、由良は恭弥に言った。



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