第三十九話 『深夜の前に』
「あちらの方は?」
思ったより近い距離で桜木が喋りかけてきた。
小声も相まって、息が混じっておりこそばゆい。
「F組の転校生、そして俺の友人だ」
光貴からの視線を感じたが、気付かないフリをしておく。
桜木は納得すると、入り口にいるナツと委員長に軽く会釈をした。
二人も返してくる。
「ごめんね黒木君、内田君、それに……えっと、部活中の皆さんも」
「気にするな、俺も勝手に抜け出したからな」
委員長にナツの案内を投げた事への罪悪感は多少ある、それが無くなるのならむしろ歓迎しよう。
「そうだよ! アックン急に居なくなるんだもん、探したんだぞー!」
「それはお互い様だ、なぁ雅也」
「はは……」
愛想笑いでごまかしてきた委員長だが、ほぼほぼ肯定に近い。
「ねぇねぇ、何の部活? 何してるの?」
そんなやり取りをモノともせず、ナツが俺の肩に両手を置いて、のぞき込んで聞いてきた。
「言ってなかったか、オカルト研究部だ。今の所、七不思議の解明を部活の主軸に置いている」
少なくとも、桜木を救うまでは。
ふむふむと賢そうに頷くナツ、あくまで賢そうで留まる。
「それで今この丸眼鏡の大男が、情報提供をしてきた所だ」
「それスッゴく面白そう! 私にも教えてー!」
「ナ、ナツさん、まだ案内が……それにほら、部活の邪魔をしたら」
ナツは口を大きく膨らませ、不満を露骨に現す。
それを見て桜木が、
「ふふっ、私は構いませんよ、皆さんはどうでしょうか」
誰も批判的な反応をして来ないことを確認し、桜木がナツへ「自由の島津像」の説明を始めた。
――――
――
「それはそれは、何とも不可思議な現象ですなー」
「無理して難しい言葉使わなくてもいいぞ――って」
ナツに頭を叩かれた。
「というかチャタロー、オチは後ろに島津像が居たって事で良いんだよな」
「……オチを言えずに終わった拙者の気持ち、わかる?」
何だその急に不機嫌になった彼女が言ってきそうなセリフは。
「ごめんなさいチャタローさん、折角来て頂いたのに」
「おいチャタロー、何桜木に頭を下げさせているんだ、謝れ」
「すまぬ……あれ、何かちがくない?」
東堂がクククと笑う、こいつ笑うのか。
「悪いな桜木、良い奴でも無いが悪い奴でもないんだ、許してくれ」
東堂が笑った事に気分を良くしたのかは自分でもわからんが、いつもより少し感情が入った声が出てきた。
続くように東堂が、
「僕からも頼むよ、他人の感情に鈍感な人間も存在するからね」
「っふ、哀れな生命に、桜木さんの救済を」
なんだこの流れ。
このノリに乗らないナツではない。
「私からも、チャタロークンを許してあげて!」
「何でござるこの流れ!? 拙者そんな悪いことした!? ただ自分の痛んだ心を口にしただけなのに!」
「許してくれるか桜木」
「はーい! 明殿安定のスルゥー!」
最初は桜木も何がなんだかわからないといった表情だったが、今では笑みを見せている。
「はいっ、もちろんですチャタローさん!」
「良かったなチャタロー、二度とこんな真似するなよ」
「御意! って……どうしたこうなった! どうしてこうなったでござる!」
さて。
「桜木、出来れば今日にでも、七不思議の正体を確かめておきたい」
もちろん桜木もそうしたいハズだ、自身の命に関わることなのだから。
「ええ、時間は遅いので、家族に許可を貰える方だけの参加になりますが」
そうなると、俺は大丈夫だが。
桜木を見る。
「私は大丈夫です、ある程度融通はききますので」
まぁ殆ど二人暮らし状態だからな、七呪も知っているし、蘭さんが断る理由がない。
「っふ、悪いな皆、僕は日付が変わって数時間、邪眼のメンテナンスをしなければならないんだ」
「門限か、光貴の親は厳しいからな」
ナツが驚いた声で、
「えっ、そんな事言ってないと思うよ!」
「気にするな、コイツはそういう奴だ」
「っふ」
納得していないナツを置いて東堂が至極ウソっぽく、残念そうに口を開ける。
「悪いけど僕も欠席させて貰うよ。独りでに動く石像なんて、聞いただけで面白そうなのに残念だ」
こいつも謎の多い人間だ。
守護霊が見える理由も不明だし、俺の守護を知っていた理由もわからない、見えると言って、守護がわかるワケでもないと関屋さんも言っていた。
「……私と、明さんだけ、ということですね」
てっきり残念がると思ったのだが、案外素直に欠席率の高さを認めた桜木。
桜木は言い終わると、僅かに腰を上げて下敷きにしているスカートの皺を整えた。
深夜に桜木と二人きり、ふむ。
……ワックスとか、使ってみるか。
――――
――
「深夜の学校って初めて来たかも!」
「声が大きいよナツさん、補導でもされたら大変な事に」
「大丈夫でござるよF組の委員長殿、アレは大したことないでござる」
いやはや、どうして。
「なぜオカ研の活動に、部外者が来ているんだ。チャタローは提供者だし、百歩譲って問わないでおく。だがナツと雅也は……」
俺の声を遮る様に、ナツが言い分を口にした。




