第二十七話 『声が泣いていた』
冬月のあの様子を見ると、本人はまだ自覚していないようだが、自身が異能の持ち主であることを認めている。
であるならば、七不思議のトイレの花子さんはもう発生しない、つまり桜木の命が延命されたことになるハズだ。
桜木は、おそらく呪いが解かれたことを視認出来る。
旧校舎の動く人体模型の謎、東堂の愉悦目的の茶番を解いたとき、桜木は立ち止まり、自身の体を覗き込んでいた。
あれは暑かったからじゃない、もしかしたら人体模型が七不思議の一つなのではと思って、自身の体を確認していたのだ。
桜木の憶測なのかもしれん、実際どういった紋様かは俺もちゃんと見ていないし、これはあくまで俺の推理だ。
もっとじっくり見ておけば良かったか。
推理を確かめる為、桜木を探す。
上東の昼休みは長い、まだ時間に余裕はある。
多目的から一年棟へ移動し、A組を目指した。
――。
A組は静かだった。
殆どが勉強、読書に精を出しており、この学校が曲がりなりにも進学校であることを自覚させる。
だが、その中に桜木は居なかった。
「黒木じゃあないか、どうした?」
中学の頃の知り合いに声をかけられる、面倒な奴だが、こいつに聞こう。
「桜木がどこに行ったか知らないか? 部活の件でな」
「部活か、バスケ部からの勧誘を拒否しておいてオカルト研究部などに入るとは、黒木、今からでも遅くはない、バスケ部に入部しろ、そして俺と競え」
……だから話したくなかったのだ。
悪いが構っている暇は無い。
「知らんなら他の奴に聞く」
「ッハ! 知っているとも、彼女は先まで教室に居た、課題をやっていた、そして――」
「――倒れた」
――――
――
走る、ただ走る。
目指す場所は桜木、いや違う保健室だ。
どうして、倒れた?
もしかして今まで俺がやってきた事は、すべてが見当違いで、無意味な行動だったんじゃないのか?
焦る思考、後悔が滲み出す。
桜木――。
「あら、具合でも――ちょっと!」
保健室に入り、先生の抑止に目も触れず桜木を捜す。
姿は確認出来なかったが、カーテンで閉められているベッドが一つ。
迷いは無かった、カーテンを開け、桜木の名前を呼ぶ。
「桜木! 大丈夫――ん」
桜木と目が合う。
良かった、無事だった。
だけどもその感情に浸っている暇は無さそうだ。
なぜなら桜木は、服を脱いでいたからである。
そして桜木の白肌には僅かに汗が浮き出ており、なんか、こう、うむ。
「……」
桜木は何も喋らない。
呆気に取られているのだろうか、いやはや。
……やはり、わりかし大きいな――。
痛い。
「こら! 何してるの貴方!」
保健室の先生に思いっきり腕を引っ張られた。
とりあえず弁明だ。
「いや心配だったんで」
もしかしたら死んでいるのやもと思ってしまった自分を抑えられなかった。
保健室に行っただけなのだから、そんなハズあるワケなのに。
「大丈夫よ、ただの貧血だと思うわ」
そう先生が言うと、再びカーテンが開かれる。
少し、いやかなり気まずい。
「……悪い」
とりあえず謝っておく。
桜木は少し顔を膨らませて、
「悪いと思うなら、すぐにカーテンを閉めて欲しかったのですが」
「悪い」
抗えなかったのだ、年齢的に、性別的に。
「でも、ありがとうございます。私のこと、心配してくれたんですよね」
そうだが、直接言うのは、ちょっと。
「誰だって心配するだろ、別に特別なことじゃない」
有無を言わせずカーテンを開けるのは、明らかに異常だが。
桜木は見慣れた微笑を浮かべて、スリッパを履きベッドから降りる。
「無理するな、寝ていた方が良いぞ」
「いえ、もう大丈夫です。……えっと、その」
桜木は何かを言いたがっているようだ。
紋様の件だろうか、もしくはさっき素肌を見られた事への文句。
