第二十五話 『オカルトモノだ』
花子さん探索、俺の担当は旧校舎だ。
遭遇する可能性は他の棟よりも少ないだろうが、万が一もある。
旧校のトイレの数は階ごとに二つ。
既に一階の女子トイレの探索は終わらせていて、今から二階トイレを探索する所だ。
旧校舎内に俺だけしかいないと思うと、僅かにだが恐怖の感情が心臓を触る。
だが桜木を救えるのであれば、喜んでこの恐怖と共に花子さんを探してやろうではないか。
……。
俺には疑問があった。
最も重要な部分、怪異に対して何をすれば、桜木を救えるのかだ。
花子さんを見つければ?
怪異と言うからには、花子さんもオカルトめいた存在なのは間違いない、少なくとも現代の科学では解明しようもない存在だろう。
だから解明すると言うのは、少しばかり間違った解釈な気がする。
防がばが、桜木の親戚が予測で付けた言葉ならば、本来何が書かれていたのか、それさえ知れれば苦労しないのだが。
見つけただけで呪いのリミットが延長されるなら幸いだが、あまりに楽観的な思考だ。
怪異が起こす現象を防ぐ、それ以外。
関屋さんに助けを求めるのも有りかもしれんな。
色々な要素を検証する方法は論外、検証結果が間違っていた場合、桜木がまた陰に染まってしまう。
そんな人の命、桜木の命を蔑ろにする行為を誰がするものか。
考えながら階段を昇りきる。
すぐ横にトイレ。
さて。
入るか。
如何わしい思考は一切無い、旧校舎なのだから人がいるハズが無いからだ。
ん、そう言えば女子トイレに入るのは今日が初めてな気がするぞ、当たり前だが。
そう思うと少しだけ緊張が走る、そこに一切下心は無い、無い筈だ。
もし万が一花子さんが居た場合を考え、気付かれない様、足音を立てずに中に入る。
旧校舎女子トイレの個室数は五つ、基本的にドアは開けっぱなし。
――これは。
最奥のトイレだけ、扉が閉まっていた。
基本的にとは言ったが、一階のトイレは全てのドアが開いていたのだ、緊張感が高まる。
ゆっくり、ゆっくりと居るかもしれない花子さんに気付かれないよう、奥のトイレへ近付く。
正面にまで到着し、鍵を見てみるが青色だ。
……ノック、してみるか。
コンコン。
『――ッ』
一瞬体がビクつく。
トイレの中から、人が息を呑んだような音が聞こえたからだ。
誰かいる? いやいや、旧校舎は立ち入り禁止だぞ、有り得ん。
花子さん、なのであろうか。
そう言えば、ノックをしたら返事をしてくれると聞いたな。
だが返事は返ってこず……。
開けるか。
「開けますよ」
一応断りを取っておく。
大丈夫だ俺にはルーズ&リープがある、もしもの事があっても死なないのが俺だ。
扉を手前に開く――。
……。
誰も居ない。
いや、何も居ないの方が正しいか。
というか花子さんって視認出来るのだろうか、うむむ。
緊張から解放され、一気に思考が巡る。
そもそもあの声も気のせいだったやもしれん、とりあえず他のトイレも探索――。
ん、ん。
「ヘックシ!」
くしゃみである。
誰かに噂でもされているのであろうか、光貴、東堂、桜木……いや違う、髪の毛だ。
くしゃみの原因は長い髪の毛だった。
どこから来たのだろうか、俺の体に付いていたのがドアの風圧で落ちた?
もしくは、花子さんの。
僅かな可能性ではあるが、無色半透明の理念は、自分が後悔すると思った事柄にはそれなりに頑張るのだ。
使うか。
――ルーズ&リープ。
――――
――
「っぐ……」
頭に鈍痛が走る。
久々だな、この感覚も。
ルーズ&リープは多用しすぎると、頭に強い負担をかけるのだ。
以前はもっと短いスパンじゃないと痛むことは無かったのだが。
まぁ今は気にする必要は無い、スグにトイレへ行こう。
――。
開いていた。
リープ前は確かに閉まっていた最奥のトイレ。
十分ほど早く到着しただけで扉が開いている理由は何だ。
風、いや違う。二階の窓は閉められているし、そもそも今日は風が弱い。
花子さんがまだ来ていない?
