第二十六話 『説得と自分語り』
――六月二十七日――
いつもより早めに学校へ到着し、冬月を待つ予定だった。
もし冬月が登校しなかった場合は、どうにかして冬月を探さなければならず、少しでも捜索時間が欲しかったからだ。
日常的にリープ前提で行動するのは俺の嫌う所、使うことになってしまった場合は仕方ないとしても。
とまぁそんなこんなでいつもより十五分程早く登校したのだが、
「おはよう、冬月」
いやはや、どうやらそれも杞憂に終わったようで。
「……おはよう、ございます……」
冬月が本を読みながら挨拶を返してくる。
本は守護霊関連ではなく、純粋な文学作品のようだ。
「昨日のことで話したいことがある、なに、多少驚きはしたが、力にはなれると思うぞ」
東堂の言ったことが正しければ、冬月は自身の能力、守護霊を拒絶している。
それを許容させることが出来れば――。
思い出した、冬月がディスカッションのまとめを手伝ってくれた時、冬月は確かに、どうすれば生理的に受け付けない物を承認出来るかと聞いてきた。
東堂の言っていたことが事実である証拠、アイツがなぜそこまでしっているのか疑問ではあるが、東堂のおかげで桜木を助ける事ができそうなのも確か。
しばらく冬月の反応を待っていたのだが、無言である。
本を読んでいるのかとも思ったが、ページは進んでおらず。
「昼休み、そうだな、理科室で良いだろうか。あそこなら誰も居ない」
あまり感情を声に出せる人間では無いが、なるべく冬月に警戒されないように出来る限り優しく声をかける。
「……はい」
きっと困惑しているハズだ、突如異能を持ってしまった事実に。
なぜその異能が守護霊によるモノだと気付いた理由は気になるが、それよりも異能を認めて貰うことが先決。
冬月の人間性は深く知らないが、きっとオカルトを信じていないクチだろう、だから認められないんだ。
であればチート能力持ちの先輩として、アドバイスをしよう。
――――
――
理科室の密閉された暑さに耐えきれず窓を開けていた所、冬月が入ってきた。
「来てくれて助かったぞ」
冬月を連れて二人で理科室へ行こうとも思ったのだが、いらぬ噂が立つのも癪だったので、別々で向かう事にして貰ったのだ。
俺を無視する選択も取れたとは思うが、なによりである。
「立って話すのもなんだ、ここに座ってくれ」
入るなり顔を俯かせ、立ち止まっていた冬月。
それを見て、冬月から一番近い机のイスを引いて言う。
少しでも話しやすい状況を作るのが重要だ、話術には自信はない、だがそれを言い訳にするワケには行かん。
「は、はい……」
言われるがまま、案内したイスに腰掛ける冬月。
俺も対面の席に座る。
さて。
「冬月、実は俺も異能を持っているんだ」
「、え?」
冬月の目が大きく開く。
開幕にこの言葉を使うのは賭けだった、とにかく会話の主導権というか、流れを作りたかったのだ。
冬月は積極的に話してくるタイプじゃない、なら俺が喋り続ける他無いのだ。
らしくないが、だからどうした。
「では今ここで使えと言われても、残念だがそれを冬月が観測することは出来ん。つまるところ俺の異能が、タイムリープだからだ」
「タイムリープ……時間を遡る……」
ここで否定されなかった所を見ると、僅かながら異能を認め始めているようだ。
やはり時間を置いて良かった。
「ああ、だから能力を使っても冬月に気付かせる事は出来ないんだ、悪いな。……で、本題に入るが」
少し、息を吐く。
「冬月も持っているんだろう、空間移動、テレポートの異能。そしてそれが守護霊による能力だとも、知っている」
さて、どう出る冬月。
「わ、私は……そんな、能力なんて……持ってません。だ、第一そんな非、現実的な事……」
否定か。
すんなり行かないと思ってはいた。
「なら昨日の旧校舎、あれはどう説明する」
「……それは……」
冬月自身も心では理解しているハズだ、あと一押し、何か。
「認めたくない気持ちも分かる、現代科学じゃ証明できない特殊能力、俺や冬月のようにある程度論理的に思考したがる人間には、許容しにくい」
似た思考をする人間であることは確かなハズだ。
だから気持ちはわかる。今の俺が突然タイムリープ出来るようになったとしても、冬月と同じく拒絶の反応を示すだろう。
