第三話 『厨二病患者兼、』
この学校、上長東高等学校の歴史は長い。
寺子屋なんて呼ばれてた時代から、上長東の名で勉学を伝えていた場所らしい。
入学式での冗長な校長の話、これだけは妙に覚えていた。
ここらじゃ進学校として通っていて、評判も悪くなく、無色透明を保つのに最適な高校だ。
難点としては、校則が緩すぎて不良もちらほら居る所だろうか。
朝に配られた学校の週刊紙『週刊上長』を眺めていると、聞き覚えのある声が俺に発せられた。
「っふ、明、気付いたか?」
何にだ。
コイツは小声でそう言うと、更に声を潜めて続ける。
「決まっているだろう。組織|が、校内に侵入してきている」
なるほど。
知らん。
無視することにした。
引き続き週刊上長を読む。
「無論、校舎には俺の結界が張られている。だが用心しろ明、俺の邪眼|は気まぐれなんだ」
ふむ、もうすぐ水泳の授業が始まるのか。
女子はバレーなのか……、あ、いや、別にどうでもいいが。
となると水着も買わないとな、中学のじゃサイズが小さすぎる。
「……っぐ、うお、っが。明、悪い、抑えられそうに、無い……!」
お、図書室に新しい本が入荷したらしい。
本は買って読むタイプだが、たまには図書室で借りてみるか。
そういえば、この学校の図書室は何所にあるのだろうか。
「……っぐ、静まれッ! 俺の左目ェ!!」
あとは……特に無いな。
さて。
本でも読むか。
引き出しから本を取り出す。これを読み終わったら図書室で借りよう、場所は多分、多目的棟のハズだ。
「明、少しだけで良いから反応して欲しいな」
「やれたらやる」
「それ一番信用できない言葉だと思うんだけど」
この厨二病患者の名前は内田光貴。
身長は桜木よりも少し高い程度、男子の中ではかなり低い方だ。
左目はカラコンであろう邪眼を装着しており、普段は前髪で隠している。
隠す理由は「っふ、俺の邪眼は気まぐれでな」という事らしい、意味不明である。
顔はまぁ客観的に見て悪くはない。
が、
「少しは俺以外の奴と話したらどうだ」
「やれたら、やるよ」
思いっきりブーメランである。
一番信用できない言葉ではないのかそれは。
まぁ、簡潔に言うと光貴は――。
超が付くほどの、人見知りなのだ。
「どうでも良いが、俺にそう何度も話しかけるな」
無色透明の理念の一つ、人と深く関わらない。
俺から関わらなければ、簡単にこの理念は守れると思っていたのだが。
「だって僕、明しか話せる人いないし」
いやはや。
……この様に、相手から深く関わって来る場合を俺は考えていなかったのだ。
非常に面倒な事、このうえない。
だが今ばかりはそれに感謝しておこう。
「光貴、オカルトに興味はあるか」
オカルトと聞いて、光貴は目を輝かせる。
「っふ、当たり前だ! オカルト、それ即ち漆黒!」
そうなのか。
明らかにイコールではないと思うのだが。
「じゃあ入れ、オカルト研究部に」
「ん? なんだそのぶか……組織の名前は」
言い直すな。
「実は、部活に入ることになってな――」
「嘘だッ!」
どうした。
光貴は俺の発言を食うように制止し、
「明が言った事を、俺は覚えているぞ」
なんか言ったっけ。
「無色透明な高校生活、それが明のジャスティスでは無かったのか!」
「……まぁ」
光貴は俺の理念を知っている。
あまりにも光貴しつこく絡んでくるので、言ったのだ。
まぁ効果は殆ど無かったが。
「それを変えてまで入部する価値があると言うのか!? オカルト研究部にはッ!」
はて。
あるのだろうか。
「わからん」
「分からないって……お前……っは!」
光貴が何かに気付いた、らしい。
俺から距離を取り訝し気に睨んでくる。
「オカルト研究部のメンバーに、操られているというのだな!」
「どうしてそうなった」
「っふ、だが安心しろ明! この僕の邪眼で洗脳を解呪してみせるッ!!」
そう言って光貴は左目を隠していた髪を掻き上げ、金色の瞳を俺に見せつけた。
もちろんカラコンである。
これも校則フリーダムな上長東高校だからこそ出来る茶番だ。
……もしかしてコイツ、カラコンの為にこの高校に入ったんじゃあるまいな。
「……」
「……」
「……どうだ」
どうだと言われましても。
「そうだな、どうもない」
「っく! 相当な手練れの様だな」
「一応否定しておくが、俺は別に洗脳されて入部した訳じゃない。というか仮入部だ」
光貴はぐぬぬなんて擬音が背景に浮かびそうな程顔を歪ませると、はぁと溜め息を吐いた。
「どうしてオカルト研究部に入ろうと思ったんだよ」
どうやら厨二モード終了の様である。
さて、理由か。
「少し、興味のある奴がいてな」
具体的には、そいつの生き方に興味を持ったワケだが。
「興味のある奴?」
何故か光貴は眉根を寄せて問いてくる。
くしゃみでも出そうなのだろうか。
