第二十四話 『新たな理念』
――六月二十六日――
ディスカッションを時限内にまとめ、俺は光貴と一緒に理科室、部室へ来ていた。
「それにしても凄かったね明、リーダーとしての素養があるとは思っていたけど」
「何がだ」
リーダーか、俺とは縁のない役職だな。
光貴は椅子に手をかけ座ると、
「英語の授業だよ、まるで明の理念が変わったみたいに冬月さんと僕を動かして」
理念、無色透明な高校生活を過ごし、後悔する事柄を起こさない生き方。
だが俺はそれに縛られ、いつしか自分に嫌悪を示すように、自ら気付かぬ内に後悔の道を歩んでしまっていた。
俺の理念は間違っていた、だが急に桜木の生き方を真似するのも難しい。
なら――。
「光貴には伝えておく、無色透明は辞めた」
「……それで?」
光貴は多少眼光は開けど、大きな反応はしなかった。
薄々気付いていたのであろうか、まぁ、光貴なら有り得るか。
自称、俺の事を何でも知ってる親友だからな。
「無色半透明、それが俺の新しい理念だ」
事なかれ主義は嫌いじゃない、自分に合っている。
だけどもそれを理由にして、好きな事、全力を出したい事、諦めたくない事に踏み込まないのは、後悔になる。
その結果後悔してしまうこともあるかもしれない、だけど、それで良いんだ。
――今の自分に、後悔してさえいなければ、良い。
「明、一人で感傷に浸ってる所悪いんだけど、無色半透明って何」
そこはわからないのか。
光貴なら理解してくれると思ったが。
「基本は今まで通り、だが俺が後悔すると思った事柄には、それなりに足掻く、そういう理念だ」
「人と深く関わらないは?」
「俺が関わりたいと思った奴とは、なるべく、まぁ、話したい」
例えば……うん、俺の生き方を変えてくれた奴とか。
「僕はどうだろうか」
光貴、こいつとの付き合いも長い。
傍から見れば友人関係なのだろう、いや――。
「友達だろ、そんな事聞くな」
無色透明なんて痛々しい理念を知っても尚、俺に近寄ってくれる厨二病患者。
友達だ、俺の大切な。
「っふ、っふふ、っふ」
「……気持ち悪いから、鼻で嗤うのか口で嗤うのかハッキリしてくれ」
光貴はしばらく気持ち悪い行動を続け、俺の方を向く。
「ごめんよ明、でも嬉しかったから、友達って言ってくれて」
ああ、分かっていたさ。
光貴の友達だからな、多少は何を思っているのか、自然とわかるものだ。
しばらくして桜木が入って来た。
「お早いですね、二人共」
桜木と目が合う、少し気まずい。
まぁ昨日は色々あったし、当たり前か。
「A組、特進クラスの終わりが遅いんだろ、東堂も二年の特進らしいし」
東堂は一つ上の先輩だ。
本人が敬う必要は無いと言ってきたので、俺は敬語を使わずにいる。
光貴と桜木は敬語だ、桜木は基本敬語だしあまり関係は無いが。
桜木が席に座る。
「明さんは座らないのですか?」
「ん、ああ」
開いてるのは光貴か桜木の隣。
さて、どちらに座るべきか。
気まずいから光貴の隣でいいか。
そう思ったのだが、
「やぁ皆さん、遅くなって申し訳ない」
東堂はそう言うなり、なんとも無駄のない動きで光貴の隣に座る。
……コイツめ。
「いえ、私も今来たところですので」
「ありがとう、黒木クンも座ったらどうだい?」
東堂の細目が、悪戯に笑ったような気がした。
仕方が無いので桜木の隣に座る。
ドキリ。
なんだ、今のは。
いや気のせいだ、忘れよう。
「では」と言って桜木は小さな咳ばらいをし、
「七不思議の解明を、今日より開始します」
今までの雰囲気とは違う、緊張感を持った声色。
これほど桜木が、七不思議の捜索開始の合図に気合を入れた事は無かった。
多少なりとも、俺に呪いを打ち明けてくれた事、日数制限を気にめているのだろうか。
最初に口を開いたのは東堂だ。
「失礼だけど桜木さん、上長東高校には、七不思議の文化は無いんだよ」
……オカシイ。
こいつは今まで、七不思議に言及したことは無い。
面白いとかなんとか言って、俺達を傍観者のように見ていただけだ。
桜木の意思が変わったことで、東堂にも影響を及ぼしたのか?
