第3話 よみかきをおしえてください
そしてあれからかなり経った。この世界は一応元の世界と同じ24時間365日らしい。そして今僕は一応3歳と2ヶ月らしい。やっと乳児プレイにも対応しなくて良くなってくるお年頃だ。
2歳ぐらいからはつかまるものがなくても歩けるようになった。最近はベビーベットのあった部屋をそのまま僕の部屋に割り当てられ、そして少しならこの国の言葉も話せるし分かるようになってきた。
この国の言葉は日本語とは違って主語→動詞という、英語とか中国語の文法構造らしい。それさえわかれば曲がりなりにも中学高校と、将来使うかどうか正直微妙だった英語教育(結局ほとんど使わなかったし)に耐えてきたからか、割とすんなり頭に入ってきた。これからの人生もかかってるしね。
でも言葉を覚えるスピードが普通の人よりかなり早いらしくて使用人さん達が何か騒いでいるのを聞いてしまった。
でもこちらとしては学習についてゼロからのスタートとはいえ18年のアドバンテージがあるんだから当然とも言える。高校生と比べたら勉強しかやること無いし。おもちゃとかもくれるけど流石にこれで遊ぶのは少し抵抗がある。人がいるときは遊んでるフリぐらいはするけど。
くれたおもちゃの中で嬉しかったのはやっぱり絵本だったね。字も書いてあるしなんとなく文化がわかる。最初の方はドラゴンのぬいぐるみとか積み木が多かったけど最近は絵本の方が喜ぶと思ってくれたらしくそちらの配分が多くなってきた。嬉しい限りだ。
そうそう、文化だけどやはり日本とはいろいろ違うらしい。
主食はパンだった。テーブルマナー的なものもあったし世界観的に予想はしてたけど少し悲しくなった。お米が食べたい。この世界にあるのだろうか。
あとは風呂に入るという文化があった。これはすごく安心した。日本人たるものお風呂がなくては生きていけない。シャワーじゃ駄目なんだよ、お風呂じゃなきゃ。
そしてこの世界では家電的なものは魔道具というらしい。お風呂のお湯を沸かしたり料理に使ったり電気をつけたりは専用の道具があって使用者が魔力を流すことで発動するらしい。大抵のものは魔力が使えないと動かないらしいが高価なものは中に魔石という魔力が固まった石が入っていて先天的に魔力が無いものも使えるらしい。
文化以外の発見だと…僕の生まれた家は領地を持っていて、そこそこ力のある貴族の家らしい。母はこの家の当主で僕と母の弟さん、つまり僕の叔父さんの3人プラス十数人かの使用人さんがすんでいる。置いてある家具とか使用人の人数とかで想像すると結構裕福だ。もしかしたら伯爵家ぐらいあるのかも。平均がわからないからなんとも言えないけど。
ちなみに僕の父親はちゃんといる。今は 王都で働いてるらしい。
家といえば、この家は広過ぎる!まだ僕は自分の部屋と食堂、トイレと風呂場、それらをつなぐ廊下ぐらいしか自由に(といっても乳母だった使用人さんが着いてくる)動けないからなんとも言えないけどそれだけで日本の一般家庭の広さを超えている。魔法があるから元の世界より維持とか掃除は簡単だろうけどそれでも大変そうだ。だからある意味使用人さんの多さは納得できる。
それでもまだわからないことが多い。外は相変わらずの雪景色。もうここは常冬の地なのかなぁ?毎日雪かきご苦労さまです。
魔法は一向に使えそうにない。この前空気中に漂ってる魔力を色々いじってたら軽く爆発した(といっても化学の実験で水素に火を近づけたぐらいのポンッぐらいのものだ)。たまたま使用人さんが部屋にいた時だったから少しびっくりさせてしまった。
僕自身怪我はな全くないからそんなに驚かなくてもいいのにってくらいの驚きようで、僕の地位の高さ?みたいなものを感じた。やっばり貴族のお坊ちゃんなんだなーって。
でもそろそろ次の段階に行く時かもしれない。ちょっと、いやかなり早いかもしれないけどまあ、必要なことだし。何よりこれ以上退屈なのはごめんだ。
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こちらユークリッド、現在母の執務室の前に到着。任務を遂行する。
…いや、夜のテンションでつい。こんな時間に3歳児が屋敷をうろつくのはまずいだろうから使用人さん達の目を盗んで隠密行動だったからね。
とにかく母の執務室の前にやってきた。中から話し声がするから多分まだ起きてるのだろう。
ノックをすると「どうぞー」と優しげな母の声がする。少し高いところにあるドアノブを背伸びして引く。失礼しますとか言った方がいいのかな?流石に3歳児が言うのは不気味かな。
とりあえず入ろう。中に入るとザ・執務室という感じの書類まみれの机や本棚。ランプとかも機能的かつ高級感に溢れて洗練されている感じだ。
そして机のところの椅子に座った母が少し驚いた顔をしてる。傍らには目を丸くしてる叔父さんもいる。
