第三十五話 『黒木のバスケ』
ピー。
「ダッシャオラァ!」
瀧が漫画のようなダンクを決め、笛が鳴った。
B組との対戦も難なく勝利し、いよいよ残すは特進クラス、A組だけとなった。
一同がコート外に集まり、水分補給をする。
委員長が女子から貰ったスポーツ飲料を半分ほど飲んで、口を開いた。
「A組と僕らのクラスの一騎打ちの様だね」
「っけ、勉強も出来て運動も出来ますってか」
毒を吐いたのはバスケ部である。
こいつと話した経験は殆ど無かったが、なんだか妙な親近感を覚えた。
「十中八九、アイツのワンマンプレーだろ」
A組には、妙に俺へ敵対心を持っている奴がいる。
桜木の居場所を聞いた時にも、俺と競えなんて言ってたか。
俺がそう言うと、少し嘲笑するようにバスケ部が返す。
「だろうな、部でも既にシックスマン、天才だよあのナルシストは」
シックスマンとは、六人目のレギュラーの事である。
上長東のバスケ部が強いかは知らないが、一年で既に準レギュラーなのは非常に希有。
まぁ、アイツの実力なら先輩達よりも実力は上だろうが。
「――黒木明、やはり貴様と戦うことになるか、分かっていたぞ、この斎賀駿圭にはな!」
噂をすれば何とやら、本人様の登場である。
委員長よりも調子にノッたアイドルヘアー、もといナルシストヘアー。
身長は瀧と同じくらい、体格はモデル体型だが、細い印象は受けない。
運動部らしい筋肉量と、そいつが放つ自身への自信から来るものだろう。
「そりゃ総当たりなんだから試合するだろ」
「ッハ! 総当たりという仕組みすらも俺と貴様が戦う為の必然!」
芝居がかったセリフも、こいつの特徴である。
斎賀はF組のメンバーを一通り見て、
「全勝しているだけはあるな、良い人間が集っている。だが!」
少し離れた所で休憩しているA組のメンバーを指さして、斎賀は言った。
「俺達には勝てんな! フハハ!」
「どーせワンマンだろ、生憎こっちもチートはいるぜ」
バスケ部が負けじと噛みつく、チート、俺では無く瀧の事だ。
「ッハ! 愚問、愚問にも程があるぞ山下、確かに俺は強い、俺と渡り合える人間など、ほんの一部」
俺をチラと見てくる斎賀。
目を逸らす、気軽に俺と目を合わせられると思うなよ。
「その一部がA組には揃っている! 知能だけでは無い、ことスポーツの分野に置いても才ある人間が揃っているのだ!」
斎賀はナルシストだ、自己評価は高い。
そして他人への評価は低い、俺を除いては。
その斎賀がここまで言うのだ、A組の強さは斎賀だけに留まらないのだろう。
「それは凄いね、流石A組だ。でも僕達も負けないよ、お互い、全力で戦おうじゃないか」
委員長が斎賀に手を差し出す。
「ッハ! 精々黒木明の足を引っ張らんようにな!」
一見、こういう握手を無視すると思われがちな斎賀だが、そうじゃない。
斎賀は力強く雅也の握手に応えると、A組の方へ戻って行った。
それを見送って、雅也、委員長が俺に質問をしてくる。
「黒木君を随分気に入ってるみたいだね彼、同じ中学だったのかい?」
「まぁな、一方的にライバル視してくる困った奴だ」
人間能力的には圧倒的に俺が下のハズなのだが。
まぁ、理由はわかる。
俺がチートを使って、何度も斎賀との勝負に勝ったからだ。
本来俺はアイツと競える人種ではない、凡人なのだ。
まぁ次の試合で、それを理解してくれるだろう。
――――
――
ピー。
A組対F組、前半終了である。
試合はダブルスコアとまでは行かないが、正直力の差を感じざるを得なかった。
「悪い、歯が立たねぇ」
野球部が零す。
今まではそつなく運動部なりの活躍をしてくれていたのだが、この試合では穴となっていた。
「しゃーねぇ、ナルシとあの二人が強すぎる」
フォローを入れるバスケ部、口の悪いコイツがフォローを入れるのも無理はない。
ナルシ、斎賀は当たり前として。
同じく反対側で休憩を取っているA組の面々を見る。
一際体格のデカい、見るからに柔道部なヤツ。
こいつのディフェンスがやっかいだ、体格でモノを言って、瀧の得意なレイアップを殆ど潰してくる。
温厚な雰囲気だが、試合じゃその限りでは無いらしい。
もう一人、身長も体格も華奢だが、バスケ部と言われても納得する次元の動きをするヤツ。
雰囲気は光貴に似ているが、スペックはあちらの方が高い、まぁ記憶力は光貴に分があるだろうが。
あと違う点は、髪が染められているのか白色でクセッ毛な所。
