第八話 『自分らしさって何だ』
唐突、あまりにも唐突だが俺はショッピングセンターに来ている。
「光栄だよ、皆さんと一緒に時間を共にできるなんて」
東堂が妙に厨二臭いことを言い出した。
こいつもその気があるのだろうか。
というか私服無駄にカッコいいな、いや、こいつのスタイル的には無駄じゃないのかもしれんが。
「今日はいつにも増して多いね、リオンに来てる人」
光貴が零す。
リオンとは、このショッピングセンターの名前である。
田舎の遊び場、デートスポットはリオンというネタがあるが、あれは事実だ。
そして人はリオンに集中し、かつて活気のあった商店街は驚くほど容易く廃れていく。
盛者必衰という奴なのだろうか。とすればリオンも、いずれは廃れていくんだろう。
「皆さーん! お待たせしました!」
桜木が手を振りながら走って来る。
集合時間の一時には間に合っているが、桜木が最後とは予想外だ。
一番早く到着したのは光貴で、次に俺、そして東堂。
「これは桜木さん、相変わらず美しいお姿で」
キザの典型的なセリフである。
だが……気持ちは分からんでもない。
中が透けない程度に透明感のある白のロングスカート。
上には水色の半袖シャツを着ていて、色白な桜木の細腕を露にさせている。
シンプルではあるが、桜木の容姿のおかげであろうか、まぁ……可愛い。いや、これはあくまで客観的な視点での話だ。
「だ、大丈夫だよ桜木さん。僕らも今来たところだから」
光貴も心無しか、いつもよりコミュ障度が高い。
「ごめんなさい、少し準備に手間取ってしまいまして……」
服に乱れが無いか確認する桜木。
どうやら相当急いでいたらしい。それでも髪の乱れが一切無いのが不思議だ。
「では目的の場所に行こうか、ここで立ち止まっていても仕様が無い」
目的の場所とは、飲食店『ナランチャ』のことである。
俺は行った経験は無いが、それなりに知名度は高い。
柑橘系の果物を主体としたデザートが女子高生の間で人気で、桜木が提唱してきた店だ。
「確か……二階、でしたよね?」
ん。
「桜木、ナランチャは一階だぞ」
「え、あ、そうでした! も、もちろん知ってましたよ!」
手を振りながら慌てて弁解する桜木。
桜木でも間違うことはあるのか。いや、そもそも俺は桜木の事を知らないか。
意外とおっちょこちょい、なのやもしれん。
「黒木君、今日は僕達の奢りだ、是非遠慮しないで食べてくれ」
「……、俺に恩を売っておいて、退部し難くしようとしている気がしてならないのだが」
俺達がショッピングモールに集合している理由、それはオカ研創部記念兼、俺の誕生祝いだ。
正直俺としては、無色透明の理念に反するから断りたかったのだが、桜木がどうしてもと言うので渋々承諾したワケである。
まぁ純粋な好意に対して捻くれる程、俺も腐ってはいない。だがよく考えてみると、これは俺をオカ研から逃げられなくする作戦では無いのか。
あくまで俺は仮入部、理念が正しいと判断したらすぐに退部する予定だ。
「そんなことありません!」
桜木が俺に詰め寄って来る。
俺のパーソナルスペースを、いともたやすく乗り越えて来た。
度々こういう行動を桜木は取るが、正直苦手だ。
「明さんが、目標を諦めてまで入部してくれた事へのお礼も含めているのですから!」
「いや諦めたわけじゃないぞ」
俺の主張をものともせず、桜木は続ける。
「本当は私のお金だけで賄おうとしたのですが、感謝のしようが無い事に、お二人ともお金をはたいてくれて……」
少し、疑心暗鬼になってしまったかもしれん。
目の行き場に迷う。
「っふ、明、心配するな。これは僕達からの純粋な好意だ。それとも、桜木さんが偽善に溢れた人間だと思うのか?」
珍しく光貴が棘のある言葉を言ってくる。
だがそれも仕方ないか。
「悪い、今のは忘れてくれ。そして、まぁ、ありがとう。全くの遠慮なしに注文する気は毛頭ないが、好意は素直に受け止めておく」
「っふ」と鼻で嗤う光貴。
多分嬉しかったからだと思う。
「ふふっ、明さんらしいですね」
「ん、何か俺言ったか」
はて、俺らしい事を言っただろうか。
というか、俺らしいとは何なのだろうか。
桜木は口角を上げる。
「遠慮しないで注文する気は無いって所です」
どういうことだ?
俺が意味を問う前に、東堂が桜木に返答した。
「確かに黒木君は素直じゃない部分があるからね、もっとも、それが黒木君の魅力ではあると思うけど」
「ふふっ、確かにそれもありますが、明さんは優しさから、私たちにさっきの言葉を言ったのです」
「そうなのか」
「そうです」
そうらしい。
「私たちは高校生ですから、お金はそんなに払えません。当然注文できる量にも限りが出てくるでしょう。その中で本当に遠慮なしに注文されては、最悪、私の豚さんの貯金箱を壊す事になってしまいます」
「確かにその通り、ただ遠慮すると事前に僕達に言うのは少々、言語能力に欠けると言うか」
なんだとこの野郎。
もっとオブラートに包め。
「明さんは私たちの予算を知りません。もし私たちの予算が少なければ、明さんが満足出来る量の注文を出来る可能性は、ウンと低くなってしまいます。ですので最初から、多少の遠慮はすると一見自分勝手に伝えておくことによって、創設記念兼、明さんの誕生日が失敗に終わらないようにしたのです」
「そうだったのか」
「そうだったんです」
そうだった。
かもしれない?
「なるほど、ね。僕もまだまだ甘いな……やっぱり面白いよ、黒木君は」
一人でウンウンと頷く東堂、妙にサマになる。
だが、その上から目線は是非とも辞めて頂きたいものだ。
「桜木さん、そろそろ行かない? 今日は休日だし、他校の生徒たちもリオンに来てると思う。早く行かないと予約を取り消されてしまうかもしれない」
確かに急がなければならない時間である、ナランチャはリオンでもかなり人気の店だ。個室ともなると、予約を取れなければ二時間は待つことになるらしい。母さんが言っていた。
「へ? 予約?」
ん。
「……桜木さん、もしかして予約を入れて……無かったり、するのかな」
桜木の白肌が、更に色味を失い青白へと変化していく。
「……無かったり、します」
いやはや。