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第十九話 『走れ、今はただ』

――寝れない。


 精神的には摩耗しきっているのだが、体はまだ睡眠を欲していないらしい。

 今の精神状態でリープ前の事を整理できるか自信は無いが、頑張ってみよう。


 ベットから降り、一階へ向かう。

 リビングまで足を滑らしながら歩き、冷蔵庫を開いて常備しているサイダーを取った。

 そして1.5リットルのサイダーをそのまま喉に流し込む。

 少し炭酸が抜けてはいたが、リフレッシュには多少の効果があったと信じたい。


 さて。


 そのままリビングのイスに座り、リープ前を思い出す。


 まず、異変が起こったのは七時過ぎ。

 その前後数分間の間に桜木の身に何かが起こり、あの姿に変容した。

 そう仮定しよう。


 普通の人間であれば、桜木が影の化物へ変化した事を容認するのは難しい。

 だが俺は違う、俺自身がタイムリープ能力を持っている一種の化物なのだ、受け入れられる、あれは桜木遥だ。


 だが――。


 容認は出来ても、解決できるとは限らない。

 桜木はなぜあのような姿になってしまったのか、それについてのヒントは一切無い。

 もし万が一、俺の様な異能でああなってしまったのだとしたら、俺に桜木を救えるのか?


 制御の利かない異能だったとしたら?

 無条件であの時間に変異してしまう異能だったとしたら?


 嫌な予想が、次々と頭の中を過る。

守ってみせる、そう誓ったは良いものの、はたしてそこに糸口はあるのだろうか。

 やはり、疲れている状態で考えるべき事柄じゃないな、少し外の空気を吸ってこよう。

 

 ジメジメと蒸し暑い夜、俺の心情など微塵も考えずに鳴くヒグラシが、熱さへの苛立ちを助長していた。

 少しでも気分を好転させようと、家の鍵を閉め、家の前の公園を闇雲に走った。

 

