第三十話 『夏祭り、つまり浴衣』
新章開幕です なるべく展開を早めていきたい所存
夏だ。
夏と言われれば、いくつか思い浮かぶ単語がある。
その中でも、もっとも夏らしい言葉『夏祭り』。
俺は、祭りがあまり好きじゃない。
田舎と言えども、神柱神社で毎年行われてる『おかげ祭り』は人で溢れかえり、歩くことすら難儀である。
そもそも人混みが苦手だし、うるさいのも苦手だ。
だから俺は、祭りには小学校以来行った経験が無かった。
花火は少しだけ見たいという気持ちはあったが、花火の音が聞こえる度に外に出るのも、如何にも野次馬のようで、あまり見た覚えも無い。
大体、屋台の値段が高すぎる。
焼き鳥一本三百円だと、買うわけなかろう。
と、まぁ俺は祭りに行かない人種であったハズなのだが。
「……遅いな」
誘われたのならば、まぁ、行こうかなと思ったのだ。
相手が相手だったし、断ることも出来なかった。
桜木遙、俺の生き方を変えた人間であり、七呪の呪いにかかっている、おてんば清楚系美少女。
不覚にも桜木に好意を持ってしまった俺が、桜木の誘いを断るワケにはいかなかったのである。
待ち合わせ場所は桜木の家の前、近いしな。
長財布を取り出し、現金を確認する。
……五千、まぁ金には困らなそうだな。
こういう場合、やはり、俺が奢ったり、するべき、なのだろうか。
ん。
そう思っていると、不意に肩を叩かれた。
反射的に後ろを振り返る――。
「お、お待たせしました。あの、着替えるのに手間取ってしまいまして」
「――。」
浴衣だ、浴衣である。
そして、浴衣である。
白を基調とした、気品の高い浴衣。
散りばめられている赤系統の花々が、桜木の美麗な白肌と妙に合いすぎていた。
反則だろ……。
「えっと、明さん?」
「――。」
俺はこの美少女と人混みを歩かなければならないのか。
荷が重すぎるぞ、俺が俗に言うイケメンならともかく……。
「明さーん?」
桜木が袖をフリフリと降っている。
やめろ、お前がやると効果が強すぎる。
あ、これ俺を呼んでるのか。
「悪い、少しほうけていた」
「もうっ、心配させないで下さい!……え、えっと、では、行きましょうか」
桜木が先に足を動かした。
そして俺が見たのは桜木の、浴衣の、後ろ姿。
いつもは風に身を任せている桜木の長髪、だが今は違う。
髪は綺麗に纏められていて、装飾で桜のかんざしが一刺し。
うなじに興奮する人間を、俺は不思議に思っていたのだが。
今この瞬間、いやはや、俺もそちら側の人間になってしまった。
おっと、また桜木に怒られてしまうな。
桜木に早足で並ぶ。
「あの、えっと」
桜木は何かを言いたいようだ。
少し顔が赤いが、もしや桜木も緊張しているのだろうか。
「どうした」
「い、いえ! 何でもありません。あっ、そうです明さん! 球技大会なんですが――」
――――
――
おかげ祭り、到着である。
「昨年も来ましたが、やっぱり多いですね、迷子になってしまいそうです」
「大丈夫だろ、子供じゃあるまいし」
と、口では言ってみたもの、確かにはぐれてしまいそうだ。
ああ、でもKINEがあるか……いや。
どのような理由にしろ、桜木は俺と祭りへ行きたいと思ってくれた。
であるならば、俺はそれに応えなければならない。
俺とはぐれた時、桜木はきっと焦燥するだろう、俺もそうだ。
なら、まぁ、ここは俺の人生をかける所、だと思う。
桜木を横目で見る。
片手でバッグを持っていた、おそらく財布が入っているのだろう。
一方の手は、留守である。
よし。
なるべく、さりげなく、白く透き通った手を握ってみる。
僅かに桜木の体が動いたが、何も言ってこない。
嫌われたか、いや、そうでないことを祈ろう。
「こ、これならハグレる心配もないだろ」
「で、ですね! これなら大丈夫です! 流石です明さん、理に適っています!」
「あ、ああ、そうだ、合理的に考えたまでだ」
思いっきり感情的に考えた結果なワケだが。
どうやら、握る権利を得られたようだ。
……手汗とか大丈夫か俺。
――。
人混みの中を歩く。
人混み面倒だなとか、そんな感情は一切出てこない。
そんな悠長なこと考えていられないほど、桜木と手を繋ぐだけで精一杯だったからだ。
もっと女に免疫があれば良かったのだが、生憎である。
道中、幾度となくカップルとすれ違った。
もしかしたら俺と桜木も、傍から見ればああ見えるのやもしれん。
ふと、桜木の目がリンゴ飴に向いている事に気付いた。
食べたいのだろうか。
「少し、腹が減ったな。リ、リンゴ飴でも、どうだ」
「え!? あ、ですね! いただきましょう!」
なんか、いつもと様子が違うな。
まぁ、それは俺もだが。
