第三十八話 『自由の島津像』
今更とのツッコミをチャタローから受けたが、自然にオカ研へ溶け込んでいるチャタローが悪いのだ。
まさか既に入部したと言うのか?
「チャタロー、もしかして部員になったんじゃあるまいな」
出来れば遠慮したい所ではあるのだが。
チャタローは残念そうに溜め息を吐いて、頭を掻く。
「それがでござるねぇ、上長の部活動が掛け持ち禁止という事を今しがた知ったのござるよ」
既に部活に入っているのか。
肯定するように、チャタローは続ける。
「拙者、こう見えても十年に一度の天才と言われる程の剣道家でござってね、もちろん部活は剣道部、そして辞めるワケにはいかないのでござる」
「十年に一度の変態の間違いじゃないのか、今すぐその肩書を付けた人間に聞いた方が良いぞ」
「明さん、言いすぎです!」
桜木に叱られてしまった。
……相手が変態でなければ反省していたのだが。
「大丈夫だ、コイツは寧ろ喜んでいる」
「ござる」
その通り! と同じニュアンスで言ったチャタロー。
キラリと白歯を俺達に見せ、グッドと親指を突き立てている。
それを見た桜木はまだ腑に落ちない様子であったが、東堂が追う形でフォローに入った。
「桜木さん、大丈夫だよ、世の中には理解の出来ない生物もいる」
「あれ、拙者もしかして人間として区別されてない? あ、まぁそれもアリでござるが」
ドン引きである。
……と、引いている場合ではなかった。
「で、チャタロー、お前が入部してないのなら、尚更疑問が露になるワケだが」
結局、なぜコイツがここにいるのだ、冷やかしならそれなりの待遇を受けて貰うぞ。
「同じことを言って頂くのも面倒だと思いますので、整理も含めて私の方から」
今までのお気楽部活モードからは一転、桜木の締まった声と表情に、皆も姿勢を直す。
桜木がチラとこちらを見て来た、少し不安げな表情。
「――チャタローさんは、私たちに七不思議の情報を教えに来てくれたのです」
自分の目が大きく見開いたことを自覚しながら、チャタローを見る。
「その目、滅茶苦茶怖いけど、良い感じでござる」
どうやら睨んでしまっていた様だ。
小声で「悪い」と謝る。
「明さん、正門を通ってスグにある、島津の像はご存知ですよね」
「ああ、俺は裏門から登校しているが、それでも知らない奴はいないだろう」
東堂が入部を希望してきた時に提示した場所でもある島津像。
島津義弘の像で、馬に乗った躍動感のある義弘が、勇ましく正門に建てられている。
桜木は俺の言葉に軽く頷いて、続けた。
「それがチャタローさんから聞いた話によると、夜な夜な動き出すらしいのです」
……てっきり七不思議は、遡行の守護や瞬閧の守護と同じく、守護絡みだと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
まぁあくまで可能性の段階だったし、別段不思議には思わないが。
「自由の島津像――そう呼ばれているようです」
そこで桜木の口が止まる。
さて。
「チャタロー、その噂、どこで聞いた」
トイレの花子さんは、既にある程度噂が広まっていた段階だったので重要視はしていなかったが、今回はおそらく、まだ噂の出始め。
噂が桜木の耳に入ってカウントダウンが始まるのか、もしくは怪異が現れてからカウントされるのか。
知っておいて損は無い。
チャタローは指を鳴らしながら、記憶を呼び戻すように上を見る。
そして、
「拙者が聞いたのは、部活の休憩時間でござる。先輩方の話し声が耳に入って来たのでござるよ、盗聴ではないでござる」
「誰も聞いてない」
「一応保身の為に、でござる」
「何日か覚えてるか、もしわかれば時間も」
チャタローは再び指を鳴らして考え始めた。
どうやらチャタローのクセらしい。
「そうでござるねぇ……球技大会が終わってからでござるから、八月の八日から十五日の間でござる。時間は昼飯の時間だったハズでござるから、十二時あたりでござる」
「至極どうでもいいのだが、ござる口調無理してないか」
「拙者のアイデンティティを奪わないで! 哀れみの目でも見ないで!」
