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第四十二話 『逃げろ』

更新が遅れた事、お詫び申し上げます。

どうして、どうしてアレが。

 思わず桜木の方を見るが、無事だ。

 

「あ、明さん、あれって、ゆ、幽霊では?」


 幽霊、なのだろうか。

 桜木の震える声に、俺は答えられない。

 俺があの時見た化物は、桜木ではなかった?


 いやそんなハズは無い、あの目は間違いなく桜木だった。

 次にルーズ&リープを使った時も、桜木は。

 思い出したくはないが、桜木が影に染まったのをこの目で見た。


『逃げろ、ワシがしんがりを務める』


 今までの剽軽な態度から一転、島津像が俺達を影から守る様に立ち、言う。

 言う通り逃げた方が良い、アレは人を簡単に殺せる。

 そもそもだ、アレに自我はあるのか――いや、考えるのは後だ。


「皆逃げるぞ、アレはヤバい!」


 俺が言うと同時に、島津像が影に向かって突進していく。

 ほぼ同時に、俺達も逆方向に走り出した。

 視界は悪いが、知らない場所じゃない。

 ほぼ全速力で走る、一番前がチャタロー、二番目に俺、最後尾に並んで桜木と光貴。


 轟音。

 風が無造作に切り裂かれるような刃音と鉄が抉り取られている様な歪音。

 戦っている、勝ってくれ、頼む。


 もう島津像と影の姿を捉えることは出来ないが戦闘により生じているであろう音は、絶えることなく続いている。

 生命の危機を煽ってくる怪音ではあるが、この音が止まない限り俺達に危険が及ぶことは無い筈だ。

 そう、自分に言い聞かせていたのだが。


 音が消えた。

 消えた様な気がする、全力で走っているから勘違いかもしれない、息の音と足音で掻き消されいるだけかもしれない。

 いや落ち着け、そんな暗示は不要だ。

 大丈夫、もう百メートルは走った、追い付いてはこれまい。


 後ろを見る、息を切らしている光貴と桜木。

 自慢じゃないが体力はある、自分だけ逃げようと思うのであれば体力差のある二人は置いておくべきなのだろう。

 だが俺には出来ない、少しペースを落とす。


「チャタロー、先に逃げとけ」


 チャタローはまだ余力を残している、先に逃げて貰おう。

 だが、チャタローから帰ってきた答えは、


「だが断る」


 断るのか。


「いや、そんな冗談を言ってる場合じゃ――」

「冗談じゃないでござるよ、拙者の最も好きなことの一つは、他人本意の人間にノーと断ってやる事でござるから!」


 冗談にしか聞こえないが、チャタローは本気の様だ、俺に並ぶようにしてペースを落としてくる。


「拙者はまだあと変身を三回残しているでござる、二人が走れなくなった時は拙者が担いで走るでござるよ! あ、なるべく桜木たん優先で」

「それは駄目だ」


 桜木は俺が担ぐからな――。


 ヒュン。


 ん、なんだこの音。

 風を切る音が後ろから聞こえた。

 咄嗟に後ろを見てみるが、桜木と光貴が暗闇の中走り続けているだけ。

 気のせいか……?


 ヒュン。


 いや。


「――っ」

 

