幕間 『在る人間の心』
「っふ、おはよ……」
そこまで言って、僕は自身の親友がいつもの調子でないことに気付いた。
僕の唯一の友達である黒木明は、チラとこちらを見たかと思うと、すぐにまた机に俯せになる。
多分理由は、昨日の『自由の島津像』についてだと思う。
僕は門限の都合で参加ができなかったけど、明は参加したはずだ。
睡眠も満足に取れなかっただろうし、今日は話しかけるのは止めておこう。
こうなってしまえば、僕が学校で口を開くことは殆ど無い。
瀧君とかはタマに話しかけて来てくれるけど、ホントにタマに。
明が理念を変えて以来、こういう日が増えた。
――僕は、置いてけぼりだ。
あの日以来、明は変わった。
中学校の時とも違う、なんというか、少し明るくなった、明だけに。
口数も増えたし、目もそんなに死んでない……と思う。
僕の席は窓際、そこからグラウンドを眺める。
なぜか放置された竹刀を、体育の先生が頭を掻きながら拾っていた。
「おっはよー!」
大きくて明るい声が教室に響く、声の正体は山中夏未。
明の幼馴染で、きのう転校してきた人だ。
正直、こういう明るい人は苦手、まぁ僕が苦手じゃない人が居るのかって言われると、明くらいしか思い浮かばないんだけど。
山中さんは真っ先に明の元へ向かうと、明の机の正面に立ち止まり、
「おはようアックン!」
明の気分もお構いなしに、彼女は明に呼びかける。
「うるさい、眠い」
明の寝起きは悪いんだ、幼馴染なのにそんなことも知らないなんて。
でもさ、羨ましいよ。
僕ももっと気軽に、人と話せれば良いのにな。
どうして明と話しにくくなってしまったんだろう、明の方は、前より喋る様になったのに。
意識し始めたのは、やっぱり桜木さんが明へお弁当を作ってきた日だろうか。
明が珍しく顔を赤くしながら、僕のママが作るお弁当よりも気合の入った愛妻弁当を食べていたのを覚えている。
明は桜木さんが好きだと思う、絶対。
そして、桜木さんも同じ気持ちのハズだ。
二人がお互いの好意に気付いているのかは分からないけど、傍から見ればカップル同然で、愛妻弁当なんて表現も全く間違ってない。
そんな二人の間に入るのが申し訳なくて、そう思ったが最後、僕は明と話せなくなっていた。
自分から話すのは、結構勇気がいる。
でもこのまま明と友達じゃなくなるのは、絶対にイヤだった。
僕は明を親友だと思っているけど、明はどうなんだろうか。
友達とは言ってくれた、嬉しかった、でもそれが本当かどうかは、僕には分からない。
……あぁ、駄目だ駄目だ。
きっと大丈夫、またすぐに話せるようになるさ。
素の僕では話せないかもしれないけど、仮面を付けた僕なら、大丈夫、きっと、うん。
――――
――
「行くぞ光貴」
終礼が終わると、明が声を掛けて来た。
ここ最近は明から僕へ、部活動へと誘ってくる。
「っふ、当然ッ! 昨日はすまなかったな、邪眼さえどうにかなれば、俺も闇との戦いに力を貸せるんだが」
「本当に借りれるなら是非とも借りたい所だ、ビームでも出して石像を壊してくれ」
やった、良かった、ちゃんと喋れた。
会話になっているかと言われると、一般的には微妙な所、でも喋れたから良いんだ。
よし、明の反応から考えて、多分疲れてる、昨日本当に像が動いたのかもしれない。
「まさか本当にゴーレムが作動したのか? いやそんなハズは無い、上長は俺の結界で……いやしまった、校庭はノーガードッ!」
明は半ば適当(誤認されてるほうの意味で)に僕の発言を流すと、
「行きながら教える、嘘は付かんが、信じられないなら信じなくて構わんぞ」
今更だ、僕は明の言ったことは全て信じるよ。
それが嘘だと分かっていても、明が信じてくれと言ったら喜んで信じるさ。
どんな超常現象でもね。
――。
「それ、本当に?」
信じてないワケじゃないんだけど、やっぱり異常だ、島津像が動くなんて。
「嘘は付かん」
明は昨日、桜木さんとなぜか付いてきた山中さん、委員長、チャタローさんとで深夜に島津像を見張っていた。
そして本当に島津像が動き出して、グラウンドで素振りを始めたらしい。
朝、体育の先生が片づけていた竹刀は、島津像が振っていたモノのようだ。
追いかけたけど、曲がり角で見失なってしまった……ではなく、
「それにしても、動かなくなっただけで、バレないと思ったのかな」
ただ石像に戻っただけ、だったらしい。
誤魔化しにもなってないけど、それ以降島津像は動かなかったみたいだ。
朝登校してみたら、元の場所、馬に乗っていたようだけど。
明の説明を要約すると、こんな感じ。
明は今日も島津像の謎を追うらしい、凄く熱心な部活動生だなぁと思う。
多分、桜木さんの為だろうけど。
「あ! お二人とも、お待ちしてました」
理科室に到着すると、桜木さんが挨拶をしてくる。
僕はもちろん桜木さんと反対側、明は対面に座った。
いつもは東堂先輩が明と桜木さんを隣にしようとするんだけど、今日はまだ来てないみたいだ。
日直……じゃないハズ、夏休みを挟んで十三日前に日直をしたばっかりだから、まだ早すぎる。
まぁ、僕がそういう疑問を口に出すかは、また別の話なんだけど。
明とだけならともかく、桜木さんもいると、ちょっと喋り難い。
自他ともに認める人見知りだから。
いつものように、明と桜木さんが会話を始める。
僕は蚊帳の外だ。
それも当たり前だ、僕自身、会話に入ろうとしていないのだから。
東堂先輩はこの二人の会話を楽しんでいるみたいだけど、僕はこの時間が苦痛でしかない。
凄く、孤独を感じる。
明が、僕から離れて行くような気がして――。
未だに僕は明に依存している、治そうとはしてるんだけど。
今のまま明が居なくなったら、僕はどうなるんだろうか。
また前みたいに、学校へ行かなくなるのかな。
弱いなぁ、僕は。
でも、そんな僕を明が頼りにしてくれる時もある。
旧校舎でのナゾナゾだったり、バスケでA組の斎賀君の癖を聞いてくれたり。
役には立ってる、ハズ。
女装は意味なかったような気がするけど。
明の役に立てた時、僕は凄く救われた気持ちになるんだ。
明へ依存する罪悪感が、浄化されていくような感じ。
だから、今回も何かの役に立ちたい。
そうだ、ママには嘘を付いて、今日の島津像の作戦に参加しよう。
きっと僕の記憶力が、明の助けになるはずだ。
――そしたら、また明と仲良く話せるハズ。
一ヶ月ほど賞応募作品作成の為、更新を停止します。
ここまで見て下さった方には顔を上げれません、大変失礼なことは承知の上で、更新を休ませて頂きます。
必ず完結させます、長い間が空きますが、ご理解いただけると幸いです。




