第三十四話 『神童&リーパー』
バスケットボールは身長がある程度モノを言うスポーツである。
だが、それはあくまで経験者同士での試合であることが前提。
「出たッ! 瀧の十八番、パラノイアシュートッ!!」
それ意味わかって言ってるのか。
瀧に影響されて知能が低下したとでもいうのか光貴よ。
瀧は一年、いや学年でも一番背が高いであろう奴のディフェンスを軽々と掻い潜り、シュートを決めた。
といっても、瀧自体の身長が高いのだが。
それでも瀧が小さく見えると言うことは、二メートルくらいはあるのやもしれん。
「ういっしゃあ!」
瀧が雄叫びを放つ、ここ二試合を通してすっかり定番となったパターンである。
ピー。
笛が鳴る、試合終了の合図だ。
試合はF組の勝利、総当たりなので、あと三試合で学年代表クラスが決まるワケだ。
ちなみに俺と光貴は未だに試合に出ていない、まぁ次は出ることになりそうだが。
「お疲れ」
戻ってきた五人に声を掛けるが、反応はよくなかった。
疲労感ももちろんあるだろうが、まったく試合に貢献していない木偶の坊にお疲れと言われても、あっ、はい、としか。
それでも委員長と瀧は返事を返してきた。
瀧は疲れている素振りすらないし、そういうある意味で陰険な感情を出してくるタイプじゃない。
「二人とも応援ありがとう、それにしても瀧君は凄いね、他の人ももちろんだけど、彼は別格だ、サッカー部に欲しいくらいだよ」
そうは言うが、委員長、雅也もなかなかの腕前である。
目立ったシュートはしないが、的確に良いパスをバスケ部や瀧に見事に配っており、試合の流れをコントロールしてくれている。
流石まとめ役と言ったところか。
バスケ用語で言うところの、ポイントガードである。
「馬鹿だけどな、ただ黒木、次は出ろよ、山田がもうバテた」
バスケ部が冷えたペットボトルを首に当てながら、横から入ってくる。
こいつのプレイスタイルは、バスケの花形である三ポイントを頻繁に狙っていくタイプだ。
こいつはシューティングガードだろうな。
部でもそのポジションだろう。
「りょーかい」
「期待してるぜ、神童さん」
……いやはや。
次の対戦相手はC組、俺にとってワケありの対決である。
まぁ、勝敗に関わらずオカ研部長に入部希望者がいる話はするが。
――――
――
「明殿、ここで拙者たちの因縁に、ケリを付けようではないか!」
「そんな大層なモノじゃないだろ」
誰かから名前を聞いたらしい。
F組対C組の試合は今まさに始まろうとしていて、中央にいるチャタローが話しかけてきたのだ。
ちなみに俺はコートの左側にいる。
役割的には、バスケ部と一緒でシューティングガードに近いだろう、まぁ、目立ちたくないのでスリーはしない、というかもう入らない。
瀧は中央だ、クラスで一番身長が高いしな。
二人の慎重差は、若干瀧が有利程度。
ポーンと、実行委員がボールを宙に上げる。
試合開始、ボールはどちらへ。
「シャイコラァ!」
案の定瀧が先にボールに手を振れ、ボールはこちらのコートへ。
「くぅ……」
僅かに一歩及ばなかったチャタローだが、差は極微、運動神経は良さそうだ。
と。
「黒木ィ! 俺にパスだ! 俺俺!」
ボールは俺の手の中にあった、とりあえず瀧へパスする。
――ッシュ。
だが、そのパスは失敗。
「ふぅん!」
パスカットである。
瀧と隣接していたチャタローが、素早く瀧の正面に立ちふさがったのだ。
「っへ! やるなぁお前!」
「貴殿こそ! ぜひ貴殿のパスを受けたい所でござるよ!」
だがキャッチするには至らず、ただ体で受け止めるだけとなったチャタロー。
いや、流石に手は出せよ。
運動神経が良いというのは、俺の思い違い……いや、ならパスカットすら出来ないハズだ、謎だ、気になる。
「ナイス変態!」
弾かれたボールはC組の手に渡り、こちらのコートへ進入してくる。
速いな、そう言えば四人バスケ部がいると言ってたな、つまりチャタロー以外のスタメンはバスケ部か、頑張れ、皆。
野球部がディフェンスに入るも、流石に経験者、たやすくドリブルで前へと進んでいく。
そのまま流れるように追いついた別のバスケ部へパスを渡し、レイアップ、ランニングシュートを決めてきた。
「おうし!」
