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第四十話 『常識とは』

「だってだって、スッゴク面白そうだったんだもん!」


 言い分、なのであろうかこれは。

 そんな大層な代物ではないな、うむ。

 ナツはまぁ、正直そんな所だろうと思っていた、だが雅也がこんな不良チックなイベントに参加するタイプとは、意外である。


「み、皆が変なことをしないようにだよ!」


 雅也も弁明を口にする、見張り役ということか、なら先ず止めるべきだと思うのだが。


「えっとね、私がアックンについていくって言ったら、マークンも行くって」


「成る程、つまり雅也はナツのお守り役と」


「皆のお守りだよ! ナツさんだけじゃないから!」


 予想外に強いリアクションで反応してきた雅也。

 自分がオーバーリアクションをしたことが恥ずかしかったのか、雅也は慌てて話題を変えてきた。


「と、所でさ! えっとC組の茶太郎君? 君はどうしてここに?」


 待ってましたとばかりに眼鏡を光らせるチャタロー。

 おかしいな、日光は既に消えているのだが。


「部活に入っていなくとも、活動する権利はあるのでござる! そう! 拙者はオカルト研究部名誉部員として」


「すまんチャタロー、名誉部員制度は無いんだ。だから申し訳ない、帰ってくれ」


「あれ、おかしいでござるな、そこまで申し訳なさそうに帰ってくれと言われると流石の拙者も涙が」


 言葉とは裏腹、チャタローの口角は上がっている。


「大丈夫ですよチャタローさん、明さんはこう言っていますが、本当は皆さんが来てくれて嬉しいハズです」


 ……いや、出来れば二人だけの方が。

 だが不安もあった。

 ナツやチャタローのギャグテイストな雰囲気に、怪異への恐怖心が和らいだのも事実だ。

 なにせ今回の怪異はおそらく人ではない存在なのだから。


 島津像を見る、月光に照らされた二メートルはあるであろう強大な像だ、観光スポットにあっても不思議なくらいのクオリティ、酸性雨で少しばかり削られてはいるが、それでも十分な存在感を放っている。


「拙者も実際に見たことはないでござるが、冗談を言わぬ鉄のような女が言っていた故、信憑性は高いでござる」


 桜木が頷く。

 俺には桜木がどれほどの思いを持って、この怪異に臨もうとしているのかは分からない、だが。


「大丈夫だ、俺じゃ不安かもしれんが、全力は出す」


 自身の全てを出し尽くしてでも、それで己が傷つこうとも、桜木を助ける。

 妄言だが、桜木を助けるために生まれたとすら思っている、それだけで俺が生きた意味が満たされると、今は信じているのだ。


「そんなことありません、一番頼りにしているのは、明さんですから」


 桜木がはにかむ、その姿は今まで俺が美を感じたどんな存在より、いや、これから俺が見るであろう万物の美よりも、可憐だった。

 なんて単純なオトコなんだ、溜め息すら出る。

 この言葉、この存在だけで、俺は。


――――


――


 島津像が見える水飲み場の陰に隠れて、その時を待つ。


「なんだか、緊張しますね」


 桜木が小声で聞いてくる。

 今この場にいるのは桜木と俺だけだ。

 