流石変態と言った所か、こちらが弄り易いように立ち回っている。
一生参考にはしないだろうが。
ふむ、まず二週間程度か。
「桜木、トイレの花子さんの噂、いつ聞いたんだ?」
この場に怪異の当事者である冬月が居れば、よりタイムリミットが明確になるのだが、明日にでも聞くか。
桜木は口に手を当て、
「東堂さんが入部されてすぐ、だったハズです。具体的な月は……はい、六月二十二日だったかと」
桜木が今も健在であることを考えると、怪異の発生がスタートだった場合、二週間は間違いなく猶予がある。
もう一つの可能性、桜木が怪異の情報を手に入れた時にタイムリミットが発生する場合は、二十二から二十八日、つまり六日間の猶予、今回に当てはめると、今日が九月一日だから、九月七日まで桜木の安全が保障される。
……だが、これ以外のカウントダウンのスイッチがある可能性も十分に考えられる、情報が少なすぎるし、情報を増やそうとも思わない。
情報が最も得られるであろうタイミングが、「桜木が異形へと変わる時」だからだ。
結局、考えても無意味なのかもしれん、七不思議の情報が得られ次第、即解決、それがベスト、よし。
「チャタロー、自由の島津像の件、詳しく教えてくれ、いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように」
出来れば今日にでも、島津像の謎を解明しなければ。
島津像が本当に桜木の呪いに関係した怪異なのかという根本的な疑問もある、解決は早ければ早い程好都合。
「では、拙者が盗聴した話を一言一句、覚えている限り正確に話すでござるよ。あ、ちょっと聞き取りにくいやもしれんでござるから、ござるは御休みで」
「アイデンティティーじゃないのか」
コッホンと大きく咳ばらいをし、チャタローが喋り始めた。
ん、こいつサラッと盗聴って言わなかったか。
「時刻は丑三つ時手前、あるポニーテールの少女が部室へ行った時の事」
「無駄に声をカッコ良くする意味はあるのだろうか」
「ムードでござる」
チャタローの明らかな作り声に軽いツッコミを入れ、疑問を口にする。
「なぜお前の部活仲間は、深夜に部室に行ったんだ」
別に深夜である必要は無いと思うのだが。
これの返答は東堂がしてきた。
「あくまで噂として聞いた方が良いよ黒木君、得てしてこの手の話は真実にしろ虚偽にしろ、矛盾はあるものさ、何せ噂だから」
そういうモノだろうか、まぁ確かに。
俺が納得したのを確認すると、チャタローは声の調子を変えずに続けた。
「忘れ物を取りにこの少女は深夜の上長に入った、もちろん無人、警備員も居ない。正門から入ろうとしたが、門が閉じられていて、裏門へ回ることに。その時少女は既に違和感を感じていたが、その違和感の正体にはまだ気付けなかった」
光貴の息を呑む音が聞こえる、厨二病でもオカルトは苦手なクチなのだろう。
「少女は裏門から校内に入り、部室へ目当てのモノを取りに行った。そこまでは良かった、何事も無く、いそいそと帰ろうとした所で……異様に重い、鉄球を沈ませた様な地響きに近い足音が、どこからか聞こえて来た」
全員が静かになる。
……茶菓とかあれば、気を紛らわせるのだが。
「ズシン……ズシンと足音が近付いてくる。たまらなくなって少女は、全力で出口に向かって走った。だが少女は忘れていた、正門が閉められている事に。そして同時に気付いた――島津像が、馬だけを置いてどこかへ消えていることに」
ヒュゥと、僅かに風が吹く。
「気付くと、足音は止まっていた。何もわからぬまま、少女は裏門を目指そうと後ろを振り返り、そして――」
「ヤッホー!」
――ッ!?
体がビクリと反応する。
桜木は俺の腕にしがみ付いており、光貴に至っては椅子から転げ落ちている。
東堂も俺と同じ程度には驚いているようだ。
「あれ、驚かせちゃったかな」
「色々とタイミングが噛み合いすぎてな」
声の正体は、ナツだった。
後ろには委員長がいる、どうやら案内の最中だったらしい。
「アックン急に居なくなるから探したんだよー? 何してるの?」
「部活だ」
そう言うと、桜木が小声で話しかけて来た。