「ああ、それによく考えたら、部活に入っても無色透明は達成出来ると思ったんだ」
難易度は上がるが不可能では無い、最悪退部すればいいし。
「そんなの言い訳だ! 興味のある奴って誰なんだよ!」
……なぜ光貴が怒る必要があるのだろうか。
俺が名前を言おうか、ただ単純にオカ研の部長と簡潔に済ませるか迷っていた所、
「明さーん!」
そいつ自ら、俺達の所へやってきた。
桜木遥、彼女は俺を見つけるなり早足で教室に入って来る。
「おう、どうした」
「実はですね……なんと! 部室が見つかったのです!」
ん。
「桜木、あくまで俺の記憶が正しければだが、部室は確保していたと」
「そうだったでしょうか」
「そうだった」
いやはや。
だが桜木は腑に落ちない様子だ――あ。
しまった、リープ後に部室の会話はしていなかったか。
どう誤魔化すべきか……。
「明、この人が例の」
助け船の登場である。
「えっと、明さんのお友達でしょうか?」
桜木も思考を切り替えてくれたようだ、助かった。
だが光貴の発言は否定せねばならない、無色透明には友人がいてはならないのだ。
「いや、友達じゃない、勝手に絡んでくる只の厨――」
「そうだ! 僕は明の唯一にして無二の親友! 内田光貴ッ!」
唐突厨二スイッチが入ったようである。
というか光貴は友達でもなければ、唯一無二の親友でも無いのだが。
「はい! 光貴さんですね、よろしくお願いします。私の名前は桜木、桜木遥と申します」
「っえ? あ、ああ、よろしく、です」
それに対してクソ真面目に返答する桜木、もちろん会釈も付いている。
どうやらこのリアクションは光貴も予想外だったようで、いきなり厨二の仮面が剥がれ落ちた。
「えっと、付かぬ所をお聞きしますが、部活動には入っていらっしゃるのでしょうか」
「え、あの、いや、入ってないが、です」
む、まだ厨二が残ってるな。
光貴の返答を聞き、桜木は光貴へ詰め寄った。
「でしたら! 是非オカルト研究部に!」
先ほどまでの清楚とは一転。
「いや、あの、僕は、その」
「お願いです! 凄く楽しい部活動です!」
いやまだ活動してないだろ。
どれだけ勧誘に必死なのだ桜木は……まぁ、ここまで必死じゃなければ俺も入部しなかったろうが。
「桜木、まだ活動はしていないハズだが」
「そうでした! えっと、その、凄く楽しい部活動になる予定です!」
……予定はセールスポイントとして価値があるのだろうか。
「ぼ、僕はその」
「入って頂ければ、きっと光貴さんの高校生活は――」
キーンコーンカーンコーン。
学校のチャイムが鳴る。
朝の自習時間の合図だ。
「では、良いお返事をお待ちしておりますのでっ」
そう言って桜木は、少し慌てて教室を出ていく。
そういえば桜木は何組なのだろうか。
少し気になるな、予想してみよう。
ヒントとしては、桜木のクラスを出て行ったときの慌て方。
そして桜木の性格だ。
桜木の慌ててはいたもの、余裕は保っていた。
となるとあまり離れた組では無いハズだ。
朝の自習時間を適当に過ごす奴ならこの予測は成り立たないが、桜木ならほぼ間違いなく、朝の自習にも真面目に取り組む優等生タイプ。
少しでも朝の自習に遅れそうなのであれば、桜木はもっと慌てて出ていくハズ。
となると――。
俺のクラス一年F組の隣、E組。もしくはその一つ先、D組だろう。
一年のクラスは全部で六つで、ABCとDEFのクラスの間には少しばかり距離がある。
外の渡り廊下を横断しなければならないし、時間もかかる。
桜木の性格と行動を考えれば、チャイムが鳴っても自主時間に余裕を持って間に合うであろう、DかEで正解のハズだ。
はは、少し推理小説っぽい事をやってみた。
まぁ大分稚拙ではあるが、それなりに面白いな、うん。
「明、僕もオカ研に入ることにする」
そう言えばそんな話をしていた。
「ああ、これからよろしくな」
自分で言うのも何だが、割と感情を込めて言ったつもりだった。
だがそれは光貴には届かなかった様だ。
光貴の目は険しく、消えた桜木をまだ追っている。
なぜこんなに怒っているのだ。
これも推理してみようか……いや、止めておこう。どうせ厨二関連の下らない理由だろう。
「光貴、そろそろ席へ戻れ。千葉センが来るぞ」
「うん……」
光貴は自分の席へと戻って行った。窓際で一番奥の席だ、正直羨ましい。
さて、これで部員はあと一人か。
無色透明なりに、適当に頑張ろう。
少し気合を入れてみる。
おー……。
……そう言えば部室は何所なのだろうか。
場所も伝える気は桜木にあったんだろうが、新しい入部希望者に気を取られたんだろう。
――――
――
――放課後・オカルト研究部部室――
「桜木、本当にここで合っているのか」
「はい! どうぞごゆっくり」
「放課後に落ち着きたい気持ちは、もちろんあるのだが」
ちょっとこの場所では抵抗があるな。
いやはや。