 島津像からもっとも近い大木の陰にはチャタロー、俺たちと反対側の水道に、委員長とナツが隠れている。

 流石にこの人数で一カ所に隠れるのは無理があった故の采配だ、そして流れで桜木とペアになった、決して意図的ではない。


「まぁな」


 素っ気なく答えたが、正直桜木よりも緊張しているだろう。

 日に日に桜木への意は増してきており、色々と重傷だ。

 桜木の緊張は、怪異に対しての緊張だろうが、俺はそれに桜木と二人でいることの緊張が追加されている。


 ビュウ。


 無風に近い終夏の夜に、唐突にヒヤリとした風が吹いた。

 桜木が俺の手を掴む、そして。


「自由の島津像、どうやらマジモノらしいな」


 噂通り、常識の範疇であれば動いてはならない存在が、さも当たり前のように背伸びをし、ストレッチを始めた。

 島津像は乗っていた馬から下りると、更に準備運動のようなものを始める。


「動きにくそう、ですね」


 この体操には覚えがあった、日本人なら誰しもが知っているラジオ体操である。

 桜木がそれを見て、


「中に人が入ってるのでは? お化けにしては何というか、その、怖くない様な気もするのです」


 その可能性も有り得なくはないだろう、酔狂な趣味ではあるがな。


「あ、でもお化けだったら怖くないと言うのは失礼かもしれません、怖がらせられない事に落ち込むお化けもいると読んだことがあるので」


 怪異にも優しさを持っているとは、流石である。

 話していると、どうやら島津像のストレッチも終わったようだ、腰を痛そうにゴンゴンと叩くと、グランドの方へドスドスと歩いていく。


「追おう」


 言うと、桜木も「はい」と返事を返してくる。

 俺と桜木が物陰から出ると、他のメンバーも姿を現した。

 チャタローは物憂げに考え込んでおり、雅也は持ち前の爽やかな顔面を蒼白にさせていた。

 ナツは、興奮しているようだ。


「えっとね、本当はスッゴク大きな声で言いたいんだけど……今の見た!? ホントに動いてたよ!」


「拙者も正直、驚いたでござる。先輩を疑っていたワケではないないでござるが、見間違いのようなモノだと思っていたでござるから」


 適当に相槌を打ち、桜木が島津像を追おうとすると、雅也が蒼白を保ったまま声を出す。


「ちょ、ちょっと待ってよ、もしかして追うとしてるのかな」


「ええ、それが私、いえ、オカルト研究部の活動ですから」


「桜木、さんだよね? 冷静に考えようよ、明らかに普通じゃない。僕ら普通の高校生がどうにか出来るモノじゃないよ、警察とか、先生、大人の人に」


 雅也の言いたい事は分かる、常識であればここで引き下がるのが得策だ。

 だが生憎。


 常識は通用しない、そういう世界だ。

 そもそも常識なんてのは、自分たちが勝手に当たり前と解釈している事柄に過ぎないのだ。


「悪いな委員長、この事は忘れてくれ、補導されないよう気を付けろよ」


「どうして、怖くないのかな? 異常だよ異常、もしかしたら殺しに来るかもしれない、アレが何にせよ、危険だよ!」


 いやはや。

 

「雅也、お前がここに来た理由に基づいて俺達を止めているのはわかる、だがハッキリ言わせてもらうと、おせっかいだ」


 元々一般人が理解できるモノではないのだ。


「……帰ろう、ナツさん、茶太郎さん」


 背中を向ける委員長。


「いや、拙者帰らないでござるけど、名誉部員でござるし」


「私も! ごめんねマークン、寂しいと思うけど、また明日!」


 ……一般人が理解できるモノでは無い、ハズなのだが。


「はは……もう、勝手にどうぞ。何かあったら、警察呼ぶんだよ、絶対」


 この手の事象で警察が役に立ったイメージは無いのだが、どうなのだろうか。

 委員長を見送ると、チャタローが思い出したように「あ」と声を発する。


「F組の委員長殿に言うのを忘れていたでござる、拙者の名前、茶太郎ではなく、太郎でござる」


「どっちでもいいだろ」


「明殿、一応このテキトウな名前でも、昔話にしか出てこなそうな名前でも、親が真剣に……付けたんでござろうか」


 俺に聞くなよ、今度親にでも聞いてみるんだな。

 

 さて。


「行こう桜木、コンタクトを取るにしろ取らないにしろ、様子を伺うべきだ」


「ええ」


 ナツが小声で、


「じゃあ、レッツゴー」



――――


――


「素振りでしょうか」


「素振りだな」


「素振りでござる」



 島津像は、どこからか入手した竹刀で素振りをしていた。

 もちろん剣技の素振りである。


 無音に近い上長の深夜グラウンドに、僅かに風を切る音が聞こえる。

 島津像との距離は決して近いとは言えない、それでも音が届くのは、


「それにしても島津の像、中々の腕でござるな、是非受けてみたいでござる」


 一応でも剣の道を歩んでいるチャタローが評する程度には、実力者という事だろう。

 

「ねぇ、ねぇ、私話してみたい」


 ナツからの要望である。


「却下」


 もちろん拒否。


「大丈夫! なんかそんな気がするの!」


 そう言うとナツは陰から出て、大きく手を振ると、


「おーい!」


 大声で挨拶をしてしまった。


「おいバカッ、もし敵意があったらお前……ったく」


 ルーズ&リープを使う覚悟をしておく。

 島津像は素振りをピタと止め、こちらを向いてきた。


 ナツの姿を確認する。


 しばらく目が合う。


 そして、


「あっ、ちょっと逃げないでよー!」


 分速百メートルあるか無いかの超スロースピードで、島津像が逃げ出した。

 とりあえず、


「追う、か」


 敵意どころか逃げ出した島津像、その真意は如何に。


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