であれば――待とう。
花子さんが現れた場合、どう対応するべきだろうか。
くそ、関屋さんからあの札を貰っておくべきだったか。
少しの後悔を胸に抱きながら、現れるであろう花子さんを待つ。
――。
――。
――。
――。
――そいつは不意に現れた。
まるで、ワープしてきたかのように。
「うぉっ」
ある程度の覚悟はしていたものの、驚きのあまり後ろに大きく後退し、頭を思い切りぶつけてしまう。
痛い、痛いがそれどころじゃない。
花子さんの登場――いや。
「ど、どうして黒木君がここに……」
――瞬間移動したかのように現れたのは――冬月だった。
冬月美那子、なぜこいつが突然現れた。
冬月も驚いたのか、目を大きく見開いている。
度の強い眼鏡がよりそれを強調させていた。
「聞きたいのはこっちの方だ、まぁ色々聞きたいことはあるが――って」
俺が話している所、冬月がトイレから全力で出ていく。
その際に俺とぶつかるも、そのまま女子トイレ室から逃げて行った。
冬月がトイレの花子さんと呼ばれている正体?
否? いや、そもそも何故突然冬月が現れた?
頭の中に次々と疑問が浮かび、整理が出来ない。
ああ、クソ、とりあえず追うしかない!
後を追う為女子トイレを出る、まだ校内にいるのか?
いや出ている可能性の方が高い、その方が逃げやすいハズ。
探しきれなければリープだ、ここまで来たら出し惜しみするワケには行かん。
旧校舎から出て、冬月を探す。
どこだ、どこに居る!?
自転車小屋、校門前、クソ! いねぇ!
ルーズ&リープを使おうとした所、
「どうやら正体を掴んだようだね」
東堂から声を掛けられた。
探索はどうした探索は、まぁもうその必要は無いかもしれんが。
というか、正体って花子さんの事か? 察しが良すぎるだろ。
「ああ、人間だよ、同じクラスの奴だ。多分そいつがトイレの花子さんの正体で間違いない」
使うか。
ルーズ&リー――。
「追いかけても無駄だよ、彼女の心の整理が必要だ」
まて、俺は女と言った覚えは無いぞ。
いや花子さんなのだから、女子と連想して当然か。
だがなぁ、
「心の整理ってどういう意味だ? 東堂、お前もしかして――」
花子さんの正体を、既に知っているんじゃないか?
そう言おうとしたのだが、東堂に遮られた。
「ああ、知っていたよ。だが僕には少々手に余ってね、いずれ時間が解決してくれると思うから、待つだけさ」
意味がわからねぇ。
こいつの言っている事、何をこいつは知っているんだ?
――踏み込め。
「東堂、お前、何所まで知っている」
少しの沈黙が流れる。
そして、東堂がいつもとは違う、どこか真に迫る声色で喋り始めた。
「やはり、君は変わったよ黒木君。そうだね、教えよう、僕が何所まで知っているのか」
東堂はオールバッグの髪をなぞる様に掻き上げる
「先ず、君の守護、能力と言った方が良いかな」
「……守護でいい、そこまでは知っている」
この言葉を使うということは、
「やっぱり東堂、お前俺のタイムリープ、遡行の守護を知ってるのか」
「ああ、悪いね。だけど言う必要は無いと判断したし、言っても疑われるだけど思ってね」
多少は自身の放つ詐欺師っぽさを自覚しているようだ。
「後知っているのは、冬月美那子の守護、瞬閧の守護だ。要は瞬間移動だね、もっとも守護霊を拒絶しているみたいだから、自由に使えてはいないみたいだけど」
渇いた笑いをしたくなる。
とんでも展開すぎるだろ。
だが関屋さんとの会話もあって、これを真っ向から妄言だとは思わなかった。
確かに冬月が瞬閧の守護とやらを持っていて、瞬間移動が出来るのであれば、さっきの現象にも説明がつく。
あまりにオカルトすぎるが、俺もオカルト側の人間だから認めるしかない。
「僕が知っているのは以上だよ、少なくとも君の周囲に関しては」
「桜木のことは、何も知らないのか」
そこまで知っているなら、桜木の呪いについても何か知っているんじゃないか?
