第四話 『理念を知る人間』
これからオカ研部員が嫌になるほど過ごすであろう場所、部室。
そこはなるべく過ごし易い場所であるべきで、なるべく部の雰囲気に合った場所が望ましい。
……まぁ、雰囲気は合ってなくもないか。
「桜木、もっと良い場所はなかったのであろうか」
自分の隣に置かれている、若干黄ばみがかった人体模型を見ながら言う。
「新規の文化部が使える教室自体、あまり無かったものでして」
「そうか……」
俺の呟きを聞いて、顔を俯かせる桜木。
少しデリカシーが無かったやもしれん。
「あ、いや、良いと思うぞ。この独特な臭いも、なんだ、味があると言えよう」
「良いのでしょうか」
「まぁ、人によっては」
特殊な癖の持ち主ならな。
正直、この臭いは苦手だ。
「でも桜木、理科室を部室にする考えは無かったぞ」
オカ研の部室は、理科室であった。
改めて我が部室を見渡してみる。いや、仮入部なんだけれども。
隅にはホルマリン漬けの小動物、棚には各種ビーカー、実験で使う薬品が置かれてある。
そして、俺の隣には人体模型。
大きい机が九つ並べられていて、教室よりも遥かに広い。
明らかに部の規模に見合っていないが、そこは気にしないでおこう。
「私も先生に駄目元で聞いてみたのですが、意外と大丈夫でした」
「先生って顧問か」
「はい」
あれ、顧問の名前何だったっけ……。
まぁいいか、幽霊顧問らしいからな。
オカルト研究部の顧問は、幽霊顧問として籍を置くことになっている、オカルトだけにな。
……。
それが顧問になってやる条件だったらしい。
まぁ桜木もそっちの方が動きやすいだろうし、生徒側としたら好都合なはずだ。
「っふ」
おお、やっと喋った。
喋ったと言うより鼻で嗤ったというのが正しいか。
光貴も一緒に付いて来ている、絶賛人見知り中ではあるがな。
「藤間だよ、オカルト研究部顧問は藤間先生だ」
おおそうだ、藤間だ。
だがちょっと待て、俺は顧問の名前を忘れた素振りをした覚えは――。
「安心しろ、明の事は僕が一番理解している」
いや気持ち悪いわ。
光貴は桜木を一瞥して、もう一度「っふ」と鼻で嗤う。
「あの、えっと……」
桜木も光貴の視線に気づいたようだ。
「悪いな桜木、こいつは人見知りなんだ」
だが人を睨んだりはしないハズだ。
まぁ新しい厨二病の設定だろう。
「そうなのですか、少しずつ仲良くなっていきましょうね、光貴さん!」
「……っふ」
頑張れ、俺も陰ながら応援しているぞ。
「明さんも!」
「へ?」
少し声が上ずってしまった。
とりあえず咳でごまかそう。
ごほっ、ごほっ……我ながらワザとらしい。
「明さんも、これから仲良くしていきましょうね!」
「それは無理だ」
「無理じゃないです!」
無理じゃない、よな。
というか仲良くしない方が難しい。
大人数の部活なら兎も角、超少数の部活なのだから尚更だ。
――無色透明の理念の一つ『人と深く関わらない』この理念と部活の相性は最悪。
無色透明が正しい生き方であることを証明する為に仮入部したはいいものの、これからどうするべきか。
「あ、諦めるんだな桜木、さん! 明のジャスティスを変える事は、き、君には出来ないッ!」
どうした突然。
突拍子もない厨二病モードに、俺は光貴に目をやる。
「ジャス、ティス?」
「そう、ジャスティス! 明は目立たない、成績は中の上、人と深く関わらない事を信念としているんだ! そ、それをそう易々(ヤスヤス)と会って間もない――アイテッ」
光貴の後ろ髪を引っ張る。
自分で言うのも抵抗があるのに、人に言われるともっと恥ずかしい。
というか光貴らしくないな、流石に桜木を敵視しすぎだと思うのだが。
「それなら知っていますよ!」
「何!?」
光貴は大きく目を見開いて、こちらを見て来た。
確かに言ったな、とりあえず頷いておこう。
光貴が歯ぎしりを始めたが、無視しておく。
「ですので、程々に仲良くしていきます! ね、明さん!」
まぁ、それなら。
「……あぁ」
