第五話 『モノじゃない』
「あ、いや、その」
少し俺の目つきが悪かったのか、光貴は目を泳がせる。
「用が無いなら行くぞ、図書室にも行ってくるから、しばらく相手はしてやれん」
そう言って俺は光貴を振り解き、教室を出た。
生徒たちの騒がしい声を聞きながら、とりえあず隣のクラスを覗いてみる。
……いないか。
まぁ流石に隣のクラスだったら気付くよな。
じゃあ次はD組だ、俺の推理は如何に。
D組まで歩き、またまた覗いてみる。
うむむ、居ないか。
俺の探偵生活もこれで終わりか、いやはや、あまりにも短かったな。
自分の推理力の低さに軽い絶望を覚え、作ってもいない探偵事務所の看板を壊そうとしたのだが、一つの可能性がまだ残っていた。
――昼休みなのだから、教室に居なくても別に不思議ではないのでは。
当然である。
……だが、これに気付かなかった次点で、探偵としての素質は皆無に等しいだろう。
やはり看板は壊そう、うん。
気を取り直して、俺は図書室に向かうことにした。
その道中で桜木を見つけられると良いのだが。
――――
――
「ですので! どうかオカルト研究部に!」
いやはや。
まさか、まさか勧誘活動をしていたとは。
あと一人なんだから、もっと気楽で良いだろうに……というか俺の時より必死な気がする。
桜木は明らかに焦っていた、おそらく一年であろう女子にこれでもかと頭を下げている。
だがその必死の願いも虚しく、女子生徒は手を横に振って去って行った。
「おい桜木」
とりあえず呼んでみる。
「あ、明さん!?」
ビクリと桜木は肩を動かして、俺に振り返る。
驚かしてしまったのだろうか、いや、桜木は俺の声に驚いたんじゃない。
桜木は、俺の顔を見るなり顔を俯かせた。
……何か悪い事したか、俺。
「桜木、そんなに焦る必要は無いと思うぞ」
……反応なしか。
いやはや、これが女心と言う奴なのだろうか。
だとしたら恐ろしいほどまでに面倒である。
「焦る気持ちは分かるが、少しは落ち着け」
「……なさい」
「え?」
え?
俯いた桜木の口が開かれた。
「ごめんなさい、明さん」
何を謝っているのだろうか……あ、部活休止の話か。
「いや、別に良いぞ。というか桜木、一体何があったんだ?」
「私のせいで、明さんの――え?」
ん。
イマイチ会話が噛み合ってないな。
「ちょっと待て桜木、何に対して謝ってるんだ」
「明さんを……無理矢理入部させてしまった事、です……本当にごめんなさい」
桜木の声に少しのノイズが入る。
泣いているのか?
ちょっと、
ちょっと待て。
「おい桜木、俺は嫌々オカ研に入った覚えは無いぞ」
無い、それは断言できる。
俺は自分の生き方が正しいのか確かめる為に、オカ研に仮入部という形で入部したのだ。
「で、でも光貴さんが……」
はて。
「なぜアイツが――」
まさか。
「桜木、光貴と最後に話したのはいつだ」
「……明さんが、一人で帰られた時です」
「そうか」
どうやらこの桜木の涙は、光貴が原因のようだ。
いやはや――。
怒るぞ。
「悪い桜木、少し手違いがあったようだ。俺はオカ研を辞めない、安心しろ。そして光貴もな」
「……本当でしょうか」
泣くなよ……お前が泣くたびに、光貴への怒りが増していく。
俺はなるべく怒りたくないのだ、無色透明の理念に反する。
「本当だ、だから泣くな」
「……は、……はいっ……!」
……この言葉は逆効果だったか。
桜木の涙腺は壊れ、瞳から大粒の涙が零れた。
さて。
使うか。
――ルーズ&リープ。
――――
――
俺は自分のイスに座っていた。
そして学習机。
周りの騒音からして、昼休みだろう。
「明、少しいいかな」
ご名答。
「……なんだ」
今の感情を悟られないよう、なるべく素っ気なく返事をする。
もしここで光貴が嘘を言わなければ、桜木に謝らせるだけで済むのだが。
「実は桜木から言伝を預かってな」
……クソ。
「……言ってみろ」
「今日の部活は休みらしい、なんでも――」
「嘘を付くな」
「――っ」
光貴を睨む。
「なぜそんな嘘を付く」
「ふ……っふ、嘘じゃ――」
「もう一度聞く、なぜ嘘を付く」
「……」
騒がしい昼休みの中、俺と光貴だけが沈黙に取り残される。
「あ、明の為を思って……ぶ、部活に入るのは明の理念に反するから……」
俺の為を思ってだと。
お前は俺の何なんだ。
「ああ、ああそうだ。俺の目標は無色透明だ、だが俺は言ったよな部活に入ってもそれは達成できると」
