第十七話 『指切りゲンマン』
六月二十八日
「さて」
分かってはいたが、七不思議の情報は今回も集まらなかった。
かと言って一切聞けなかったわけでもなく、花子さんについての情報だけはリープ分と合わせるとそれなりだ。
放課後と昼休みに出現しやすいこと、ノックをするとちゃんと返してくれること、特に悪さをするワケではないということ。
まぁ桜木を救うことが最優先なので、俺自身あまり熱心に活動していたわけじゃない。
この情報は全て桜木から聞いたものだ。
「帰るか」
運命の時間は、刻一刻と迫っていた。
「っふ、了解だ」 「ええ」
この数日間、光貴も一緒に帰っている。
光貴の運動神経や体格を考えると、もし万が一桜木を襲う輩に遭遇した際に、足手まといになるのは明白だが、まぁしょうがない。
桜木と帰って、光貴とは帰っちゃいけないなんてことは無いからな。
「東堂さんも一緒に帰れれば良かったのですが」
桜木が残念そうに言う。
桜木が誘ったのだから、東堂のようなたらし、キザ野郎は断らないと思っていた。
まぁ一応進学校だし、十中八九塾か何かだろう。
この数日間全て断ったというのが気になったが……別に郊外でも活動しているのかもしれん。気が向いたら聞いてみよう、向くことは一生ないだろうが。
――――
――
「明、俺の問いに答える気はあるか」
「質問次第では、黙秘。もしくは無視する」
「っふ」
日が陰始めたあたりで、光貴が喋りかけて来た。
「なぜ桜木さんと一緒に帰ろうと思ったんだ? 明なら一人で帰りたがるだろう」
ごもっともで。
さて、なんと答えようか。
「私も、少し気になります」
隣にいる桜木が俺を覗きこむ。
立ち位置としては俺と桜木が前で、後ろに光貴だ。
三人並ぶと危ないからな。
「そうだな、黙秘する」
「駄目です」
駄目なのか、いやはや。
「もしや明、桜木さんの前じゃ言えない事なのか!? であれば僕の邪眼が、明を闇へと誘わざる終えなくなるぞ!」
「別に桜木がいるから言えないって話じゃない、色々あるんだ、色々」
こちらとしては、まだ突っ込んでくるだろうという気でいたのだが。
「そうか、わかった」
意外とあっさり引いてくれた。
そして少し間を空けて、
「無理するなよ、明」
まるで俺がリープしたことを知っているような口ぶりに、思わず振り返り光貴を見る。
「どうした? っは! まさか邪眼が不意に発動したのか!? スマン明、スグに世界樹の葉で治療を!」
気のせいだったか。
光貴が成長しすぎて道路にはみ出している庭園の葉っぱを千切り、何やら呪文っぽいモノを唱え始めた。
無視しよう、というか勝手に千切るな。
「それはそうと桜木、前にも言ったがここ最近、神柱神社で不審者の目撃が目立つらしい、万が一のこともある、ちゃんと戸締りだけはしておいた方が良いぞ」
「ふふっ、心配しすぎですよ。なんだか最近の明さん、ちょっとヘンです」
「しばらくしたら元に戻るさ」
無色透明な高校生活を主体とする人間にな。
しばらく歩き、光貴と別れて桜木と二人になる。
そう言えば女子と二人で歩くのにも、大分慣れたな。
そこは桜木に感謝せねばなるまい、不幸中の幸いであろうか。
もっとも、その不幸があまりにも理不尽かつ絶望的ではあるが。
「桜木」
これから起こるであろう事柄に、強い不安を覚え思わず桜木の名前を呼ぶ。
「はい」
いつも通り、裏表の無い笑顔で返事する桜木。
――止めてやる、俺がかならず。
「……指切りゲンマンって、知ってるか」
「当たり前ですよ、やっぱり変です明さん。いつもは最低限しか喋らないのに」
そう言われるとそんな気がする。
心の中では色々言ってるんだけどな。
「その、なんだ、約束しないか」
「何をですか?」
自分が思っている以上に、俺は臭い行動をする人間なのかもしれないな。
光貴のことを馬鹿に出来ないぞ、はは。
いつもは逸らしてしまう視線を今回だけは逸らさない様に、しっかりと見つめる。