少しの沈黙が流れ、先生が一言。
「あらやだ、用事があるのを忘れていたわ、悪いけど貴方、彼女の事見ていてくれる?」
「はあ」
突然である。
保健室の見守りを俺に任せて良いのだろうか。
桜木はでていこうとする先生へ一礼し、
「あの、ありがとうございます」
「良いのよ、ふふ」
看病してくれたことへの礼を言う桜木。
何だか妙に含みのある笑みをして出て行く先生だったが、その意図はよくわからなかった。
桜木は僅かに俺に近寄ると、息の混じる声で喋り始めた。
「七呪の紋様が、一つ消えました」
「……そうか」
俺達が必死でやってきた事は、正しかった。
オカルトしかないこの謎に、諦めず抗ったことで、桜木の呪いを解くことが出来た。
相応しい言葉を言うことは出来なかったが、きっと桜木はわかってくれていると思う。
俺は表情に出る人間だからな。
「明さんですよね、花子さんを解決してくれたの」
「まぁ、そうなるな」
内容は桜木へ伝えるべきだろう、もちろん冬月の存在は伏せるが。
「七不思議の解き方がわかったぞ、もっとも――」
わかったというより、教えられたというのが正しいが。
そう言おうとしたのだが。
「……」
何と言って良いのやら。
簡単に言うと、桜木が俺に抱きついてきた。
何を言っているのかわからないと思うが、桜木が俺に抱きついてきたのだ、優しく。
桜木の白肌から連想させる冷たさを、全く感じさせない桜木の体温。
ショッピングモールでは慌てるばかりだったが、不思議と今は冷静だった。
「明さん」
顔を俺の服にうずめながら、桜木は呼ぶ。
どうやら桜木の喜の感情が爆発しているらしい、だったら、まぁ、治まるまで待ってやるか。
「ほんとうに、ありがとうございます」
「……礼は、いらん。その、俺だって桜木に助けて貰ったしな」
桜木の頭が少し動く。
ちょっとくすぐったい。
「後悔しない生き方を、桜木は教えてくれた。だから俺は後悔しないよう、七不思議を解決した、それだけだ」
「ふふっ……優しすぎますよ」
別に優しくなんかない、当たり前だ。
「私、ずっと不安で、自分がどうなるのかわからなくて、怖くて」
桜木の顔は未だ俺の体に当たっている。
だけども分かった、桜木が泣いているのが。
声が泣いていたから、わかった。
「七不思議が、本当に七呪を解いてくれるのかすら、わからなくて、でもそれでも信じて、部活を作って」
桜木の体温が上がる。
抱きしめたくなる感情を抑え、少し背中に触るだけに留めた。
「そして、明さんに出会って……私、なんて言いたいんでしょうね」
「言えば良いさ、わからないなら、思った事を言えばいい」
夏の匂いが混じった風が、ほんの少し吹く。
僅かに、桜木の力が強まった気がした。
「……大好きです」
――。
大好きだと、それはつまり、そういう事か。
いやいや、んなわけなかろう、聞き間違い、聞き間違いに違いない。
「大好きです……明さん」
――。
ふぅ。
いやはや。
よくよく考えれば、友達としてとか、そういう方面でも使う言葉だ。
感情が昂ぶって、大袈裟な言葉を選んでしまったんだろう。
そして、少しの時間が経ち。
「今日の部活を休みたいと」
「ああ、少し用事があってな」
冬月の件ももちろんだが、俺も関屋さんには聞きたいことがある。
なるべく早い方が良い、念のため、札も貰っておこう。
「明日、桜木の家に行っても良いか」
呪いが解けたからと言って、必ずしも明日桜木が変容しないとは限らない、あくまで俺の推理上の話だからだ。
「ええ、是非来てください。何か食べたいモノはありますか? 何でも作れますよ」
「そうだな――」
あの時よりかも、美味しく食べることは出来るだろう。
「オムライスがいい」




