第四十三話 『眠れない日』
俺は今、見知った天井を見ている。
そしてベットに寝そべっている。
あの影の正体も不明なまま夜を過ごそうとしているのだが、一応桜木が俺を早退させようとした以外の理由もちゃんとある。
まず冷静に考えると、あの影と対峙した場合対処する手段が存在しない。
桜木のあの状態と同一だとすると、おそらくは人間なのだろうが……人を簡単に殺せる。
そんな化物相手になんの対処もせず活動を継続しても、惨劇が繰り返されるのは間違いない。
もう一つ、あの影が現れる条件を絞りたい。
影が俺達を狙っていたのか、あるいは島津像、それ以外。
桜木の呪いを解くのに障害となる存在なのはほぼ間違いないだろう。
光貴が庇い桜木に傷は付かなかったが、影の刃は桜木を標的としていた。
ああいや、そもそも影に意思があるのかすらも不明か。
ともあれ、対策を練らずにあのまま活動を継続するのは難しい、ということである。
もちろん、他のオカルト研究部とチャタローにも今日の活動は中止してくれと頼んである、桜木が少し眉根を寄せてきたが、再び願うと了承してくれた。
俺のことを多少は信頼してくれているのだと思いたい。
さて、そうなれば影の対処法を見つけなければ。
島津像を成仏させるのはそう難しくないだろうという予感はする、だがこの障害は、正直かなり厳しいな。
……できれば影と対峙せずに島津像を成仏させたいが……。
…………。
…………。
……ん、しまった、眠りかけていた。
生憎今日俺は眠ることが出来ない、もしかすると俺の命も狙われているかもしれないからだ。
俺さえ生きていればルーズ&リープで桜木、光貴らを助ける事ができる。
コーヒーでも飲むか。
ベットから降り、白で塗られた階段を親が起きない様ゆっくり降りてリビングへ向かう。
大体一時間くらい前に親が帰って来たので、もしかしたら起きているかもしれないが。
そう思ったが物音一つしない、どうやらすぐに寝た様だ。
冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出して、コーヒー七割、牛乳三割の割合で注ぐ。
まだ苦さを上手いと感じる舌では無いのだ。
中学の頃調子に乗ってブラックを飲んだが、あれは無理だ、苦い。
リビングのイスに腰掛け、時計を見る。
午前三時半、か。
このまま何も起きず、朝を迎えられると良いのだが。
――――
――
「っふ、おはよう明――って、ホントに目が死んでる!?」
「うるさい」
気分は最悪だ。
登校中に光貴に声をかけられたのだが、いつもより不機嫌な返事になった気がする。
まぁ、それを悪いと思えないくらいには眠いのだが。
「病魔にでも犯されたか明っ! っふ、だが大丈夫だ、この秘薬を渡そうっ!」
「……それお前の親が買ったカフェインのサプリだろ……いらん、変なモノは食べたくない」
現在自転車を漕いでいるのだが、イマイチ感覚が無い、というか寝そうだ。
横に並んで来た光貴を横目に見て、昨日の事を思い出す。
光貴は自分の命を捨ててまで、桜木を守った。
あの行動に俺は少しばかり疑問を感じ、コーヒーを飲みながら鈍い思考で考えた結果、本質的には俺の為に守ったのだという結論になった。
光貴は死の間際、俺の役に立てて良かったと言っていた。
桜木が助かった事に安堵するのではなく、まず俺に。
そのこと事態が良いのか悪いのか、微妙な所ではあるが、光貴が桜木を救ったのは間違いない。
そして俺は島津像と会話する前に、光貴へ桜木を頼むと言った。
光貴はきっと、これを守ったのだろう。
これが無ければ、あそこで死ぬのは桜木だったと俺は思う。
いや、光貴が助けようと微塵も思わなかっただろう、というワケではない。
人間、自分が死ぬ可能性があった時、無我夢中で人を助けるか。
助けるとしても、少しの迷いは出るんじゃないのか。
俺は光貴を知っている、悪い奴では絶対にないが、完璧な聖人というワケでもない。
もし光貴が桜木に対して特別な感情を思っているのであれば、俺の言葉なんて関係なく桜木を守ったとは思うが……多分、無いだろう。
「ん、どうした明っ! やはりこの秘薬が欲しいか?」
遠慮しておく。
ともあれ光貴は、俺の為に桜木を庇い、死んだ。
ここまで考えておいてなんだが、助けたことに理由があったか無いかなんて、関係ない。
「……ありがとな、光貴」
助けたという事実が、その行動が、俺、多分桜木も、感謝に値するモノだと俺は思う。