「また明日、会う約束だ」
そこまで言い切って、あまりの恥ずかしさのあまり視線を逸らしてしまう。
だらしのない男だ、いやはや。
顔も熱い、多分メチャクチャ赤いに違いない。
「ふふっ、もちろんですよ。また明日、お会いしましょうね」
桜木が小指を差し出す。
「ああ、約束だ」
絹の様に滑らかな肌をした桜木の小さな手。
触れていいのかすら考えてしまう美しさを持った少女を、誰が殺させるか。
「ゆーびきーりゲーンマン嘘付いたら針千本のーますっ、指切った!」
桜木も恥ずかしかったのであろうか、少しだけ手に汗が滲んでいた。
顔を上げて桜木を見る。
「少し、照れますね」
やはりそうらしい。
「まぁ、多少は」
多少所じゃないが。
「もうっ、素直じゃないんですから」
そう言われましても、こればかりはどうしようもない。
少しの間が空く、そろそろ桜木の家に付きそうだった所で、再び桜木が口を開けた。
「時に明さん、KINEはやってらっしゃいますか?」
そう言えばあったな、こんなイベントも。
「ああ、もちろん。今時やってない奴いないだろう」
まぁやってなかった訳だが。
リープ前はやっていたのだから、嘘では無い、一日程度しか使ってなくてもな、うん。
「でしたらコチラの番号を――」
――――
――
時刻は十九時、おそらく桜木が何者かに襲われるであろう時間は、このあたりのハズだ。
桜木の家の近くの神社、神柱神社で念の為待機しておく。
俺自身何か出来るワケでもないが、家でのんびりするのはまっぴらだ。
事前の準備は済ませておいた、あとは犯人が捕まるのを待つだけだ。
桜木の家の方角を見る、見えるのは屋根だけだが、それでも俺の不安を和らげるには十分なモノだった。
準備と言っても、そんな手の込んだモノじゃない。
不審者の情報を、警察に匿名で伝えただけだ。
もちろん、実際に不審者を見たワケでもない。
警察も匿名だけでの情報では、あまり熱心に見回りをしないだろう。
それは事前に予測できていた、だから――。
俺はこの数日間、不審者のフリをしこのあたりを徘徊していた。
フードにマスク、サングラスとこれでもかと不審者っぽい恰好をして、このあたりをうろついていたのだ。
そして、予め警察に不審者情報を流しておく。
何度か捕まったが、そこはルーズ&リープを使って逃げ切った。
もちろん、今は普通の格好だ。
「君、この時間まで何してるの?」
ふいに、声をかけられた。
振り返るとそこには制服を来た警察らしき男が一人。
数秒俺を訝し気な表情で見ていたが、何かを確認すると警戒を解く。
「今不審者が神柱あたりを徘徊してるらしくてね、スグに家に帰った方が良いよ」
声の感じからして、新米の警官だろうか。
さて、なんと答えよう。
「わかりました、八時になるまでには」
「自分たちが見回ってるから大丈夫だろうけど、十分気を付けてね、不審者の目的もよくわかってないし」
はは、と笑う警官。
俺も愛想笑いで返す。
「は、はは」
……下手くそだな。
「じゃあ僕は見回りを続けるから、なるべく早く帰るようにね」
はい、と返事をする。
警官が俺への警戒を解いた理由は、おそらく上長東の校章にある。
一応進学校で、評判は悪くないからな。これが不良で知られる高校だったとしたら、こう簡単に下がってくれなかっただろう。
少しノドが渇いたな、自販機で何か買うか。
六月も後半に入り、気温と湿度は尋常じゃないくらい高くなっていた。
熱帯夜に耐え切れず、俺は自販機でペットボトルのサイダーを買い、口に流し込む。
――バリン。
「ごほっ」
ガラスが割れた様な突然の異音に動転し、サイダーが器官に入る。
だがそんな事気にしてる場合じゃない、音の正体は何だ? 不審者か?
音が聞こえた方向は、桜木の家方面。
鳥達が一斉にして、神社の木から逃げるように飛び立っていく。
――最悪の事態が頭を過る。いや、そんなワケあってたまるか。
俺はペットボトルを投げ捨て、桜木の家へ向かった――。