 ヒュンヒュンヒュンヒュンヒュン。


 暗闇じゃない、あの二人が走っているのは――。


「逃げろおおおおおおお!」


 影の中だ。

 二人の後ろには、幾多もの影の刃が集合体となって襲い掛かってきている。

 殺意を感じるワケじゃないが、この状況で死を意識しないのは愚鈍。


 二人を助けたいが、俺も減速する余裕は無い、どこぞのヒーローの様に減速無しで後ろに居る二人を助けることは不可能だ。


「明さん! 逃げて!」

「ふざけるんじゃねぇ! 置いて逃げれるワケ無いだろう!」


 桜木の声に悲壮が混じっている、半ば自身が助からない事を自覚しているんだろう。

 大丈夫だ桜木、俺がお前を守る――そう。


 そう言いたかった。


「きゃっ」


 桜木が横に飛ばされる。

 丁度桜木の真後ろにあった影の塊が、刃の形を取って振りかかろうとしていたのだ。

 それから逃げる為に、桜木は飛ばされた。

 力の無いヤツだが、女一人を弾く程度の力は持っていたようで、ソイツは彼女の命を救った。


――自分の肉体と引き換えに。


 俺がルーズ&リープを多用しなくなった時から、そいつは俺に近づいてきた。

 記憶は確かじゃないが、そいつが虐められているのを助けたのが原因だろう。

 ずっと何も言わず俺のそばに居たので、痺れを切らしてそいつに話しかけたのが始まり。


「光貴殿ッ!!!!」


 いつしか俺に話しかけてくる奴は、そいつだけになっていた。

 自分から人と関わることを避けるだけで、こうまで変わるとは思っていなかったが、深い後悔はしていない。

 それは多分、コイツは俺が遠ざけても付いてくるだろう、なんて確信が心の奥深くにあったから。


「光貴さん! どうして、どうして私を!」


 だがもうコイツは俺に付いて来てはくれない。

 付いてこれない。

 光貴。


「光貴ぃぃ!!!」


 光貴の細い体は肩から腹部まで両断されていて、血がポンプの様に噴き出してきている。


「や、やっと明の、役に、立てたよ、良かった、よかったなぁ」

「喋るんじゃねぇ! 死ぬぞ!」


 だが光貴は俺の言う事を聞いてくれず、口を動かし続ける。

 もう聞こえていないのかもしれない。


「僕、桜木さん、守ったよ、守れたよ、明の役に、立て……たんだ」


 声の力が血の噴出に従って急速に衰えて行く。

 

「僕、ずっ、ずっと、明と、とも、友達でいられるように……役に、立ち、立ちたくて」

「馬鹿野郎! そんな役に立つとか立たないとかで、友達やめるワケねぇだろうが!」


 お前はいつもそうだ、臆病で、寂しがりやで、コミュ障で、厨二病で。

 でもな、そんなことは俺がお前と距離を取る理由にはならねぇよ。


「は……はは……――」


 光貴は苦みのある弱い笑いをして、目を閉じた。

 もう、光貴は帰ってこない、俺に付いてくることは無い。


 後悔を取り消せる時間にまで遡る。


――ルーズ&リープ。


『ア……コ……ツ……ニ』


 俺が遡行の守護を使った瞬間、影が声を発した。

 だが空間から全ての思考が引き抜かれていくようないつもの感覚に気を取られ、詳細を聞くことには至れない。

 

――――


――


 あ。

 あああああ。


「ぐっ、がっ、がああああ!」


 痛い、痛い、痛い。

 なんだ、おい、どうした。


 脳の内側から幾千もの針が出てこようとしてきている、そんな感覚、痛覚。

 死ぬのか? リープが失敗した? 俺は殺されるのか?


 痛みの中顔を上げると、目を開き口を開けている光貴が見えた。

 光貴が生きている、それはつまり、リープには成功したという証明。


 ならこの痛みは――。

 思考の隙間に、誰かに肩を触れられる感触が混じる。


「大丈夫ですかっ!?」


 桜木か。

 両手で頭を押さえている俺を心配してくれたのであろう。

 心なしか痛みが――いや、痛みが急速に収まっている。


 そうなると、ルーズ&リープのデメリットと考えた方が良いだろう。

 なるほど、確かにこの痛みなら気絶してもおかしくないな。

 ……少しトラウマになった、多用はしたくても出来なそうだ。


「……あぁ、いや、なんでも――」

「何でもじゃありません!」


 何でもじゃないのか。

 桜木は俺が顔をあげるやいなや、額に手を当ててくる。

 冷たい、冷たい汗の感触だ。


「今の明さん、突然とても痛そうに頭を抑えていました、何でもないワケありません! 顔も熱いです、あ、どんどん熱くなってます!」


 それは恥ずかしいからだ。


「うーむ、拙者もちょっとばかし心配でござるなぁ、普段クールを気取っている明殿が、ここまで取り乱すとなると」


 気取っているワケじゃないぞ。


「っふ、明もPSY、つまりサイに目覚めたか」


 光貴よ。


「いてっ、え? あれ? 僕どうして叩かれたの?」


 お前の未来の行いに対してだ。

 だが、どちらにしろ桜木か光貴の命が失われていた可能性は高い。

 ……どうする。


「今日は解散しませんか?」


 桜木が言う。

 いやいやいや。


「桜木、俺はベツになんとも……」

「部長命令です」

「断る」

「断れません」


 いやはや。

 



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