「……黒木君は、なぜ認める事が出来たのでしょうか……」
認める、か。
能力を認めれば、おそらく能力の暴発は止まる。
俺は能力が勝手に発動した経験は無い、だがそれは能力を認めさえすれば、暴発は無くなるという証明にもなる。
「俺が使えるようになったのは、小学校に入る前。保育園卒業を機に、遠くに引っ越す奴がいてな。そいつと俺は仲が良くて、別れたくないって思ったんだ。そしたら時間が遡ってな、確か二ヶ月は戻ったんじゃないかと思う」
当時のことを思い出す。
まぁ、あまり冬月の参考にはならないだろうが。
「それを、何十回も繰り返した。三回目あたりで、自分が過去に戻っていることに気付いたんだ。俺はすごい力を持ってるんだって思って終わり。……子供だったから否定する程常識を持っていなかったんだ」
……しまった。
なんとも冬月への励みにならない自分語りだ。
作り話をするべきだっただろうか。
「……確かに、幼少の頃であれば、容易に認められたかもしれませんね」
思いの外、納得してくれた冬月。
少し言葉のスピードが流暢になったことから、多少俺の語りも意味があったようだ。
「だが、悩みはあった。……もしかしたら自分は、人間じゃないんじゃないかって」
これを話すのは、初めてだ。
話そうと思ったのは、冬月が俺と同じ悩みを抱えているのではないかと思ったから。
「自分が、人の皮を被った異形の存在なのではと……黒木君は」
冬月の声色に、少し感情が入る。
「ああ、人間として育てられた別の生物なんじゃって、中学の頃に思ってしまってな。でも、すぐに答えは見つかった」
今思えば、完全に厨二病。
だがそれは今も続いている、続いているから、俺は自分を嫌いなることはあっても、拒絶していない。
「人間らしく生きれば、それは立派な人間だってな」
だから、俺は後悔しないように生きる事に注力している。
それが人間らしい生き方だと、信じているからだ。
「……ふふっ」
む。
「どうして笑う」
「あ、いえ、ごめんなさい。でも私の悩みとあまり関係性が無いと思いまして」
……ぐ。
確かにそうだ。
自分と同じ悩みを持っているのではと思いはしたが、俺と冬月の状況は別物、くそ、ミスったか。
これじゃ冬月に能力を認めさせることなんてーー。
「でも、嘘ではない事は把握出来ました。憶測ですが、黒木君は私に異能を認めて貰おうと、そう思ってここに呼び出した……正しいでしょうか」
「ああ、そうすれば、能力の暴走も止まるハズだからな」
冬月の言葉がさらに足を早める。
「暴走、なるほど。私が無意識に空間転移してしまう理由は、私が異能、その原因である守護霊を拒絶していたからなんですね」
「お、おう」
理解の早すぎる冬月。
まぁ冬月の地頭なら対して驚きはしないが。
だがそこに至るには、能力を許容しなければならないハズだ。
「冬月、もしかして認めたのか? 自分の異能を」
「どうでしょう……ですが私以外にも異能の持ち主がいるのであれば、このまま拒絶し続けるのも、理に適っていないのではと」
理に適っていない、確かにそうだ。
一人ならともかく二人、能力こそ違えど、異であることには変わりない。
だが。
「自分で言うのもなんだが、俺の能力は他人が観測出来ない、それを信じるのか? それこそ理に適っていないと思うのだが」
いや、まぁこちらとしては大歓迎なんだが。
どうにも附に落ちない。
「ですが、私を説得する為に呼んだハズの黒木君が、突然自分の過去を話し出したんですよ? 黒木君の異能が嘘なら、あのような事は発言しないはずです」
……いやはや。
確かにその通りだ。
嘘なら人間らしく生きようなんて恥ずかしい台詞、言うはずがない。
だって関係ないからな、冷静に考えればわかる。
「なんだか、穴にでも入りたい気分だ」
愛想笑いを返す冬月。
だがその表情は、蒸し暑い理科室に入ってきたときとは違う、晴れやかなモノだった。
「俺たちの異能について詳しく知ってる人がいる、その人に会ってみないか」
関屋さんにはこの時間軸じゃまだ会っていないが、きっと話をしてくれるハズだ。
冬月は前髪を整えながら、
「是非、お願いします。まだ完全に許容したワケではありませんから」
関屋さんには俺も聞くことがたくさんある。
さて、桜木に休みの連絡をしなければ。