「そ、そんなの明の勝手な思い込みだっ。僕からしたら部活になんて入ったら――」
「黙れ」
「――っ、」
駄目だ、怒りを抑えられない。
こうなれば自棄だ。
「なぜ勝手にそう決めつける。お前は俺の何なんだ? 友達か? 親か?」
「ぼ、僕は……明の……」
「何だよ早く言えよ」
「あ、明の事を何でも知ってる……親友――っが」
「ふざけるなっ!」
いい加減にしろ、思い違いも程々にしろ馬鹿野郎が。
光貴の襟を衝動的に掴んだ、もう止まらない。
「何でも知ってる? 勘違いも甚だしい! お前前にも言ってたよな、俺の事は何でも知ってるって!」
襟を引っ張る。
だが光貴を目を合わせない、その態度にますます俺の怒りが増していってしまう。
「どこがだよ! 俺が嫌々部活に入ったって桜木に言ったらしいなぁお前! 悪いがそれは大間違いだ! 俺は自分の意思で!――クソッ」
ああ駄目だ、こんなの無色透明なんかじゃない。
落ち着け、落ち着け、冷静に――。
「……分かってたよ」
「あぁ?」
何がだ、何がわかったんだよ。
まさか今だに俺の事なんて言うんじゃないだろうな。
「明が嫌々入部したんじゃないって事くらい、分かってた」
は。
コイツ。
「じゃあ何で桜木にそう言った! どうして俺に休部なんて嘘を付いた!?」
「嫌だったんだよ! 僕が!」
――っ。
初めて聞いた光貴の荒げた声に、冷静に戻る。
だが、どういう意味だ? 何が嫌なんだ?
「何がだよ」
「僕は嫌だったんだ……明が……明が僕の前から居なくなるのが!」
「意味がわからんっ」
「桜木に、明を取られるのが嫌だったんだよ! だから嘘を付いて、桜木と会えない様にした! だって明が桜木と仲良くなったら、僕とはもう――」
「ふざけるんじゃねぇ!」
――殴ってしまった。
ああ、今だけ無色透明は忘れよう。
そういえば今昼休みだな、はは。
クラスどころか、他のクラスの奴まで見物に来てやがる。
「光貴! 色々言いたいことはあるが、これだけは絶対に言ってやる!」
「――」
「俺はお前のモノじゃない! 何様のつもりだ馬鹿野郎!」
「ぼ、僕は別にモノだなんて――」
「いいや、お前は俺をモノだと思ってる、俺を都合の良い依存対象だと思ってるんだよ! 何が俺の為を思ってだ! 結局自分の為じゃねぇか!」
「――っ」
光貴の目に涙が現れる。
俺もその涙に釣られ、少しばかり目頭の温度が上がった。
「第一、俺が桜木と万が一仲良くなったとしてもだ、それはお前と縁を切る理由にはならん」
光貴は何も答えない。
「大体、いつもお前から俺に話しかけてくるだろ。俺が部活にはいったからって、光貴がそれを変える必要も無い」
「……」
「それに、お前が絡んで来ないと……なんだ、その、俺も暇になる。だから今まで通りで良い、オカ研に入るかは自分で決めろ、お前の意思でな」
光貴はなんだかんだ言って、俺との付き合いは長い。
何でも知っていると言うのもあながち間違いでは無いと思う。
悪い奴じゃないんだ。
「……桜木さん、許してくれるかな」
「ああ、俺も協力しよう」
「……入部させてくれるかな」
「大丈夫だ、それに関しては間違いなくな」
「明も、喜んでくれるかい」
「それなりに」
もっとこういう時、気のきいたセリフを言えたら良いのに。
まぁいいか、俺らしいと言えば俺らしい。
「だが今回の件を俺が許すとは限らんぞ」
「え!?」
「今後の桜木への態度を見て、許すかどうかは判断させて貰う」
まぁ本当は許しているのだが、光貴へのペナルティだ。
これで少しは、光貴も俺への依存を断ち切ってくれるといいのだが。
「じゃあ行くぞ」
「あっ、ちょっと、まだ――」
尻餅を突いている光貴の手を引っ張る。
光貴の目がまだ赤いが、治まるのを待っている暇はない。
桜木は、今も必死に勧誘活動をしているだろうから。
「明……その、ごめん」
「その左目に誓ってくれ、こんな事はしないと」
「今そんな雰囲気じゃないよね!?」
はは。
――その後、渡り廊下で桜木を発見し、光貴が謝罪した。
もちろん桜木は許してくれて、むしろ「明さんをそんなに心配してるのですね」なんて言っていたくらいだ。
光貴も「桜木さんって聖母だったりするのかも」とか厨二か厨二じゃないのかよくわからない事を言っていた。
まぁとりあえず、これで問題は解決した様だ。
あと一人の部員を、早いとこ集めないとな。
これでは桜木を観測するヒマなんてありゃしない。