桜木がバッグから財布を取り出そうとするのを見て、
「いや、俺が払う」
よし、言えたぞ。
完璧だ。
「断ります」
「断るのか」
断れた、いやはや。
予想外である、少しの遠慮は想定していたが、まさかこうもハッキリ言われるとは。
桜木は少し俺と目を合わせると、すぐに視線を外し、
「あ、明さんのお金が無くなったら、何も買えなくなっちゃいます、そしたら帰ることになってしまいます。だから、二人で別々に買った方が、一緒に居れらる時間も、その」
次第に声を小さくしていく桜木。
ああ、どうして桜木という人間はこんな事を平気で言ってくるのであろうか。
好きになるのも仕方ないぞこれは。
「分かった、金、渡してくれるか、俺が払う」
ならせめてもの見栄をと、桜木から五百円を受け取り、屋台の人に声をかける。
「リンゴ飴、二つくれますか」
「あいよ! 大きいのと小さいの、色はどれにするかい」
桜木を見る。
俺と視線が合うと、桜木は控えめに、小さい赤のリンゴ飴を指さした。
「普通の小さいのと、大きいので」
「あいよ! ちょいちょいちょいっと!」
快活にリンゴ飴を取ってくれたのは結構なのだが、
「あの、小さいのって」
「良いの良いの! 可愛い彼女さんへプレゼントだ! ガハハ!」
なんでこう、客商売をする人間は勘違いしてくるのであろうか。
何度も言うが、釣り合っていないのだ、なぜ今俺と桜木が一緒に祭りを楽しんでいるのかすらも、理解仕切れないというのに。
まぁとりあえず得した事には変わりない。
リンゴ飴と同じくらい、とは言えないが、赤くなった桜木へ手渡す。
「あ、ありがとうございます」
礼を言ってくれる桜木。
飴の頭部分をかじる桜木を見て、俺もリンゴ飴をかじる。
ドスっ。
人にぶつかられた。
「あ、すいません」
謝られた。
まぁこの人混みだ、無理もない。
「適当に何か買って、脇にそれるか」
「ですね、そちらの方が、落ち着けそうですし」
桜木の了承を得て、適当に焼きそばとか、桜木が強く所望してきたクレープやらを買って、神柱公園のイスに座る。
少し離れているとはいえ、祭りの賑やかさを感じるには十分な近さだ。
「またここに来ちゃいましたね」
「……ああ」
俺と桜木にとって、深い意味のある場所だ。
この場所は、俺が桜木の心に踏み込んだ場所、人の心に踏み入れた初めての場所。
そして、桜木が心を開いてくれた場所。
僅かに沈黙。
それを紛らわすように、買った焼き鳥を桜木へ渡した。
一本三百円のお祭り価格ではあったが、特に抵抗無く買ってしまった。
儲かるわけだ。
「まだ食べきれないのか」
ところが桜木は、まだリンゴ飴を食べ終えていなかった。
「はい……やっぱり大きいのは食べるのに時間がかかりますね」
あの店主め、入らぬサービスを。
「明さんって、結構食べますよね」
「人並みだと思うが」
はて、特に大食いなイメージを持たせた覚えはないのだが。
「もしよろしければ、食べて頂けませんか?」
そう言ってリンゴ飴を渡してくる桜木。
……。
それはつまりだ、俗に言う、間接キスで無いだろうか桜木よ。
いいのか、そのあたりに気付いているのか桜木よ!
「わかった、店主も入らんサービスをしてきたものだ」
平静を装って言う。
こうなってしまったら、食うしかない。
そして口では店主を貶したが……感謝しておこう。
――そのリンゴ飴は、俺が食った飴よりも、何倍も美味く感じた。
しばらく学校の雑談とかをして、二人の時間を楽しむ。
というか本当に俺で良かったのだろうか、もっと相応しい相手がいると俺は思うのだが。
だがまぁ、俺としては、凄く嬉しい。
この時間を、俺は一生忘れる事はないだろう。
桜木も忘れないでくれると助かるのだが、それは少し我が儘な気もする。
「桜木、呪いが完全に解けたら、言いたい事がある」
祭りの独特な雰囲気と、桜木の普段と違う姿に気が迷ったのだろうか。
自分らしくないことを口走ってしまった。
だがまぁ、いずれは言わなきゃならんことだ、後悔するからな。
やらない後悔より、やる後悔だ。
桜木はすっかり見慣れた笑みを作る。
だが浴衣も相まって、ずっと魅力的に見えた。
「はい、いつでも、待ってますから」
六つのまだ見ぬ怪異。
きっと大丈夫だ、スグに治せる。
そしたら、この気持ちを伝えよう。
好きだという気持ちを。
「あっ! 明さん! 花火です!」
「おお、綺麗に見えるな」
角度もベスト、どうやら穴場だったらしい。
まぁ、その花火よりも綺麗な存在が隣にいるワケだが。
……。
「……桜木もな」
「? 何か言いました?」
「いや、別に」
~第二章 『言わなきゃならない事』 開幕~




