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第二十三話 『七呪』

 桜木を救う権利を、俺は手に入れた。

 まだ涙の跡が残る桜木、それ見て無性に桜木を抱きしめたくなる。

 だが我慢だ、猿じゃあるまいし。


「中学生二年生の夏休みに、それは起こりました」


 呟くように、桜木は語り始めた。

 ここから桜木が言う言葉は、一言一句忘れてはならない、そう誓って耳を傾ける。


「当時は四国の実家に住んでいて、その日は親戚の集まりで本家に足を運んでいたんです」


 蘭さんが四国から越してきたと言うのは、嘘では無かったのか。

 元ヤンは確実に虚言だろうが。

 あと、高校に入る前に越して来たワケでもないだろうな、リオンに行った経験が無い事を恥ずかしがるのに違和感が生じる。


「自慢になるものではありませんが、私の家系は陰陽道を継いでおりまして、いえ、私は分家でしたので実際に私が陰陽師だったワケではないのですが」


 陰陽道、まだ現実に存在しているのか。

 まぁ、ここで嘘を言う人間じゃない、信じよう。


「親戚の集まり、と言っても大掃除をして夜に皆でお話する、ごく普通な集まりです。陰陽師らしいことはしていません。私は、倉庫の掃除を何名かで行うことになりました」


 そこまで話した所で、桜木の表情が暗くなる。

 声を掛けようかと思ったが、その必要は無かった。


「掃除をしていた時、箱ばかりの倉庫の中に一つだけ、真っ黒で大きな珠が、隠されるように奥に置いてあったんです。私、どうしてもそれが気になってしまいまして、何しろその球体が、不自然な黒さをしていたもので」


 黒、そう思い浮かべて真っ先にイメージするのは桜木が変容した姿、そして紋様。

 嫌な予想が俺の頭に過る。


「珠に触れた時、私の中に何か黒い、悪いものが入り込んで来るのがわかりました、スグに手を離したのですが、黒の糸の様なモノが私と珠を繋いでいて、それで」


 桜木の手に微かに力が入り、スカートに皺ができる。


「気付いたら、私は布団の中に。気を失っていたみたいで、親戚の方々も心配そうに私を見ていました。体の調子も特に悪くなく、その時は夢と思って深くは気に留めていなかったんです。でも、夜になりシャワーを浴びる為に服を脱いだら――」


「あの紋様が、体に描かれていたと」


 桜木が頷く。


「凄く、大きな悲鳴を上げたと思います。慌てて親戚の方が入ってきて、私に書かれた紋様を見るなり、顔から血の気が無くって行くのがわかりました。しばらくして、本家の陰陽師の方が、遥ちゃんには、呪いが罹っている、と」


 その呪いが発動して、あの姿になったワケか。


「呪いと言っても、普通なときは健康なんだろ。何か呪いが悪化、発動する条件とかはあるのか」


「私に罹ってしまった呪いは、七呪(ヒチジュ)。都城で本家が封印した、悪霊によるものでして。……そうですね、これ以上は私の家で話しましょう」


 ……別に、断る理由も無い。

 蘭さんと顔を合わせることになるだろうが、今なら大丈夫。


――。


「ホントに黒木クンに話していいの、遥」


「うん、私、後悔したくないから」


「そっか」


 あくまで軽い口調で話す蘭さんだったが、


「頼んだわよ、黒木クン」


 この言葉だけは、口調こそは軽けれど確かに託された気がした。

 桜木の命を。笑顔を。未来を。


 案内されたのは、畳の部屋。

 

「先に座って待っていて下さい、呪いについて記載された巻物を持って参りますので」

 

「ああ」と言って相槌を打つ。

 桜木が出て行ったのを確認し、部屋を見回してみる。

 畳数は十二畳、かなり広い。

 上には表彰状らしきものや、お面が掛けられていた。


 特に変わったことは無さそうだ、陰陽師と聞いて、少しそれっぽいモノをイメージしていたのだが、そんな雰囲気は感じられない。

 そもそも、蘭さんと桜木から感じられないのだから当たり前か、分家と本家でかなりの違いがあるのだろう。


 そう考えていると、桜木が戻って来た。

 本当に巻物を手に持っている。

 

