第二十一話 『救う権利』
その人とは、すぐにコンタクトを取れた。
彼女は第一都市にある国立大に通っているらしく、電車で通学していることを桜木から聞いた。
しつこく尋ねた理由を聞かれたが、なんとか誤魔化せたと思う、多分。
「で、何の用。遥のことだとは思うけど」
俺は蘭さんと会っていた。
自分が知りうる中で、もっとも桜木と近しい人物。
会話代としてファミレスで奢ることになってしまったが、命は金では買えん。
というか高校生に奢って貰うなんて、蘭さんにはプライドが無いのだろうか。
「その通りです。蘭さんなら、知ってると思って」
「ネギトロ丼」
はて。
「すいません、よく聞こえなくて」
もしかしたら聞き間違えかもしれん、明らかに会話になっていなかった。
「ネギトロ丼、一つ」
……。
うん、なるほど。
先ずは食ってからと。
口火を切ったのはあんただろ、と言いたい気持ちを抑えてベルを鳴らす。
すぐに店員が到着し、蘭さんお望みのネギトロ丼と、ハンバーグ定食を注文した。
「ドリンクバーは如何なされますか」
俺の財布は、はっきり言ってピンチである。
つまりは、
「いりませ――って」
足を踏まれた。
犯人は向かいに座っている、桜木とは似ても似つかない女。
頼めと、貧乏学生にドリンクバーを頼めと。
「ドリンクバー、一つ、お願いします」
桜木の為だ、辛抱である。
店員が注文を繰り返し終わり去って行くと、蘭さんが口を開ける。
「彼氏は居ないわよ」
なんだ突然、自己アピールか?
いや、違う、これは桜木の事だ。
「いやそういう話じゃなくて」
聞きたくないワケではないが……あ、いや。
違う、俺が聞きたいのは桜木の紋様についてだ。
「あらそう、まぁ食べ終わってから聞くわ、黒木クンも言い難そうだし」
そう言って席を立ち、ドリンクバーを活用しに行く蘭さん。
確かに、言い難い。
実際蘭さんが喋り始めなければ、ただ沈黙が続いただけだった。
だが仕方ない、内容が内容だ。
蘭さんが戻って来た。
オレンジジュースらしい、子供である。
見た目は大人、中身は子供、という奴であろうか。
しばらくして、店員がネギトロ丼を持ってきた。
ハンバーグはまだらしい。
「……食べないんですか」
蘭さんの性格であれば、俺を待たずに食うものだと思っていたのだが、蘭さんは未だ手を付けていない。
「ホントは食べたいんだけどね、遥がいっつも、食べるときは一緒にって言うから」
桜木、流石である。
見た目に相応しい清楚ぶりだ。
蘭さんはスマホを弄り始めた、話す気は無いらしい。
まぁ、俺が話を切り出さないからかもしれないが……。
それから数分、ハンバーグ定食が到着した。
蘭さんは俺が箸を取るなり、
「いただきます」
そう言ってネギトロ丼を食べ始める。
律儀だ、これも桜木に教え込まれたのであろうか。
俺も言っておこう。
「いただきます」
ぱくり。
ふむ、やはり桜木が作ったハンバーグの方が遥かに美味いな。
あれを超えるハンバーグに出会えると良いのだが。
食べ終わると、蘭さんはまたドリンクを注ぎに立つ。
というか、ネギトロ丼とオレンジジュースとは、相性は如何に。
気になるな、試そうとは思わんが。
次はお茶か……いや、りんごジュースだ。
いやはや。
「で、明君、桜木の何を知りたいわけ? 内容によっては、ここで縁切らせて貰うけど」
口から出せない、言葉を。
だがここで逃げる事は許されない、聞け。
「桜木の、体の模様の事です――」
蘭さんの雰囲気が変わった、明らかに警戒されていることがわかる。
だが想定済みだ、怖じるな。
「どこで知ったの、かな」
「……色々あって、見ました」
ここは取り繕うべきでは無い、正直に言うべきだ。
相手は俺より間違いなくこの事を知っている、嘘を言っては真実を聞けはしない。
「見た理由は聞かないでおくわ、遥が露出狂だとは思えないし、黒木クンも無理矢理見ようとするガキじゃないと思うから」
そして、蘭さんは一呼吸おいて、
「遥ね、中学の頃元ヤンだったの」
は?
いやいやいや、んなワケなかろう!
口を挟もうとした所、蘭さんは間髪入れずに続けた。
「私達四国から引っ越して来たんだけど、その理由って、遥が高校生になったら真面目に生活したいって言って来たからなワケ」
「……あまりからかわないでください」
嘘に決まっている。
人間の雰囲気は、そうそう変わるモンじゃない。
桜木から感じる清楚の二文字は、たった数ヶ月で身に付く代物でないことは高校生の俺でもわかる。
「ホントよホント、あ、お金は私が払うわ、てっきり遥の趣味とか好きな食べ物とか聞いてくると思ってたから」
席を立とうとする蘭さん。
まてよ、俺が聞きたいのはそんな事じゃない。
「待って下さい! 俺は助けたいんです! 桜木を!」
周りの客の視線が集まる。
少し、声が大きかったであろうか。
だがそのおかげか、蘭さんは再び席に座り直す。
蘭さんは溜め息を吐き、
「悪いけど、私からは何も言えないわ」
「どうして、ですか」
なるべく感情を抑える。
「あなたには、それを知る資格が無いもの」
資格だと、何だ、なんだ。
俺には桜木を助ける資格が無いとでも言うのか!
「良い? 私に聞くのは間違っているわ、確かに私は黒木クンが知りたいことを知っている、でも話しちゃいけないの」
何でだよ、意味がわからねぇ。
話しちゃいけない? どうして!
「遥が黒木クンに話していないなら、私には伝える資格が無い。そして黒木クンも、それを知る資格が無いのよ」
「――ッ」
頭が真っ白になる。
つまり、俺には――
桜木を助ける――
「資格が、無い」
俺には桜木を助ける資格は無い、そういうことらしい。
いや、権利と言ったほうが正しいだろう。
僅かなヒント、その先を知ることは俺に許されていない様だ。
「明日、家に来るんでしょ」
「……」
返事は出来なかった。
「悪いけど私、明日帰れそうにないのよね、だから二人っきりになっちゃうワケ」
「……そう、ですか」
「良い? 黒木クン、貴方ならきっと大丈夫よ。怖がっちゃダメ」
怖がる? 何にだよ。
今の俺には虚無感と、それを感じても尚、桜木を助けたいと思う感情しか残っていない。
リープして、もう一度蘭さんから上手く聞き出せないモノだろうか。
いや、無理だろう、そんな問題じゃない。
ならそれでもいい、俺がやることに変わりはない。
――明日の夜、桜木を救えれさえすれば、それでいい。




