第七話 『入部希望者の狙い』
「じゃあ、開けるぞ」
流れで開けるのは俺になった。
もし万が一何か起こった場合を考えると、桜木を先頭にするのは気が引ける。
あ、いや、別に桜木だからというワケではない、女子だからだ。
光貴は、まぁ、うん。
コミュ障だし、俺が開ける形になる。
カチャリ。
中は夕方だと言うのに、暗くてよく見えなかった。
おそらく、黒のカーテンか何かで光を遮断しているのだろう。
入るのが躊躇われるな、一体入部希望者は何を仕掛けているのか。
「暗いですね……」
桜木が俺のシャツを掴む。
まさか怖がっているのだろうか、まぁ桜木も一人の人間だし、当然かもしれんが。
さて。
入るか。
暗闇の中を進む、進むのに問題はない。
一歩一歩進むごとに、桜木の体が俺に近寄って来るのがわかる。
ちょっとばかし、緊張するな。
一方光貴は、俺と桜木よりも少し後ろから付いて来ていた。
おそらく札を握り絞めているだろう、だがこれは間違いなく人為的なモノ、霊的な現象は――。
――。
いた。
人体模型が、いた。
丁度、俺の横、数メートル離れた所に人体模型は置かれてあった。
横目で確認してみる。
人体模型にしては妙にデカいな。
何か落書きされている様な気もするが、暗くてよく見えない。
近寄ったほうが良いか。
「桜木」
「ひゃっ!?」
俺の声に驚いたのか、桜木が俺を抱きしめて来た。
少しの柔らかい感触、おそらくこれは、哺乳類なら、誰しもが、持っているヤツだ。
多分、間違いない。
「で、出た!? 出たの!?」
パニックになりかける光貴。
「落ち着け二人とも、人体模型を見つけただけだ」
調べる為に桜木を振り解こうとしたのが、俺にはそれが出来なかった。
――この柔らかい感触に、抗えなかったのである。
「光貴、頼む、見てみてくれないか」
「まだ死にたくないんだけど!」
大袈裟だなおい。
だが光貴は覚悟を決めたのか、人体模型へと歩み寄る。
「何か書いてあるえっと……ノマスのソウテマノ――」
「意味がわからん」
「あ、ちょっと待って! 背中に紙が貼られてる!」
そう言って光貴が人体模型の背中に手を回し、紙を取った。
「なんだろ、これ」
光貴が近寄って、俺に紙を見せる。
『画竜点睛』
四文字熟語か。
ふむ、どうやら今回も謎解きの様だ。
「暗号、ですよね」
しがみ付いたままの桜木も紙の中をのぞき込む。
「ああ、もう分かった」
「ホントですか!?」
桜木が俺の顔に詰め寄って来た、流石に恥ずかしい。
まぁ驚かれることに不快感は無いが、それとは別で、
「いい加減離れろ、目も慣れただろう」
「へ? ――。 ご、ごめんなさい!」
慌てて俺から離れる桜木、もしや無意識だったのであろうか。
無自覚とは恐ろしい、勘違いする奴も出てくるだろうに。
「光貴、さっきの文字、覚えたか」
「っふ、当たり前だ! 僕の異名は忘却を忘れし者だからなッ!」
初耳なワケだが。
覚えてるならいい、後は書けばわかる。
「じゃあ出るか、もうここに用は無いだろうしな」
腑に落ちない二人だったが、文字を書けばスグにわかるだろう。
理科室を出て、ポケットに入っていたシャーペンで光貴に暗号を書いてもらう。
『ノマスのソウテマノ』
二人を見てみるが、まだ理解しきれていないらしい。
そんなに難しいか、ノが多い所と、画竜点睛のヒントで分かりそうなものだが。
判断しにくい部分は、ちゃんとひらがなになっているし。
「画竜点睛、つまり点を足していけば良い」
光貴からペンを借りて、点を追加できる字に足していく――。
それをゆっくりと、桜木が読み上げた。
「シマズのゾウデマツ……島津の像で待つ!」
「島津の像って言ったら、校門前の!」
二人が目にハイライトを入れて見て来たので、視線を逸らす。
悪い気はしないが。
「入部希望者が待ってるぞ」
やっと知的好奇心が満たされる。
俺は気になるのだ、なぜ入部希望者がこんな茶番を仕掛けたのか。
……だが、行こうとしたのだが、俺は足を止めざる終えなかった。