「っふ」
光貴がまた鼻で嗤う。
光貴の鼻で嗤う意味は四つ。
一つ目は、単純に面白かったから。
二つ目は、会話の切り出しとして。
三つ目は、馬鹿にする
四つ目は、癇に障った時。
今回は四だろう。
なるべく早く、桜木と仲良くなって欲しいものだが。
そうすれば光貴に絡まれる頻度も減るだろうし、桜木もまた然り。
俺にとって、光貴と桜木が仲良くなる事はメリットしかないワケだ。
……と、もうこんな時間か。
「桜木、時間も時間だし、今日はこれで解散にしよう」
光貴の入部届けに時間がかかったので、時刻は六時を回っている。
本格的な活動が始まれば、この時間でもまだ帰る必要は無いだろう。が、今はまだ部員集めの段階だ。
生徒も殆ど残っていないだろうし、頃合いの時間だろう。
「そうですね、では一緒に帰りましょう!」
「断る」
「断れません」
断れないのか、いやはや。
早速桜木は、俺の無色透明を破壊しに来たか。
さて。
逃げよう。
「帰るなら二人で帰ってくれ、俺は一人で帰るぞ」
「あっ、ちょっと、明!」 「明さん!?」
八割疾走である。
足に自信があるワケじゃないが、追いつけはしないだろう。
自分でも驚くほどスムーズに自転車小屋まで走り、自転車に乗って学校を出た。
――二人は一緒に帰るのだろうか。まぁ俺としては一緒に帰ってくれた方がありがたいので、そう願う事にする。
――次の日・昼休み――
「明、少しいいかな」
本読んでいる最中に、光貴が声を掛けて来た。
あれ、「っふ」が無いぞ。どうした「っふ」は。
「どうした」
「実は、桜木から言伝を受けてな」
厨二モードか、まぁどうでもいい。
ふむ俺より光貴に言ってきたか。
いい傾向である。
「今日の部活は休みらしい、用事があるそうだ」
「ん」
これは予想外。
てっきり部員集めの為に毎日活動するものだと思っていたが。
余程大事な予定が……いや、桜木の事だそれなら事前に――。
ばかばかしい。
何を言っているんだ俺は。
俺は桜木の何を知っているというのだ。
「そうか、わかった」
なら、今日はこの本を読み切ろう、そして本を借りるのだ。
学校の図書館がどれくらい人気かは分からないが、下手すると新書が全て借りられてしまうかもしれない。
だが、まぁあと数百ページだし、特段気合を入れる必要も無いか、家に帰ってゆっくり読もう。
俺は読んでいた本を閉じ、机に俯せになる。
睡眠タイムだ。
「……明」
「ん」
返事だけはする。
顔は上げない。
「いや、大丈夫だ。なんでもない」
じゃあ呼ぶなよ。
しばらく光貴は俺の近くに居た様だが、俺が起きる様子を見せないと、どこかへ去って行った。
――――
――
――またまた次の日・昼休み――
さて、本も読み終わったし、図書室へ行こう。
とりあえず多目的棟を探してみるか。
昼休みは結構長いし、まぁ適当に見つかるだろう。
「明」
後ろから声を掛けられた。
光貴である。
今回も「っふ」が無いな、調子が悪いのだろうか。
「さっき桜木が来てな、言伝を預かってきた」
またか。
俺ではなく光貴に内容を言うとは、相当仲が良くなったのかもしれん。
雨降って地固まる、という奴だろうか。
「しばらく部活は休止だそうだ、身内の都合でしばらく活動できないらしい」
はぁ。
「それホントか」
「ああ」
素っ気ない返事をして光貴は前髪を弄る。
あれだけ勧誘活動に熱心だった桜木が、急に部活動を休止するものなのだろうか。
よっぽど、部活をする状況では無い何かが桜木の身に起こったのかもしれない。
自分から人と関わるのはなるべく避けたいのだが、どうしても気になる。
直接本人から理由を聞くべきだ、桜木の生き方のヒントになるかもしれん。
俺は予定を変更し、E組へ向かうことにした。居なければDだ。
……それも違ったら、推理ごっこはやめよう。
「明、どこへ行く」
「桜木の所だ」
そう言って光貴の横を通り過ぎようとしたのだが、
「……なぜ止める」
その行動は光貴によって防がれた。