「……ある程度、予測はしていました。ですが休日に入る前、私のクラスで花子さんの噂が」
「ふむ、なるほど、トイレの花子さんか、有名どころだね」
口角を僅かに上げる東堂。
今回は積極的に、部活動に参加してくれるようだ。
「ですので当面の活動内容は、トイレの花子さんを解明する、こちらで行きたいのですが」
異論を唱える奴は居なかった。
まぁ次の桜木の言葉で、光貴は声を上げるだろうが。
「それで、皆さんにお願いがありまして、その、調査の為に、あの――女子トイレへ入る為に、女装をして頂きたいのです!」
「桜木さん!?」
初見なら確実に驚くよな。
東堂ですら少し目が開いている。
さて。
「服の準備はあるのか」
「明!? 気でも狂った!?」
桜木の命を救う為なら、一時の恥なぞ捨てられる。
だが俺ではどうしても、背格好的に怪しすぎるのだ。
東堂ももちろん。
後は。
「……凄く皆から目線を感じるんだけど」
身長も女子として見て違和感は無い、骨格も華奢、容姿も今時の女顔だ。
光貴なら声を出さない限りまずバレない。
「俺と東堂じゃ目立ちすぎる。ここは一肌脱いでくれんだろうか」
「一肌脱ぐって言うより、着るって感じだけど……」
「俺も女装はせんが、女子トイレには入る。もちろん東堂もな」
東堂を見る。
しばらく沈黙したが、僅かな笑みを保って言葉を出した。
「黒木君の考えは粗方理解したよ、僕と黒木君は人気が少ない場所、内田君と桜木さんはクラス棟」
今の言葉だけでそこまでわかるのか。
流石、なのだろうか、とにかく説明の手間が省けたことはありがたい。
「ああ、そんな所だ。桜木だけじゃクラス棟を探しきれん、光貴にも加勢して欲しい」
二十八日まで、調査期間としてはあまりにも短すぎる。
リープの時間が長かった理由はここにあった。
それは同時に七不思議の調査が、桜木の呪いを解くことに繋がるものだとの裏付けでもあった。
七つの怪異、やはり七不思議を指している。
残りの怪異が出てこない理由も気になるが、今は花子さんに集中だ。
「別に、急がなくてもいいんじゃないかな。ゆっくり探せばさ」
光貴の言いたいこともわかる。
時間制限が無ければ、女装してまで探す必要は無い。
どう言うべきか……、迷っていると、桜木がそれに答える。
「何事も、後悔しない様に生きるのが、私の目標なんです。ですからここで、手を抜くことはしたくありません。それにもしかしたら、急がないと花子さんが逃げてしまうかもしれませんし。どうかお願いできませんか」
ズルいだろ、その言葉を使うのは。
そう思うのは俺だけだろうか。
「光貴、俺からも頼む。協力してくれ」
「……明が頼むはズルいよ」
ズルいのか。
光貴はしばらく俯いて前髪を弄り、最後に大きなため息を吐いた。
「っふ、良いだろう! もともと僕には変身能力があるからな! 見てくれだけ異性に変わる事なんて、造作も無いッ!」
「よし、じゃあ頼んだ」
「軽くない!?」
はは。
……不謹慎かもしれんが、少しだけ楽しいと思ってしまった。
無色半透明、悪くないな。
「黒木君、変わったね」
「そう見えるか」
「もちろんさ、君は冷静に見えて、意外にも表情に出る人間だよ」
かもしれんな。
東堂は観察眼や推理能力に長けていた。
あと知的好奇心も俺以上。
「では光貴さん、こちらに着替えて頂けますでしょうか」
「っふ」
光貴の手が震えている。
すまん光貴、いずれ何かしてやる。
――こうして、花子さん捜索が幕を開けた。




