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よしよし看病セ○クスなんて認めません

 恭弥の家のキッチンは広く、使い勝手も良かった。


 しかし普段から恭弥は料理をしないのだろう。調理器具は最低限のものしかなく、調味料の数も少ない上にコンロから手の届く位置にはない。冷蔵庫の中はミネラルウォーターしかない始末で、よくこれでここまで風邪を引かなかったと不思議に思うくらいだった。


 そういえば好き嫌いを聞かなかったが、まあ嫌いな物でも無理やり食べさせてやろう。由良は棚を漁った末にやっと見つけた土鍋を火にかける。それから刻んだショウガと調味料を鍋に加え、粥が炊きあがってから、とき卵を回し入れて小ネギを散らした。


「キョウ、出来ましたよ。食べて薬を飲んでください」


 お盆にお粥と白湯、それから市販の薬を載せて恭弥の部屋へ戻る。と、恭弥は薄い瞼を閉じて眠っているようだった。


 相変わらず呼吸は浅い。起こすのは忍びなかったが、食べなくてはよくならないだろう。由良はパソコン机に盆を置き、恭弥の肩を揺さぶった。


「キョウ、起きてください。寝るのは薬を飲んでからにして」


「ん……」


 恭弥はドキリとするような掠れ声で唸った。長いまつ毛を僅かに震わせ、目元を擦ってはいるものの、中々目を開ける様子はない。


「キョウ。貴方寝起き悪いんですか? 早く起きて……っわ!」


 やっと恭弥が薄目を開けた。と思ったら、節くれだった手に強い力で引き寄せられた。まさか引っぱられると思っていなかった由良はベッドへ倒れこむ。


「わぷっ」


 ドサッと音を立てて、シーツの海へと沈む由良。どこまでも柔らかいスプリングに受け止められた由良は、眼前に恭弥の整った顔があることに気付き、目を白黒させた。


「これは……っ」


 恭弥にベッドへ引きこまれた由良は、脳天に電気が走ったような衝撃を受けた。


(こ、このシチュエーションも漫画で見たことがある……!)


 そう。これはおそらく熱で浮かされたヒーローをヒロインが甲斐甲斐しく看病して、なし崩し的に食べられるパターンだ……!


その可能性に気付き、由良はいやらしい魔の手から自分を守るように両腕で自身をかき抱いた。


(うわああああ私処女なのに、 熱に浮かされたキョウに乱暴に抱かれて、『初めては優しくしてほしかったのに』って泣かされるんだ……! キョウは見るからにドSだから、ひどく抱くに違いない……! うわあぁ歯型だらけにされちゃう! キスマークだらけで絆創膏貼る羽目になっちゃう……!)


 由良はベッドで身動きがとれないまま薄明るい部屋を見渡し、このあとの展開を妄想した。




『キョウ! どうしたんですか急に……!』


 困惑を浮かべる由良の双眸に映るのは、熱に浮かされた美しい獣だった。


 ベッドシーツの海の上、熱っぽい息を吐きながら、恭弥は由良のシャツのボタンを荒い手つきで外していく。由良が抵抗すると、もどかしいのかボタンを引きちぎられた。弾け飛んだボタンがフローリングを転がり、壁に衝突して止まる。


『薬を飲むよりも手っ取り早く熱を下げる方法、知ってるか?』


 獰猛な獣を内に秘めた目で、恭弥が言った。


『何ですかそれ……。えっと……眠る、とか?』


『いや? 汗をかいて体温を下げるんだ』


 言うが早いか、恭弥は由良の喉笛に噛みつき、由良のキャミソールの裾から無骨な手を滑りこませてきた。


『やら……っ! キョウ、やだ……まだ外明るいのに……』


『ああ……明るくてお前の白い肌がよく見える』


 そう言って由良のキャミソールを捲り上げ、恭弥は慎ましやかな下着の上から由良の形の良い胸を乱暴に揉みしだく。熱のせいで加減がきかないのか、あちこちに噛みつかれ歯型を残された。


『いたっ』


 チクリと首筋に刺されたような痛みを感じれば、恭弥がそこを吸っていた。次々に由良の肌へ赤い花を咲かせていく恭弥。由良が足をばたつかせれば、恭弥は由良の足の間を割るように身体を滑りこませてきた。


 明るいため、恭弥の動きが鮮明に見える。それに羞恥を煽られていると、由良の気持ちを察したのか、恭弥が意地悪く笑った。


『明るいから、俺に抱かれているのがよく分かるな?』


『や、言わないで……!』


 いやいやと幼子のように首を横に振る由良。しかし恭弥の手が止まることはなく、胸を揉む手つきは性急さを増し、恭弥の唇は首筋から胸、くびれた腰からさらに下へと下りていって――――……。




(よしよし看病セッ○スさせられる……! 確実に犯される……!)