――一体、桜木の身に何が起こったのか。

 それしか今は考える事が出来ない。


 やめよう、走れ――今はただ。


 公園を数週外周し、少し休憩がてら歩く。

 俺は時折、嫌なことがあるとこうやって走るのだ。

 リープできるからと言って、全ての後悔を取り消せるわけじゃない。

 そしてリープ自体も、後悔の対象に成り得てしまう。


 いかんまだ気分が沈んでいる。

 久しぶりに、道を走ってみるか。


 公園を出て、都城の歩道を走る。

 舗装の行き届いた道路とはとても言えたモノじゃないが、それがまた走りのアクセントとなって心地よい。

 吸って、吸って、吐いて。


 定間隔のリズムを刻みながら、俺はただ南へ向かって走った。

 何か理由があって南を目指したワケじゃない、本当に只の気まぐれだ。

 大体一キロ程走った時だろうか、信号に捕まりその場で足踏みしていると、後ろから聞き覚えのある声を掛けられた。


「よお明! 奇遇じゃねーか」


 我がクラスが誇る馬鹿、瀧である。

 走っている時、極稀にエンカウントするのだが、コイツのペースが速すぎて一緒に走った事は一度も無い。

 ふむ、良い気分転換になるかもしれないな。


「瀧、あと何キロ走る?」


「もう十キロ走り終わったからよ! 今帰るトコなんだ! 会ったのもなんだ、俺んチまで走るか?」


 十キロ走った表情には見えないのだが。

 汗を掻いてはいるが、その表情は疲労を一切感じさせない。

 瀧は知能が絶望的な分、運動能力に特化しているのだ。

 脳に栄養を回さずに、筋肉に栄養を費やしているのだろうか。


 俺は無言で頷き、瀧の家まで走ることにした。

 瀧の自宅がどこかは知らないが、流石にそう遠くはないだろう。

 走ろう、頭を空にして。

 頭を無色透明にすれば、きっと。


――――


――


「スゲーな明! よく付いてこれたじゃねーか! 帰宅部のクセによ!」


 帰宅部じゃない、今はもうオカ研の部員だ。

 そう突っ込んでやりたいが、息を吸うばかりで言葉を出せない。

 まぁ、文化部だから似たようなモノだが。


 瀧は休憩をはさまず、腕立て伏せを始めた。

 只の馬鹿と言うのは失礼だったかもしれない。


「ヤベ、犬のウンコ触ってた! どうりでなんかヤワラケーと思ったんだよなぁ」


 ……運動馬鹿というのが正しいかな。


 ある程度呼吸を整え、水道の水を頭からかける。


 冷たい。


 実際の温度は熱帯夜という事もあってぬるいんだろうが、今の俺の体温ではそうは感じない。

 そのまま流れで水を飲む、少し鉄の味がするな。


 瀧の元へ歩いた。


「瀧、ここがお前の家だと言うのなら、その証拠をよこせ」


「証拠ぉ? んなもんねーよ!」


「じゃあ俺は信じんぞ」


 俺は瀧の家、というか神社を見る。

 桜木の家の前にある寺っぽい家ではない、完全に神社なのだ。


 小さな神社ではあるが、都城に限るとそれなりの規模ではあるだろう。

 流石に桜木家の近くにある、神柱神社とは比較にもならないが。

 名は『小鷹神社(コタカジンジャ)

 俺も子供の頃、よく来たことがあった。


 瀧の証言を信じると、どうやら小鷹神社の境内に住んでいるらしい。


「つってもよー、住んでるモンは住んでるんだからよ」


「正直、瀧から神社の要素が一切感じられん」


 瀧の金色に染められたウニ頭をみながら言う。

 高校デビューらしいが、あまりウケは良くない、特にクラスの女子からは。

 まぁその最たる理由が、瀧の知能指数にあるとは思うが。


「ヨウソって何だよ、俺に難しい言葉を使うんじゃねー、覚えられねぇから」


 いやはや。


「お前が神社に住んでるようには見えないんだよ」


 イメージ的にはモノ静かで、多少の教養がある人物像が浮かぶ。

 それに瀧は一切合致しないのだ。


「親が住んでんだからしょうがねぇだろ! あ、親呼べばいいのか!」


 閃いたとばかりに声を上げる瀧。

 いるなら早く言え。

 というか、


「いや、呼ぶ必要ないだろ、俺もついていけばいいだけの話だ」


「天才かよ」


 馬鹿かよ。


――一分もかからず、瀧の自称自宅に到着した。

 一軒家で、少し年季の入った民宿のような自宅だ。

 実際に、複数人の従者が住んでいるのだろうか。


 瀧がバンバンと玄関を叩く。この素振りからして、本当に住んでいるのやもしれん。

 しばらく待っていると、玄関の鍵を開ける人影が見え、影の正体はゆっくりと扉を開いていく。

 そして初老の白髪が目立つ男が現れた、瀧の父であろう。


「瀧君、鍵は渡していたと思うんだけど」


 男は風体に合った柔和な表情で、瀧にドアを開きながら言う。

 角度的に、まだ俺には気付いていないらしい。


 対して瀧は両手をパンと合わせ、


「ワリィ! 無くした!」


 なんとも瀧らしいことを言ってのけた。

 男は半ばわかりきっていたかのように、はははと軽く笑う。

 そして扉を開けきった所で、俺と目が合った。


「どうも」


 何もアクションを起こさないのも失礼なので、頭を軽く下げる。


「やぁ、瀧君の友達かな?」


「クラスメイトです」


 否定しておく。


「そうそう! 帰ってる時に会ったもんでさ! 一緒に走ってきたんだよ」


 瀧の発言に同意するように、俺も頷くことにした。

 だが、


「……」


 男は俺をジッと見たまま、体を固めていた。

 雰囲気こそ柔和ではあるが、何も喋られずに見られるのは気分が悪い。

 

――いや。


 この男が見ているのは俺じゃない、俺の上だ。

 暗くて最初はわからなかったが……間違いない。


 何かあるのだろうかと思い、上方と後方を確認してみるが、何もオカシイ部分は無い。


「おーい」


 痺れを切らした瀧が、男の前で大きく手を振った。


「ああ、すまない。少しだけボーっとしていたよ」

 

 再びはははと笑う男だったが、その目は笑ってはいなかった。

 男は今度俺を見て、


「今から、時間はあるかな」


 断るに決まっている。

 気分も随分落ち着いた、であれば桜木をどうやって助けるかを考えるのが最優先だ。

 会ってまだ数分の男と話す等、桜木の命を蔑ろにする行為ではないか。


「すいません、用事があるので」


 そう言えば、本当にここは瀧の家だったのか。

 人を信用できないのは、俺の悪い癖だな、謝っておこう。


 そう思いながら、軽く会釈をして帰ろうとしたのだが――。


 言った。


「――ところで君」


 その男は言った。


「――タイムリープって、知ってるかな」

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