第四十五話 『リープ×リープ×リープ』
――ルーズ&リープ
自分が時間の流れに吸い込まれていく感覚の最中、俺は思考する。
東堂と会話してから、三回目のルーズ&リープ。
特段焦っているワケじゃないが、思ったより島津の霊捜索は難航している。
最初にルーズ&リープを使った時は、一人で探した。
だが元々効率の悪いこと、一人でやるには何度リープすれば良いのか。
結果、島津の資料が残っている島津邸という場所へ行ったくらいしか得られたモノは無く。
一緒に関屋さんも来てくれたが、強い霊力を感じるモノは無かったとのこと。
島津の霊は夜にしか現れないが、一度憑依した物体にはしばらく霊の残り香の様なモノが付いているらしい。
それを頼りに島津邸へ行ったのだが、生憎といった具合だ。
二回目のルーズ&リープは、オカルト研究部の部員にも協力を仰いだ。
もちろんチャタローにも。
よくよく考えればれっきとしたオカ研らしい活動、誰も断る者は居なかった。
東堂も今回ばかりは参加してくれたが、結果は……。
島津にゆかりのある物は多い、ここら一帯を統一していた戦国大名だ。
都城はおろか、宮崎を出る必要も出てくるだろう。
今回は遠出をする覚悟でいる、小遣いはほぼ無くなってしまうが、しょうがない。
霊の残り香を嗅げる人間は殆どいない、オカ研では残念ながら東堂のみだ。
守護霊が守護を扱えることと、憑かれている側の霊能力は一切関係していないらしい。
幸いにも東堂はこの三日のリープ、全て活動に参加してくれた、おそらく今回も協力してくれるだろう。
さて。
時間の流れが緩やかになり、やがて空気が途切れたように止まる。
そして、痛み、激痛。
この痛みに慣れる事は絶対に無いだろう、ルーズ&リープに軽くトラウマを覚える程だ。
桜木を救ったら、この能力を使う事は無いだろう。
まぁ、もともとその為の無色透明の理念だ、後悔はない。
痛みを必死に堪えながら目を開けると、
「明さん? どうされましたか?」
桜木が僅かに不安の籠もった表情で俺を覗きこんで来る。
「すまん、実は体調が悪くてな」
痛みを表情に出し、桜木へ言う。
時刻は夜、場所は学校、つまり俺が最初にルーズ&リープを使った時と、まったく一緒。
俺は島津にゆかりのあるモノを探すために遡行の守護を使ったので、リープするならこの次の朝だと思っていたのだが、そうではなかった。
時たまこういうことはある、だが以前は予想外の時間にまで遡ったことが、実は必要なリープだった。
この時間にリープしたのも、何かしら意味があるのやもしれん、今の所どんな意味を持っているのかは不明だが。
「明さん、最近体調が優れないようですね……心配です。球技大会の時だって」
桜木には悪いが、今日の深夜部活動は控えて貰わねばならんのだ。
死影への対抗手段が見つからない以上、島津像の破壊は避けられない、もちろん俺達が校舎に入ることも悪手。
「悪いんだが……その、今日の活動は休止しないか?」
桜木に嘘を付いているような罪悪感を感じ、思わず目を逸らす。
これで桜木に不信感を抱かれてしまっても、返す言葉は無い。
だがこれは杞憂に終わった。
「明さんがそう言うのなら、私が部活動を強行する理由はありません、ゆっくり休んでくださいね?……色々、私のせいで考えていることも多いでしょうから」
桜木は眉根に一切の皺を寄せず、そう言った。
東堂が言っていた「信頼」の言葉を思い出す。
俺はこの信頼に応えなければならない、桜木を救うことが、俺が遡行の守護を持った意味だと今は信じているからだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ桜木さん、確かに明は頼りになるよ? だけど明が居ないからって部活を休止する理由にはならないと思うんだけど」
光貴の言うとおりである。
俺から少し離れた位置にいるチャタローも、同意見だと首を縦に動かした。
多少言葉の違いはあれど、ここまでは大体同じ展開だ。
「なんだか、いやな予感がするんだ。今日は学校に入らない方が良い、そんな気がする」
普通の人間であれば、首を傾げる発言であるが、
「うーん、明がそう言うなら。――っふ、明の予言能力は僕の邪眼にも引けを取らないからな!」
引けを取ったら遡行の守護の存在価値は皆無になるであろう。
「ホワっ!? それで納得するんでござるか!?」
「っふ、明の勘はよく当たるんだ! きっと死霊が徘徊しているに違いないっ!」
大体合っているのが憎らしい。
と、まぁこんな感じで活動を休止するのがこのリープ間での流れだ。
チャタローは納得し切ってはいないのだが、翌日チャタローが無事なことを考えると一人で島津像を調べる様な真似はしていないと考えていいだろう。
その後の島津探索でも、おかしな様子は特に無かった、むしろ異常なくらい熱心に活動していたくらいだ。
桜木を自宅まで送って家に帰る、もちろん誰にも見られない様に。
あらぬ噂を立てられては困るからな……いや、そうじゃなく、純粋に「補導」されてはマズいからだ。
本来桜木はこういった不良っぽい活動はしたくないハズ、七呪を解くために、仕方なくやっていること。
優等生である桜木が、補導なんてされて良いワケがない。
万が一巡回中の警察に見つかったら、俺は強烈な痛みを受け入れる覚悟でいる。
桜木と別れた後は、気分転換がてら走りながら帰った。
運動中だと言えば、見逃して貰えるだろうという魂胆もあったが。
鍵を開け、家に入る、家族は誰も居ない。
リビングまで歩いて冷蔵庫を開け、常備してあるウーロン茶を取り出し、乾燥中のままほったらかしにしてあるコップに注ぎ一気に飲んだ。
さて、今回はどこから手を付けようか。
東堂次第ではあるが、出来れば島津家の資料館がある鹿児島に行きたい所だ。
最悪金は俺が出そう、いや、東堂は上級生だから下級生に奢られるのは抵抗があるか、プライドも高いだろうし。
桜木の金銭面については心配ないだろう、リオンに行ったとき財布をチラと見たが、結構な札が入っていた。
光貴とチャタローは……どうだろうか、突然の遠出を光貴の親が許すとは思えない、そもそも深夜活動自体どうやって説得したんだろうかという疑問もある。
チャタローに関しては無理強いはしないつもりでいるが、おそらく参加してくるだろう。
あの熱心さ、もしかすると島津に対して強い興味があるのかもしれない。
とりあえず明日、桜木に伝えるか。
急な遠出だが、仕方ない。
幸いにも明後日から休日で、時間的な余裕はある。
あと何回ルーズ&リープを使う事になるかはわからないが、出口の無い問題じゃないハズだ。
必ず島津の霊を探してみせるぞ。