 そんな妄想に囚われる由良。しかし次の瞬間、両頬を恭弥の大きな手に包みこまれ妄想の海から意識を引き上げられる。そしてそのまま、恭弥の顔へと引き寄せられた。


「ちょ、ちょっと! さすがにキスは……!」


 漫画でだって、エッチは許しても恋愛感情がない関係ではキスを許さないという設定をよく見た。漫画にかぶれている由良は断ろうとしたが、恭弥はおかまいなしに顔を寄せてくる。


(ちょ、ちょっと待って、本当に――――……)


 焦って硬直する由良。唇に恭弥の湿った吐息がかかる。そして――――……。


 ゴチン。


 柔らかい唇ではなく、恭弥と由良の額がぶつかった。


「――――……った! 何すんですかキョウ!」


 予想だにしなかった衝撃に、由良の眼前に星が飛ぶ。くらくらしながら恭弥を怒鳴りつけるが、恭弥は気にした様子もなく何事か呟いた。


「……った」


「ああん!?」


「瞳の色が、知りたかった……」


 そう言う恭弥の瞳は、妙に熱を孕んでいて。潤んだ瞳は切なささえ秘めている気がした。


「……はい? 私の目が青いことなんて、貴方知ってるでしょう?」


 しかし恭弥の熱に浮かされたような視線は、自分ではなく、自分を通り越した記憶のかなたに向いている気がした。


「……あの夜、泣いた瞳が綺麗で……ずっとその色が知りたかった」


 焦がれるように言われて、由良ははて、と頭にハテナを浮かべた。自分は恭弥に会ってから泣いた記憶など一度もない。


 何かが噛みあっていないと思いながら、由良は恭弥へ頭突きをかました。病人といえど、由良をベッドへ引っ張りこんだのだからこのくらいは許されるだろう。


「ぐ……っ」と呻き声を上げて由良から離れた恭弥を、由良はフンと鼻で笑う。


(いい気味。お見舞いに来た私の良心を利用してよしよし看病セッ○スになだれこもうとした罰だ!)


 決して恭弥にそのつもりはなかったが、それはどスケベ妄想フィルターがかかっている由良の知るところではない。


「篠月……?」


 顔を覆うように当てた指の隙間から、恭弥は由良の姿を視認した。


「そういえば、見舞いに来たんだったか……」


「貴方、私の目が青いこと知らなかったんですか? まさかその目は節穴じゃないですよね?」


 病人である恭弥に、由良は辛辣な言葉を投げかける。恭弥は首を捻った。


「何のことだ?」


「やっぱり寝ぼけていたんですか。貴方が今言ったんですよ、『瞳の色が知りたかった』って」


「ああ……」


 恭弥は心当たりがある様子で、髪を掻き上げながら言った。その瞳は遠くを見つめている。


「懐かしい夢を見ていた気がする。その夢の中に出てくる女の瞳の色がずっと知りたかったんだ」


「夢、ですか」


「夢といっても、ガキの頃の思い出だがな。夜だったから、瞳の色が分からなかったんだ。思い出の彼女とお前がどこか似ていたから、寝ぼけて間違えたのかもしれない」


「へえ……」


 思い出を語る恭弥の横顔は見たことがないほど穏やかだった。記憶の中の彼女に恋をしているのかもしれない、と由良は漠然と思った。


(…………まあ、私には関係ない、けど)


 エッチな漫画のように、熱で回らない頭で衝動的に由良を抱こうとするのかと予想していたのに、まさか昔話を語られるとは肩透かしをくらった気分だ。


 抱かれたかったのかと言われれば、由良は首がもげそうなくらい首を横に振って否定するのだが。


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