「お待たせしました」


 対面に座る桜木、机を挟み俺と対面する形だ。

 信じていなかったワケでは無いが、実際に呪いに関連する書物を目にして、途端に体に緊張が走る。


「こちらが、呪いについて記載された文になります」


 言って桜木が巻物を開いて見せてくる。

 だが――。


「読めるワケがない、こんなボロボロの状態じゃ」


 巻物は所々虫に食われた跡、保存状態が悪かったのか染みも出来ている。

 楷書で書かれており、ミミズが通った後の様な字だったこともあって解読ができなかった。


「ですよね、私も読めません。ですが、内容は本家の方から教えて頂きました」


 桜木は小さく咳ばらいをして、


「都城の在る地、上東の寺子屋にて、七つの怪異在り。汝、それら全てを防がば、呪いは解かれん。ここに、禁忌在り。一つ、決して孤独で歩むべからず、一つ、齢十六を超えるべからず……」


 そこで、桜木が言葉を止める。

 

「あと一つ禁忌があるようなのですが、書物の状態が悪く、どうしても解読が出来なかったようでして」


「……なるほど」


 遠回しな言い方ではあるが……。

 上東の寺子屋、これは上長東高校の事だ、校長がそう話していたのを覚えている。

 七つの怪異、これは七不思議のことであろうか、断定はできんが、そう仮定するのは間違った方向じゃなさそうだ。

 それらを全て防がば……解決? 怪異によって起こる事柄を未然に防ぐ?


「全てを防がば、と言ったが、意味はわかるか」


「実はその部分、破けて読めなくなっていた様でして、前後の文に合うようにしたと」


 であれば、ここは信用しない方が良いな。

 禁忌とは、怪異を止める際に行ってはいけない行動と思って良いだろう。

 孤独で歩むべからず、一人で怪異を解決するな、という意味であろうか。

 それなら、筋は通るな。


「――桜木がオカルト研究部を必死になって作ろうとした理由は、呪いの為だったか」


 大きく間を置いて、桜木は頷く。


「結局は、私自身の為だけに作った部活なんです。それを明さんに知られると思うと、怖くて、本当にごめんなさい」


「謝る必要はない、後悔しない為にやった事だ、誰も失望したりしない」


 それに、気持ちは分かる。


「怖いよな、後悔するのは。でも桜木はその後悔を超えて、俺に話してくれた。だからそれで良い」


 少しの沈黙。


「私、少し嫌な人かもしれません」


 はて。


「明さんならきっと、許してくれると思ってしまいました」


 ……いやはや。

 照れるだろ、あまりそういう事は言わんで良い、勘違いしてしまいそうになる。

 

「整理すると、呪いを解くには上長東高校の七不思議を、仲間と共に解決する。期限は桜木が十七になるまで」


 そうすれば桜木の呪いは解かれる。

 頷く桜木、だが――。


「桜木、最後の禁忌なんだが――おそらく、更に時間の制限がある」


 勘ではない、確信だ。

 リープ毎に桜木の行動は間違いなく変化している、それなのに決まった時間に桜が変容する理由、それは時間的な要因に違いない。


 だが時間については齢十七になるまでと記されている。

 とすれば――。


「一つの怪異毎に、解決までの時間制限があるのやもしれん」


 もしくは、最低何日間隔で怪異を解決するとか、そういった類。


「なぜ、明さんはそう思われるのですか?」


 ……何と言おうか。

 タイムリーパーだから、とは言えんし、さて。


「勘だ」


「な、なるほどですね」


 腑に落ちていない桜木だが、まぁ落ちなくても良い。

 俺が知ってさえいれば、桜木を救うことは出来る。


 とりあえず、桜木を救う方法は見つかったか。


――トイレの花子さんの正体を、暴けばいいのだ。


 あくまでこれは俺の推理によって出された解決法、間違いであるかもしれない。

 だがヒントは掴んだ、そこから解を導けた、あとはそれを、証明するだけ。



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