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隠されたものは暴きたくなります

 翌日、由良の看病のかいもあって熱が下がった恭弥は登校してきていた。学校中の女子に歓迎されながら。


 景は校門から外足場へと続く桜の植わった並木道を歩いている恭弥の後ろ姿を見かけ、パーカーのフードを揺らしながら駆けよった。


「よう、キョウ。具合はどうだ?」


「ああ……お前の幼なじみのお陰で全快だ」


 恭弥は朝にはすっかり熱も下がり、だるさも取れて食欲も戻っていた。


「篠月が作り置きして冷蔵庫に入れてくれていた惣菜も食べたしな」


 病みあがりの身体が驚かないようなお腹に優しいメニューでありながら、栄養価も高い料理ばかりだったため、恭弥は由良の細やかさに驚いた。そして、そういうのをさっと作れるあたりレシピが豊富で料理上手なのだろうと思った。


 本人が自慢するだけあって、味付けも絶妙だった。


 月を溶かしたようなペールブロンドの髪に、勝ち気な色を灯している零れ落ちそうなほど大きな碧眼。小さくて筋の通った鼻に、薔薇の花弁を散らせたような唇。


 そして誰にも踏みしめられたことのないような新雪の肌。折れそうな腰と由良自身からほんのり香る、誘うような甘い香り。


 その容姿だけで人生が簡単に進みそうな由良だが、自らが持って生まれたものに頼らず、さまざまな知識や技術を身につけているのを、恭弥はなかなか好ましく思っていた。


 同時に、そんな完璧な容姿の彼女が他のスキルを身につけているからには『そうならざるをえない』事情があるのだろうとも察してもいた。


「キョウが元気になってよかった。さっすが由良だよなあ」


 景は指定のカッターシャツの上から羽織ったパーカーのポケットに手を突っ込み、誇らしそうに言った。恭弥は「ああ」と頷く。


「本人は嫌っている俺の家になんて来たくなかっただろうがな。律儀な奴だ」


「キョウを嫌ってるわけじゃないとは思うんだけど……んー……由良ってキョウと一緒で、何でも出来るんだよな。成績も良いし、運動神経もいい。一度やり方を教わったことは全てそつなくこなすし……。そういうとこ、キョウと似てるじゃん? 同族嫌悪も入ってるのかもな」


「……というよりはお前が初対面の時に俺のことを手放しで褒めたから、大好きな幼なじみを取られた気がして嫉妬してるんじゃないのか」


「あー! それはあるかもな。愛されてるなぁ、オレ」


 猫目を細めてカラカラと笑う景は、底抜けに明るい。早くに両親を亡くし、育ててくれた祖父母まで亡くしているため苦労の多い人生を送っている彼だが、それを感じさせない明るさがある。


 どちらかといえば寡黙な自分とは正反対な部類だが、人当たりのいい景とは不思議と馬が合う。由良も景の陽だまりのような明るさを慕っているのかもしれないと恭弥は思った。


「オレはさ、由良もキョウも大好きなダチだから、仲良くしてくれたら嬉しいと思ってるんだよ」


「仲良くか……難しいかもしれないな」


 恭弥は昨晩の由良の様子を思い出しながら言った。由良本人は指摘するまで気付いていなかったが、ビスクドールのような瞳から涙をぼろぼろと零す由良を見て、恭弥は内心焦った。


 あの意志の強い勝ち気な瞳から白露のような涙が零れることにも、小型犬のようにキャンキャンうるさい割には雪が舞い降りるように静かに泣くことにも驚いた。


 そして、それがぞっとするほど美しいことにも。


「難しいって、何でだよ?」


 怪訝そうに尋ねた景をチラリと見てから、恭弥は言った。


「……泣かれた。俺が泣かせたのかもしれないが」


「ええっ!?」


 話している間に外足場についた景は、驚きすぎて開けた靴箱から上履きを落とした。バラバラと落ちていく靴を見ながら、恭弥は訊いた。


「篠月はイギリスから来たんだったか。……何かあるのか?」


「おっどろいた。お前が女に興味を示すなんて」


 瞠目する景へ、恭弥は自身も靴を取りだしながら言った。


「泣いた理由が気になっただけだ。あれだけ何でも出来る女は珍しいからな……器用にならなきゃいけなかった理由があるんだろうと思って『難儀だな』と言ったら、泣かれた」


「ああ……なるほど……」


 景は納得したように言った。恭弥は急かした。


「それで、何かあるのか?」


「まあな。由良はイギリスにいた頃、心を病んだイギリス人の母親に娘として認識されずに過ごしていたんだ。その母親は、父親に似た人形に夢中だったらしくてさー……由良は母親の気を引こうと必死だったってわけ」


「父親は何してたんだ」


「そう思うだろ? でもそもそも由良と母親が日本からイギリスに渡ったのは、あいつの父親が、意地悪な父方のばあさんから妻がイジメにあってるのを無視し続けたせいもあるんだよな」


 外足場をあとにし、二人揃って階段をのぼりながら景は言う。美形二人が揃って歩いていることに周りの女生徒は浮足立ち、耳をそばだてていたためか、景は声のボリュームを控えた。


 恭弥はだから由良があんなに何でも器用にこなすのかと納得した。あのプライドの高さも、裏を返せば自分で自分を鼓舞しなければ誰も見てくれない環境にいたせいかもしれないな、と思った。


 景は続けた。


「オレはさー……両親が早くに死んだから、ガキの頃は親が健在ってだけで幸せなもんかなって思ってたんだけど、色々あるよなぁ。ほら、お前の家の例もあるし?」


 景は少し言いにくそうに言った。恭弥はしばし口を噤み、それから昨日義母に会ったことを思い出して言った。


「篠月に、母親と一緒にいるところを見られた」


「母親って……義理の母親か? お前に気がある……」


「ああ。アバズレだ」


 恭弥が侮蔑を込めて言うと、景はまいったように額を押さえた。


「うーん……本当に、色々あるよなぁ……」


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