桜木が突然、暑かったのかなんだか知らんが、服の首元を大きく開いたのである。
つまりは、俺と桜木の身長差だと、見えるのである。
無色透明の理念に従うのであれば、ここは無視するのが正解。
だがしかし、俺も思春期真っ盛りの高校生であるのだ。
――白か、いやはや。
――――
――
「やぁ、オカルト研究部の皆さん」
こいつが新しい入部希望者か。
身長は俺より高く、高身長の部類に入るだろう。
細目で表情が少し解かり難い、なんとも嘘くさいというか、詐欺師っぽい雰囲気を漂わせている。
滅茶苦茶失礼だが、人の第一印象とはそんなものだ。
「僕は東堂仁、呼び名は何でも構わないよ。トウドウ、ジン、その他」
「東堂さんですね! これから宜しくお願いします!」
おい、ちょっと待て。
「おい桜木、ここは素直に挨拶する場面じゃないぞ」
「でしょうか」
でしょうよ。
一手間掛けさせた理由を、聞かなければならない。
「なぜあんな面倒な事をした」
オカルト研究部を試す為、ある程度の行動力、知能があるか試す為。
何だ一体。
俺の知的好奇心、それがやっと満たされると思ったのだが。
「そうだね、一言で言うのなら――面白そうだったから」
は?
「結果としては君たちが解けなくても構わなかった。君たちが悩み、考え、行動する、それが面白そうだったんだ」
さも当然のように自分の行動原理を説明する東堂。
なんだコイツは。
所謂、変人という類の人種であろうか。
「それに、君なら絶対に解けると思ってたから。無色透明を理念とする、黒木明君ならね」
――。
「どういう意味だ」
あくまで平静を装って答える。
タイムリーパーであることを、コイツが知っているハズが無い。
いや、そもそもだ、なぜこいつは俺の理念を知っている。
「推理小説、好きなんだよね」
「……」
なぜ、知っている。
「あれくらいの謎なら、推理小説、思考が好きな人だったら解けると踏んでいたんだ」
「説明になってないぞ、人体模型はともかく、上長生の正確な人数なんて――」
「内田君の記憶力も調査済みさ、もちろんオカルト研究部が部員に困っていることも。まぁこれに関しては多くの人間が知っているだろうけどね」
薄く笑いを浮かべて喋る東堂。
口調こそ軽いが、その言葉の裏には自分への絶対的な自信が隠れているのがわかる。
正直言って、あまり仲良くなれそうなタイプじゃない。
無色透明においてはこの上なく好都合ではあるが。
「面白く、なかったかな」
……。
否定できなかった。
オカルト研究部初めての活動を、俺は楽しんでいた。
「どちらにせよ、僕は面白そうだと思ったから旧校舎にあの仕掛けを作った。オカルト研究部と言うくらいだから、きっと楽しんでもらえると思ったんだ」
俺が部長であれば、こいつを入部させようと思わん。
だが桜木はどうであろうか。
桜木を見る。
俺の視線に気づき、桜木が笑顔の返事を返してきた。
「入部させてくれるかな」
まぁ、俺は止めん。いずれ辞める部活だしな。
「はい! これから宜しくお願いしますね、東堂さん!」
「もちろんだとも」
東堂が桜木に手を差し出した。
なんだ、握手か? ……する必要ないだろうに。
そう考えていると、東堂が細目で一瞬だがこちらを見て来た、気がする。
「いや、やっぱり止めておくよ。黒木君に嫌われてしまう」
「どうして嫌われてしまうのですか? 大丈夫ですよ東堂さん! 明さん、こう見えても凄く優しい方なので!」
こう見えてとは何だ。
というか桜木と東堂が握手しただけで俺が嫌悪する理由が無い。
まず東堂自体の印象が既に悪いしな。
「知ってるよ、それも調査済みさ。ともあれ三人とも、これから宜しくね」
「はい! よろしくお願いします!」
「っふ」
「……よろしく」
最後の部員、東堂仁。
なんとも胡散臭い奴だが、しばしの辛抱だ。
こいつが理念を知っている理由も気になりはするが、これ以上コイツと関わるのもご免である。
であれば、無色透明らしく深く関わらないでおこう。
「よろしくね、黒木君」