C組に歓声が上がる。
強いな、E組のバスケ部は高校から始めたのか、あまり上手くなかった。
元バスケ部も頑張ってはいたが、やはりブランクは大きい、俺もそれは十分感じている。
だが今回は思いっきり経験者、しかも現役。
中学の時対戦したことのある奴も居た、気合いを入れねば、なぁ皆。
――そして試合終盤。
スコアは同点、ポイントを取っては取られ、取っては取られを繰り返していた。
まさに互角である、やるなC組。
「おい黒木、いい加減本気出せよ」
サイドに居るバスケ部が声をかけてきた。
「出しているつもりだが」
無色半透明なりにな。
シュートも何発かしたし、パスカットもしている、仕事としては十分だ。
「絶対手抜いてるだろ、お前の中学時代、知ってんだぞ、さっさと本気出せ、あんな奴等余裕だろお前なら」
いやはや、リープを使いまくってた時期と比較されましても、俺としてはどうにも。
「目、死んでるぞ」
「元からだ」
「……あいよ」
ピー。
笛が鳴り、試合を早くしろとの指示が入った。
……本気か。
バスケ部と話すことは今後あまり無いだろうが、これ以上無色半透明を貫いていると、失望されるに違いない。
ルーズ&リープ、遡行の守護を使ってシュートを絶対に決める手もあるにはあるが、頭痛の強さ次第では保健室直行だ、そうなれば嫌でも目立ってしまう。
それに――。
「皆! 最後のプレイだ! 勝とう!」
委員長の声を合図に、野球部がコート外から委員長にパスをする。
ドリブルをする委員長、同時に黄色い声が上がった。
どうやら女子が応援に来ているらしい、桜木もいるのであろうか。
と、そんな事気にしている場合ではない。
委員長はドリブルでハーフラインにまで到達すると、一人のバスケ部と対面する。
チラ、と俺と目があった。
俺か。
張り付いているのはチャタロー、やはり意識しているのか、俺を頻繁にマークしてくる。
「桜木たんは貰うでござるよ、明殿」
「名前も知ってるのか、変態だな」
「人に聞いただけでござるよ!? でも良い罵倒でござる」
罵倒に良いも悪いもあるのだろうか、意味不明である。
さて。
「なっ、早ッ?!」
瞬間的に前に、パスを貰いに出る。
「黒木君っ!」
それをしっかりと見ていた委員長が、俺にボールを投げた、焦りから力が強い、キラーパスだ。
だが取らないわけには行かない。
――ッ。
目の前に高校生にしては体躯の人影。
チャタローだ、またもパスカット。
だが。
「ござふぉぅ!」
何とも微妙な叫び声を上げるチャタロー。
まぁ無理もない、顔面にキラーパスが直撃したのだから。
というか、
「いや、手で取れよ」
チャタローはこの試合、パスカットでは一切手を使っていない。
俺は、最悪、というかあまりにも異常な推理をしていた。
なぜチャタローが、腕を使わず体を張ってカットしているのか、それは――。
「すまぬな明殿、自分の欲求には正直でありたいのでござる」
こいつが、所謂痛覚や罵倒の言葉を好む、変態であるという推理。
バレーボールが当たった時、こいつは妙に嬉しそうな顔をしていた、それと俺が桜木の知り合いであることへの嫉妬が合わさり、変態っぽい表情になっていたワケだ。
まぁ、事実変態だったワケなんだけども。
笛は鳴らない、どうやら意図的に当たったと判断したらしい。
「止まらねえならボールだボールゥ!」
瀧が真っ先にボールを広い、敵陣のゴールへ。
だが人壁によって、シュートするまでには至らず。
「居すぎだろコレ!」
だがその分、空きが出来た。
俺だ。
瀧と目が会い、速攻でパスをしてくる。
受け取る。
さて。
この距離、この角度なら、入れられる。
一応ループ頼みでバスケをしてたワケじゃない、ちゃんと練習もした、だけども、才能は無かったと思う。
だからチートに頼ってしまった、俺は甘い。
だから。
だから、頭痛がリープする度に起こるようになったのは、俺にとって好都合だったんだ。
これならズルをしなくて済む。
「っしゃあ! ナイス明ァ!」
ゴールを通ったボールを、C組が取り、そして――
ピ、ピ、ピー。
試合が終わった。
目立ってしまっただろうか、まぁ――
「ナイス、神童」
「神童なんかじゃない、普通の人間だよ俺は」
悪くないな。