ちなみに母はユーリア、さっきも言ったけど領主をやっている。叔父さんはグストー。母よりは濃い水色の髪をオールバックにしていて、仕事できそうな感じ。母の補佐的なことをやってるっぽい。
「どうしたのですか、ユークリッド?こんな遅くに…」
「そうだぞ子供がこんな時間まで起きてるもんじゃない。眠れないなら叔父さんが絵本を読んであげよう」
母と叔父が心配そうに聞いてくる。
「いえ、だいじょうぶです。それより、おねがいがあるのですが…」
発音とかあってるよな?半年の付け焼刃だからとても不安。
「おや、ユークリッドが頼みごとなんて。珍しいこともあるものだ。他の子より聞き分けもいいし我が儘も言ったことないのに」
「ええ、ほんとに。それで、頼みごととは何ですか?」
良かった、通じてたみたい。安心した。
「はい、ぼくによみかきをおしえてほしいのです」
さあ言ったぞ。二人の反応は…案の定目を丸くしている。
そりゃそうだよなぁ前世でも3歳児が読み書きを習いたいとか言い出したら相当の天才かイカレてるって思われるもんな。しばしの静寂のあと、母は僕に問た。
「…何故習いたいのですか?貴方の年齢ではまだ早いと思うのですが」
「はい、でもぼくはしりたいのです。このせかいについてもっともっとしりたいんです。そのためにはもっとむずかしい本をよみたいのです」
母は少し思案した様子を見せ、この家の執事であるアイザックをよんだ。
「お呼びでしょうか、奥様」
ドアから白い髭をはやし、黒いスーツみたいな服、燕尾服?タキシード?なんだっけ?を着たお爺さんが入ってくる。
「アイザック、確か貴方は昔王都の学園で教師をやっていたわよね」
「はっ、確かに私めはグエンダール学園で教鞭をとっておりましたが…」
「では、ユークリッドの教育をお願いしてもいいですか?」
「「えっ!?」」
叔父さんとアイザックさんが同時に驚愕の声を上げる。
「貴方にはこの家の執事としての仕事もしているので大変だと思いますが、何卒お願いします。給金のつり上げもいたしますので…」
「い、いえ!給金の方はどうでもよいのですが…お早いのではありませんか?」
「そうですよ、姉上!ユークリッドは少なくともあと2年経たないとこの国の初等教育を受ける年齢に達しませんよ?」
あー、やっぱり。小学生ぐらいにならないと読み書きは早いかぁ。でもあと2年なんて待てないし。
「…本人が学びたいと言っているのですから。私はこの子の希望にはなるべく応えたいと思っています。なのでどうか…」
「は、はい。かしこまりました。それでは僭越ながら私めがユークリッド様のご教育を承ります。それで、いつから始めましょう?」
「明日からお願いしても?」
「あ、明日でございますか…では今夜中に教育プランを練らせていただきます。」
「ありがとう、アイザック。貴方には苦労をかけますね」
「滅相もございません。それでは失礼いたします」
部屋を出ていくアイザックさん。再び静寂が訪れる。
「そういう訳なので、ユークリッド、貴方は明日からアイザックに読み書きを習いなさい」
「はい、おかあさま。ありがとうございます」
「今日はもう遅いから早く寝なさい。明日から勉学に励むのですよ」
「はい。おやすみなさい、おかあさま、おじさま」
「はい、お休みなさい」
「お休みなさいユークリッド」
僕も母の執務室を退場する。
はぁーーー。疲れた。少し緊張しちゃった。でも、これで目標に近付いた。さぁ忙しい日々になるぞ。明日のために早く寝てしまおう。
◇◇◇◇◇
ユークリッドが部屋を去った後、部屋に残された2人。
「ユークリッドには驚かされましたな。流石あの方と姉上の血をひいた子供といいますか…」
「ええ、言葉の発達も素晴らしいものがあると思いましたが、まさかもう読み書きを習いたいと言い出すとは…」
「…そういえば姉上はお聞きになりましたか?使用人たちが言ってたのですが」
「聞きました。あの子、あの年でもう環境魔力を操るなんて。しかもかなり精密に。最終的には暴発してしまったらしいですが集まった量に比べるとかなり小さいものだったとか」
「いやはや、ほんとに将来が楽しみですな」
「ええ、ほんとに。変なことに巻き込まれないといいので…すがっ…ゴホッ」
「ああ、姉上ご無理をなさらず!今日はもうお休みになられては?あとは私が引き受けますから…」
「いえ、あとこれだけ…」
「姉上は生れつき魔力量が少ないのですから…領主なのですし健康であることも仕事の一つですよ」
「では、そうします。報告は明日聞きます。あとはよろしくね、グストー?」
「はい、お休みなさい姉上」
ユーリアは自分の部屋へ向かう。最後に残った男は魔力残滓が完全に消えたのを確認して呟く。
「まったく、姉上も病弱ならそれらしくさっさと隠居なりなんなりなさればいいものを。そしたらこの座は私のものなのに」
そして男は自分の姉のやり残した仕事に手をつける。己のものではない席に座りながら。