サブエピソード 『桜木の意外な一面』
リオンでのエピソードです。
本来はメインエピソードだったのですが、まったく本編と関係無い話であることに書き終えたから気付いたので、サブに持ってきたお話。
――キャラグッズコーナー――
「明さん見て下さい! ヘナッシーですよ! ヘナッシー!」
桜木が三十センチくらいのヘナッシー人形を両手で持って、俺に見せてくる。
ヘナッシーとは、くたびれたナシのキャラクターだ。
ストレス社会に疲れ切った社会人と、フレッシュな梨が合体したキャラだとか何とか。
流行る要素が一切見られないが世の中不思議なもので、絶大な人気を日本で誇っている。
『深夜残業確定なっしー』
桜木がヘナッシーのお腹を押すと、やつれた声でヘナッシーが呟く。
いやはや。
「お疲れ様ですっ」
桜木が嬉しそうに、ヘナッシーへ労いの言葉を掛けた。
ヘナッシーが社会の闇を呟き、子供達が労いの言葉を言うのが定番の流れだ。
ストレス社会もここまで来たのかと、俺は毎回思う訳だが。
……と、そんな事はどうでもいい。
「明さん、あちらのヘナッシーのぬいぐるみ、凄く可愛らしいと思いませんか!?」
クレーンゲームの景品として吊り下げらているへなっしーのストラップ、管体には「三体限定!」と書かれている。どうやらレアものらしい。
いや、だから、
「桜木、俺達の目的を覚えているか」
「はい?」
「俺の記憶が正しければ、桜木の服を買う事が目的だったと思うのだが」
「――そ、そうでした」
桜木は水を掛けられた様にハッと表情を変える。
どうやら、ヘナッシーに夢中だったらしい。
「で、でも明さん。ナランチャの予約時間も長い事ですし、もう少しだけここに居ても……」
桜木の十八番、上目遣い。通称邪眼。
これを使われては、俺も強い事は言えない。
まぁ確かに時間はかなりある。桜木がどんなに服選びに優柔不断な人間だとしても、時間は余るだろう。
「わかった、だが俺は奢らんぞ」
念の為釘を刺しておく。
どういう訳か、こういう場面になると大抵の女はプレゼントを期待してくるらしい。
まぁ情報源がネットの時点で、深く信用してはいないのだが、念の為だ。
「何をですか?」
桜木はきょとんと首を傾げる。
……悪い桜木、俺は少々、人を信じられない立の様だ。
よく考えれば今日の主役は仮にも、あくまで仮にもだが主役は俺なのだ。
主役の人間に、桜木が強請るとは想像しにくい。
「いや、何でもない」
「はあ」と桜木は相槌を打って、クレーンゲームへと浮いた足取りで近寄って行った。
俺もまぁ、特に好きなゆるキャラが居るわけでも無いので、とりえず付いて行く。
「私、頑張ります!」
どうやら、このストラップを取る気らしい。
桜木は薄ピンクのハンドバッグから、花の刺繍が入った長財布を取り出す。
百円を何枚か手に持った所で、
「……え、えっと」
何かに迷っている?
「どうした」
桜木は俺をチラリと見たが、その迷っている原因は教えてくれない。
だが、数秒でその迷いは解決したようだ。
「ふふっ、大丈夫ですっ」
桜木はクレーンゲームの説明書きを見つけて、それを見ながら俺に言った。
どうやら、クレーンゲームをプレイするのも初めてらしい。
珍しいな。リオンに来たことが無い事も珍しいが……よっぽど厳しい家庭で育ったのだろうか。
桜木は百円を投入し、ボタンを押す。
その表情は正に真剣そのもので、隣で見ている俺まで気付くと手を握りしめていた。
だが、
「ああっ」
クレーンはぬいぐるみの胴体を掴みはしたが、アームの力が弱く、持ち上がるまでには至らなかった。
「桜木、これは無理だと思うぞ」
アームの力がかなり弱く設定されている。
土日だから、収益を上げる為に難易度を上げているのだろう。
「むー、まだ可能性はあるはずです!」
桜木は口を膨らませて反論する。
負けず嫌いなのだろうか。
「そうか、じゃあ頑張れ」
素っ気なく応える。
俺もそこまでクレーンゲームの経験は無いが、傍から見てもこれは無理だ。
熟練のゲーマーなら取れるかもしれないが。
「頑張りますっ」
頑張るのか。
意に反して桜木はやる気満々の様だ。
再び百円を投入し、桜木の挑戦が始まる。
だが――。
「あっ!」
失敗。
桜木はまた百円を入れる。
だが、
「――! 今のは惜しくありませんでしたかっ」
また失敗。
「そうだな、至極客観的な視点から言わせてもらうと、どこも惜しくは無かった」
「少しは情を入れて頂けると、ありがたいのですが」
そうか。
俺は自分の後ろ髪を掻きながら、
「惜しかったような、気がしないでもない。かもしれん」
「結局情が入ってないのですが」
「入ってなかったか」
「入ってません」
入ってなかったらしい。
いやはや、どうも嘘を付くのは苦手だ。
「次で最後です」
桜木はまたカバンから財布を取り出して、百円玉を取ろうとする。
「そろそろ潮時だ桜木、こういうゲームは引き際も肝心だ」
「つ、次は取れそうな気がするのですっ」
うむむ、どうやら桜木は負けず嫌いらしい。
俺は「はぁ」と溜め息を吐き、
「次で本当に最後だぞ」
「はい!」
親におもちゃを買う事を許された子供の様にはしゃぐ桜木。
そういえば、リオンに来てからずっとテンションが高いな。よっぽどリオンに来たかったのだろうか。
喜怒哀楽の激しい桜木だが、リミッターが外れるまでは清楚系美少女そのものだ。その清楚と言う言葉は外見だけでなく、しっかり桜木の内面も形容できると思う。
まぁあくまでリミッターが外れるまでの話だが。
「……う」
桜木の表情が喜から哀へと変化する。
言ってしまえば、失敗だ。どうやら別方向からぬいぐるみを掴もうとした様だが、それが残念ながら功を奏さず、ヘナッシーは微動だにしなかった。
「つ、次こそは――」
「あーあ、折角桜木と服を見てやろうと思ったのに、本人はヘナッシーに夢中の様だ。いやはや、大変傷心してしまった。これでは服を見に行くどころかストレスで部活動なんてとてもとても――」
「それは駄目です!」
桜木が俺にぶつかる勢いで近付く。
俺はたまらず退いてしまったが、作戦は成功。
少し意地の悪い事をしてしまったと思うが、桜木をクレーンゲームの魔力から引き剥がすにはコレが一番だ。
「じゃあ行くぞ。俺も本屋に寄る予定がある。時間的な心配は無いが、流石に長居しすぎだ」
そう言って俺は、ワザと桜木を置いてグッズコーナーを出る。
「ま、待って下さい!」
桜木が慌てて付いてきた。
まぁ付いて来てもらわないと困る訳だが。
どのみち、俺は桜木の目当てとする服屋を知らない。
「で、どっちだ。桜木が見たいと言う服屋は」
「……確か……こちらの方だった筈、です」
さっきよりも桜木のトーンが低い。どうやら少し立腹のようだ。
だが引き際を学ぶのも大事だと思うぞ。
……というか、何故俺が桜木の教育をせねばならんのだ。本来これは親の役目のハズだが。
さて。
俺は桜木の言った方向へ、歩き始めた。
「……ご苦労様です。ヘナッシーさん」
そう言って桜木も、俺に付いてくる。
多分なのだけれども、いや俺的には間違いなく、桜木は天然が入っていると思う。