もし知っていて、日数制限の事も知っているのであれば、俺は東堂を殴らねばならん。
「桜木さんの事か、一年A組、中学二年の夏に高知から宮崎へ。誕生日は十一月二十一日、住んでいる場所は――」
「そういう事じゃない! お前は知っているのか? 桜木が――」
呪いに関しての話は避けるべきだ。
東堂が知らなかった場合、桜木が隠したかった七呪を知らせることになる。
それでは桜木に合わせる顔が無い。
「桜木が、オカルト研究部を作った理由を」
これで間接的に聞けるハズ。
東堂は「ふむ」と呟き、
「それは興味があるね、面白い。彼女は僕と違いオカルトへの興味は薄い、まぁこれは君にも言える事だけれど」
知らない、のか。
――ちょっと待て。
知らないならどうして。
「東堂、なぜ最初に俺に『いずれ時間が解決してくれると思うから』なんて言ったんだ?」
まるで桜木の呪いの解呪方法を知っているかのような口ぶり。
引っかかる。
「おや、そこは知らないのか」
「悪いな、知らないことだらけで頭が可笑しくなりそうだ。でも教えてくれ、なぜこの言葉を使ったのか」
必ず意味があるはずだ。
「七不思議の解決、それがオカルト研究部の活動なのだろう。であれば花子さんを解決すればいい」
後はわかるかな、と言いたげな顔だったが分かるワケが無いだろう。
続けろと無言で促す。
「冬月美那子は能力を暴発させていてね、それが原因でトイレへ意図せずワープしている」
「……」
「ワープを止める、花子さんを解明するには、暴発の原因を解決すればいいんだ。その方法は――守護霊の成仏、もしくは存在の許容」
なるほど、大体わかった。
「時間が解決する――その言葉の意味は、冬月が守護霊の存在を認めるとリープの暴発が無くなり、花子さんは出現しなくなると」
「その通り、やはり黒木君は察しが良い、向いている」
「何にだよ」
「悪いね、独り言さ」
察しが良いと褒められたが、腑に落ちない部分もある。
なぜ守護霊を認めたり成仏させたりすると、能力の暴発が無くなるのか。
……あくまで仮説だが。
「守護、俺や冬月が持っている能力は、守護霊によるモノなのか」
「その通り」
長年の謎が、ここにきて晴れた。
いあやまぁ晴れてもオカルトであることには変わらんが。
なのであまり感動は無い、感動する前にやる事もあるしな。
「冬月には悪いが、俺と桜木には時間が無くてな、ゆっくりのんびり守護霊の存在を認めて貰う暇はない」
「……どうやら、まだまだ僕が知らない真実も多そうだ、やはりこの部活に入って良かった」
余韻に浸る東堂、コイツは気に食わんが、推理能力の高さ、守護について知っているのは今後の戦力になる。
おそらく、残りの七不思議も守護絡みだろうからな、もしかしたら別のオカルトかもしれんが。
「これからも力を借りるぞ、東堂」
「ああ、僕で良ければ」
花子さんの正体を言わなかったの理由は考えない方が良いだろう。
どうせ自己欲求に塗れた理由だからな。
さて、今すぐにでも冬月を追いたいが、東堂の言う通りある程度は思考を落ち着けてほしい。
おそらく俺に見られて、酷く動揺しているハズだ。
明日話すのが得策、学校を休まないでくれると助かるが、どうなるやら。