光貴はなぜ礼を言われたのかわからないようで、目を大きく開く。
隠しているカラコンが髪の隙間から僅かに見える、金色だ。
「え? なんで? なんで僕お礼言われたの?まだサプ……じゃなくて秘薬渡してないのに」
まぁ当たり前か、俺にしかリープ前の記憶は無いのだから。
でもな光貴、俺は忘れないぞ、お前が命を賭けて誰かを守れる人間だってこと、お前が友達の為に命を張れる人間だってこと。
「なんとなくだ、さ、遅刻する……ふぁぁ」
欠伸をしてしまった。
「明って見た目のワリに可愛いアクビするよね」
「うるさい」
少し眠気が飛んだ所で、ペダルを漕ぐ力を強める。
光貴もそれに付いてきた、まぁ置いて行こうと思う程ひねくれていない。
そのまま田舎道を一直線に学校へ向かい、裏門前で自転車から降りる。
「あれ? 今日軍曹いないね」
光貴が少し声を高くして言う、もともと高いが、更に高くなった。
ついでに妙に嬉しそうである。
「正門の方にでも行ったんじゃないか」
上長東高校には、正門と裏門がある。
殆どの生徒は正門から登校しているのだが、正門の真反対から登校しなければならない生徒もいる。
上長東はそれなりに規模の大きい学校なので、正門から登校するとかなり無駄な時間を、俺達は取らなければならないのだ。
それを防ぐために、裏門からの登校も許可されている、普段は軍曹と呼ばれる禿げきった先生がいるのだが。
「でもだよ明、僕が学校に来た日は、一日たりとも軍曹がここに居なかったことは無かったけど」
光貴が言うならそうなんだろう。
時折欠席する光貴だが、それを考慮してもこの軍曹不在は珍しすぎるイベントということか。
まぁ。
「どうでもいいな」
「っふ」
教室に入ると、かなりザワついていた。
その中でも一際声量の大きい方に目をやると、案の定。
「ん、おお明! おはよう! あれ見たか!? 見たよな!? ヤバくね!?」
何をだ、主語を言え。
瀧である。
こいつは見た目は悪いが遅刻はしない、噂によるとランニングをしながら学校に来るらしいが、教科書を入れたカバンを持ちながら神柱神社から登校するのは流石に……いや、瀧なら有り得るか、筋肉馬鹿だからな。
「っふ、瀧よ、何を見たというのだ? まさか……、殺戮の堕天使の羽、か?」
「んだそれ!? ただの羽じゃねぇのか!?」
興味が光貴の創造物に向かったようである、いやいや。
「で、瀧。何を見たんだよ」
そう言えば教室に入る前も、かなり騒がしかったな。
瀧は「あ、そうそう!」と言いながら、大袈裟に手を強く握り、拳を作り、
「ばぁん!」
と言って拳を開いた。
「壊れたのか?」
器物破損とかだろうか、それならザワついているのもしっくりくる。
一応上長は進学校、ガラスが派手に割られたりしていたら、それなりのハプニングだ。
「そう! つかメッチャ派手に壊されててよ、最初あの像だってわかんなかったんだわ!」
――。
像、だと?
「像って、島津像か!?」
眠気が一瞬で消し飛び、瀧へ踏み込む。
「おっ、珍しーな、明がそんな驚くなんてよ」
「いいから、それは本当なのか?」
瀧は胸をドンと叩き、
「俺は嘘はつかねぇよ! なんなら見てきたらどうだ? まだチャイムなるまで時間あるしな!」
言われるが否や教室を駆け足で出て、正門へ向かう。
正門まで近づくと、軍曹がいた。どうやらこの事件のせいで裏門には居なかったらしい。
そして、
「あっ、明さん……おはようございます」
桜木である、少し、というかかなり元気が無い。
それもそのハズ、この距離からなら間違いなく見えたハズの、威風堂々と馬に乗り生前の威厳をこれでもかと上長生に誇示していた島津像が、見えない。
「ああ……おはよう」
桜木と共に近付いていく、島津像があった場所にはブルーシートと縞模様のコーンが立てられており、一目で警察だとわかる数人が先生と話をしていた。
さらに歩んでいこうとすると、軍曹と目が合った。
こちらを睨んでシッと手を払っており、これ以上進むのは難しそうだ。
「自由の島津像……どうなってしますのでしょうか、この七不思議は、解決しているのでしょうか」
桜木が言う。
……一切の期待を含めずに考えるのであれば、自由の島津像は未解決のまま、幕を閉じた。
つまりそれが意味するのは――桜木の死。
さて。
まだルーズ&リープを使うのは早い。
おそらく島津像を破壊したのはあの影、ならあの影と対峙しなければならない、対策が必要だ。
まずは東堂にあたるか。




