プロローグ
ーー午前8:45。目標地点に無事到着。
大型ショッピングモールでの映画館デート、待ち合わせは最寄り駅。僕は今日のためにある計画を練ってきた。
それは…
女子:ごっめーん、待ったー?
男子:いや、今来たところだよ。さあ、いこうか(爽やかイケメンスマイル)
このやり取りをやるために待ち合わせより早く来たのだ!最高にベタだけど最っ高にイケてると思うんだ。
気付かれない?そんなの関係ないね。誰も気付かない、というところに粋とかロマンとか侘びとか寂びがあるのさ。
ロマンがわかる男、上嶋悠。これで僕は男として格が上がったに違いな…
「とか思ってるんでしょ、ユーくん」
突然かかった声。後ろを振り向くと両の頬を抓られる。
「全くもう、ユーくんはロマンだのなんだの訳の分からないことを言って訳の分からない行動して!」
「へひひゃんひへたの?」
「あなたが来る五分前には来てました!あなたの考えることはお見通しよ!」
「ひひゃいひひゃい!ひっひゃらないれ!」
っと、なんとか彼女の手を振り払う。全く、僕の扱い荒くないかな?
この暴力的な女の子は秋山恵里。僕の愛する彼女だ。ちょっと素直じゃないところがあるけどそこがまた可愛いと思う。
「…なんか変な事考えてない?」
「う、ううん、別に考えてなんか…」
「じゃあいいけど、早く行こう」
…妙にエスパーっぽいんだよなぁなんでだろう。
「ほら、何ぼーっとしてんの!はやく!映画始まっちゃう!」
「あっ、待ってー!今行くから!」
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「あーっ、感動した!ラストシーン凄く感動したわ!ユーくんもそう思わない?」
「えっ、あ、うん、感動したよ」
嘘。もう全然わけがわからなかった。話の展開がどんでん返し過ぎて追いつけない。
「…ユーくん嘘ついてる。面白くなかったなら言っていいんだよ?」
「そんなことないって、ずっごい感動したって」
「……ホントの事言わないと怒るよ…?」
「はい、僕には全然世界観が理解でしませんでした…」
仕方ないと思うんだ。推理モノなんだけど何故か最後は探偵と犯人が前世はカメレオンの恋人同士で最後は運命の出会いに感動して犯人を取り逃すというハッピーなんだかよく分からない謎エンドだったんだ。そもそも途中にフラグとか伏線一切なかったし。
恵里はこういう謎映画を見つけてくるのが上手い。そして僕は毎回付き合っている。一緒にいられるから別にいいけどたまには普通のヒット作が見たくなる。
「ふーん、ユーくん分かんないんだぁー。この話の美しさが。ロマンだ何だ言ってる割には全然駄目ね」
「いや、僕的にはこれにロマンを求めるのは間違ってると思うんだけど…」
「何か言った?」
「…いえ、恵里様のセンスは常軌を逸していると思います」
恵里はまだちょっと不貞腐れてるけど矛を収めてくれたようだ。フードコートへ向かいながら僕の少し前を歩く。
「前世の因縁で恋が結ばれるって素敵よねー、平安時代みたい。ユーくんは前世とか信じる?」
「僕は信じない。だって科学的じゃないから」
そう、僕は前世とか生まれ変わりとかそういうものは信じたことがない。だって言い張った者勝ち感が半端ないだろ?実証するわけにはいかないし。
「ユーくんは変なところで現実的だよね。突然変なことにこだわる癖に」
「でも少なくとも生まれ変わりとかそういうのはなぁ…なんか違うと思うんだよね」
「変なのー。私はあったらいいなと思うけどな。」
フードコートの席を確保し、各々食べたい物を注文しに行く。
再び合流した後、僕らは昼食をとりながら映画についてや学校の事などの当たり障り無いことを話した。
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昼食を食べた後は恵里にあちこち引き摺られながらウインドウショッピングに付き合った。なんで買いもしない物をいつまでも延々と見ていられるんだろう?女性の謎だ。
帰り道、横断歩道で恵里が言い出した。
「やっぱり私、前世とか生まれ変わりとかあると思う」
「唐突だね。じゃあ聞くけど根拠は何?」
「うーん、そんな事言われても困るんだけど…あったほうが素敵じゃない?ロマンチックだと思うの」
意外や意外。ロマンを重んじるのは僕の方かと思ってたら、恵里もそういうこと言うんだなぁ。でも
「どうもそれだけは信じられないんだよなぁ」
「なんで?いつもあんなにロマンだ侘び寂びだ言ってる癖に。それだけ受け付けないって偏食すぎじゃない?」
「だって…現象として起きてないじゃないか。」
「???どういうこと?」
あー難しいな。理系男子に感性的な論述を求めないで欲しい。
「うまく伝えられないけど、ロマンとかそういうのは、『そこにある事象から感じ取る物』じゃないか。目の前にある物体や出来事から視覚的や感覚的に分かるものだ。でも生まれ変わりとかは、本当に起きてるかは証明できない。」
そう、言った者勝ちというのはこういう事だ。本人が言ってしまえば、『本当にあるかどうか』なんかかなぐり捨ててそういうものになってしまう。
「うーん、わかんないや。ほんとにあるかどうかなんてそんなに重要じゃないと思うけどね」
そう言ったところで信号の色が変わる。恵里は僕より先に動き出した。
次の瞬間。世界が突然、遅くなった。
けたたましく鳴るクラクション。前を歩く彼女。信号は赤にも関わらず突っ込んでくるトラック。それだけで充分だった。
僕は恵里を突き飛ばした。世界の速度が戻ってくる。強烈な痛みと共に。
「ユーくん!」
トラックに弾き飛ばされ、恵里の悲痛な声を聞きながら、僕は物理公式を考えていた。
(Mv-mv)/t=F。微小時間に大質量の物体が高速で突っ込んでくるんだからトラックと比べて圧倒的に軽い僕なんか簡単に吹っ飛ぶんだなぁ。
投げあげ、そして自由落下。位置エネルギーと運動エネルギーの変換。地面に叩きつけられる直前まで僕の頭にあったことは学校で習った高校物理。こんな時まで理系男子だなんて、これも侘びか何かじゃないかな。滅びの美学的な。
そして地面と衝突。肺から空気が叩き出される。そして襲ってくる全身の痛み。徐々にくる寒気。頭のあたりが妙に暖かい。
「ユーくん!しっかりして!」
恵里の声がぼんやりと聞こえる。あー、これやばいな。ついさっきまで幸せだったのに。こんなことになるんて。
何処かからサイレンが聞こえる。ドップラー効果で段々音が高くなっていくのを感じる。でも無駄だよ。もう僕はだめだ。
「恵里…」
僕はなけなしの力を振り絞って彼女の名前を呼ぶ。
「しゃべっちゃだめ!死んじゃう!ユーくん死んじゃう!」
そんなに悲しい声を出さないでくれよ。君は信じてるんだろう?生まれ変わりを。僕はないと思ってるけど。
でも、もし生まれ変わりとか来世があるなら…
「来世も…絶対に…」
ーー一緒になろうな。
この言葉は僕の口から出ることは無かった。
彼女の泣き叫ぶ声だけが、薄れゆく意識の中に残った。