漫画にも出てきそうな、天才キャラ的な雰囲気を放っている。
他の生徒は正直並以下だが、この三人だけで充分な脅威となっていた。
「内田君、試合に出ないかい?」
「え!? ぼ、僕が? む、ムリだよ、足手まといになるだけだし」
唐突に委員長が光貴に尋ねた。
まぁ、ここで負けたら終わりだしな、ずっとベンチもつまらんだろう。
「良いんじゃないか、偶には」
俺がそう言うと、光貴の顔が少し赤くなり、
「わ、わかった、頑張るよ!」
委員長は、試合に勝ちに行くよりも、思い出づくりを優先した。
それに異を唱える奴はいなかった、F組、中々良いクラスなのやもしれん。
「っしゃあ! 後半、ぜってー勝つぞ!」
瀧は負けるつもりがないようだ、実に瀧らしい。
こういう所は、少し羨ましかったりする。
――。
試合が始まった。
「ダラァ!」
瀧が今日一番のジャンプを見せ、こちらのコートへボールを叩く。
「ナイスだ瀧君!」
委員長がそれを取り、全員全速力で前に出た、速攻である。
一人を委員長がドリブルで躱すと、白毛が立ち塞がった。
「……」
「悪いけど勝負するつもりは無いよ、――山下君!」
後ろにいたバスケ部にパスをする。
そしてそのパスをまた、前に出ている瀧に回した。
良い連携だ、バスケ経験者でも目を見張る程度には。
「しゃあ!」
ゴール付近まで瀧が辿り着き、柔道部(仮)とのタイマン。
体格では柔道部の方が有利、だが気概は。
「うぉっ」
「ダァオラァ!」
瀧の方が上だ。
今までの瀧とは一回り違う気迫、漫画やアニメならオーラが出ていそうな程。
ほぼダンクに近いシュートを決め、点差を縮めた。
「緩むな! すぐディフェンス!」
バスケ部が叫ぶ。
A組の生徒が斎賀にパスをして、高速ドリブルであっと言う間にハーフコートを過ぎ、
「ッハ! ここが勝負の決めてかもしれんなぁ! 黒木明!」
「そうかもな、なら止めるしかあるまい」
ディフェンスは読みの部分が大きい。
つまりリープとの相性は最高、今は使わんが。
パスは無い、こいつの性格的に、俺に勝つためドリブルで躱すだろう。
であれば俺は、ボールに触れてカットなり、奪うなりだ。
チラと斎賀が目を横に移す、フェイクか、らしくない。
いや――。
「ッハ!」
そのまま横にドリブルしていく気か!
手を伸ばすが……っく、届かん!
「落ちたな黒木明! どうやら俺は貴様を凌駕したらしい! フハハ!」
くそ。
現役時代なら、リープ無しでも届いたか?
……無理だ、アイツは今も成長を続けている。
ナルシストだが、それに見合うだけの努力をアイツはしている。
才能と斎賀は言っているが、アイツ程全てに全力を尽くしている人間は見たことが無い。
そのまま光貴、委員長のガードをものともせず、斎賀がレイアップを決めた。
「おい黒木、彼女が応援に来てるぞ」
「はぁ?」
バスケ部が意味のわからん事を言ってきた。
俺に彼女が居た覚えは無いのだが、はて。
そう言いつつ雪肌の清楚なアイツを思い浮かべながら、つい周りを見渡す。
居た。
A組の応援集団から少し離れて、桜木が俺と光貴を応援してくれている。
「彼女じゃないぞ、大体俺と釣り合うわけが無いだろ」
「軽口だよ軽口、でもま、羨ましい限りだぜ、ったくよ」
俺が気付いた事に気付いたらしく、桜木が手を振って来る。
「どうした、返事してやれよ彼氏さんよ」
「だまれ」
ただまぁ、無視するのもアレなので、首のあたりまで手を上げて反応を示す。
途端に笑顔になる桜木。
「っけ」
「アイツは皆にあんな感じだ、だからそう僻むな」
多分、皆にな、少なくとも知人レベルの人間には。
じゃないと理由が無い。
――そして、後半戦も終了間際になり、
「ここまで来たら、もう勝つしかないよね!」
奇跡的に同点に追い付いていた。
「ったりめーよ!」
瀧が柔道部競り勝てるようになったのも大きいが、何よりバスケ部、山下。
「公式でここまで入れば即レギュラーなんだけどな」
山下の驚異的なスリーの成功率によるものが、この奇跡を可能にした。
光貴もぜぇぜぇ言いながらも、意外と良い場所にパスしてくれる。
まぁ大体のパスが俺になっているのが欠点ではあるが。
ピー。
笛が鳴る、タイムアウト終了だ。
さて。
「引き続き頼むぜ、神童」
「出来る限りはな」
意外と俺は単純な人間なのかもしれない。
意中の相手が応援してくれているだけで、ここまで勝負毎に全力を出すとは、いやはや。




