第十六話 『美味しかったぞ』
突拍子もない事を言ってきた、桜木の姉であろう彼女。
全体的に凛とした格好をしており、桜木のどこか不透明な雰囲気とは別物だ。
身長は百七十程度だろうか、女性にしてはかなりの高身長。
黒髪を高めのポニーテールにしており、桜木の髪と同じでクセっ毛一つない。
目はかなり大きく、桜木と血の繋がった姉妹であることを強く感じさせる。
「ち、違うよお姉ちゃん! 友達! 部活の友達なの!」
慌てて否定する桜木、両手をブンブン振っている。
荷物の紐が千切れるぞ。
ふむ、友達か……知り合いですと訂正したい所だが、そこまで空気の読めない人間ではありたくない。
ここは流れに身を任せよう。
「ふぅん? アンタ、名前は? 私は桜木蘭よ、遥のおねーちゃんやってる」
少しばかり訝し気に見てくる桜木の姉、蘭。
安心して下さいお姉さん、俺が桜木と釣り合う男でない事は自負している。
「黒木明、オカルト研究部の部員です」
「ちなみに副部長です」
「はぁ!?」
思わず声が出てしまった。
新事実である、どうやら俺はオカ研の副部長だったらしい。
いや、本人の許可はどこへ行った。
「ごめんなさい明さん、あくまで形式上ですので」
「一応断る」
「断れません」
いやはや。
「ふぅん、仲良いのね。ところで夫婦漫才してる所悪いんだけれど、この荷物持ってくれない?」
桜木ではなく俺の方を見て言ってきた。
この蘭と言う美女、桜木と違って随分と厚かましいというか、なんというか。
いや、桜木もそういった片鱗は見られるな、成長したらこうなるのだろうか、ぜひとも止めてほしい所である。
「ありがと、付いて来て」
「お、お姉ちゃん! 黒木君も忙しいんだから!」
「なに遥? もしかして男の子家に入れるのに緊張してるの?」
悪戯っぽく言う蘭。
なんとも妹をからかうのが好きな人間である。
姉妹とはこういうものなのだろうか、少し羨ましいかもしれん、今は一人っ子だからな。
「違うよ! もうっ」
「じゃあ良いじゃない、家男手いないんだから。あ! ついでにご飯も食べてく?」
「いや、流石にそれは……」
まぁ家に帰ってもコンビニ弁当が確定しているワケだが。
日曜だから親は帰ってこないし、自分で料理を作ろうとも思わん。
だが、それでも桜木の家でご飯を頂くのは抵抗がある。
「ほ、ほら! 黒木君もこう言ってるし!」
「実はね黒木クン、遥って凄く料理が上手なの、食べてみたくない?」
「お姉ちゃん!」
桜木の手料理か……。
――食べてみたい。
いや、だが無色透明に反する。
あくまでリープを使うことへの枷を外しただけで、無色透明の理念を捨てたワケではないのだ。
……一応メニューを聞いてみよう。
「ちなみにメニューは」
「ハンバーグよ」
「ぜひ」
「明さん!?」
あ、しまった。
ハンバーグと言われてついつい反応してしまったか、いやはや。
なら仕方ないな、ご馳走になるしかない、うん。
「スマン桜木」
「もうっ、別に構いませんけど」
そう言って少し桜木は間を置き、
「家族の方には連絡しなくて大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫だ。どうせ一人だし」
「誕生日なのに、可哀想です」
桜木は目を伏せる。
そう言えば今日は俺の誕生日だったか。
リープを繰り返すうちに、あまり自分の誕生日に関心を持たなくなったのだ。
確かに親も薄情者だな、まぁそれも仕方ない。
「ところで黒木クン」
蘭さんが歩き出しながら喋りかけてきた。
俺と桜木もそれに付いて行きながら、相槌を打つ。
「桜木だと私か遥かわからないじゃない? だから遥って呼んであげて」
断る。
と言いたいが、目上の相手に言うのは気が引ける。
「何? もしかして照れてる? 別に意識することじゃないわ、遥もアンタのこと下の名前で呼んでるし」
「まぁ、それもそうですけど」
だがなぁ。
異性を下の名前で呼ぶのは、どうにも抵抗があるのだ。
「お姉ちゃん、黒木君をからかわないのっ」
「あ、でも遥ね、私の前では黒木君って呼んでるのよ? この意味わかる?」
「お姉ちゃん、いい加減にして!」
おお、桜木が怒るのは初めて見たな。
これが桜木の怒か、喜怒哀楽、全ての表情をコンプリートしたようだ。
桜木は蘭さんに顔を詰め寄らせ、ワーワー日々の愚痴やらなんやらを言い始めた。
――――
――
「もう直ぐできますので」
「おう」
ハンバーグの焼ける、食欲を誘う匂いを堪能しながら、失礼ではあるが桜木家を観察、整理する。
正面にある寺のイメージから、あまり新しい家ではないと思っていたのだが、その予想とは裏腹、和風な建築ではあるが築五年も経っていないであろう家だった。
一階建てだが横長で、かなり広い。そして正面の寺、この家、さらに別館の家が隣に建ってある。
豪邸とまでは行かないが、かなりご立派だ。裕福な家庭なのは誰の目から見ても明らかであろう。
どうやら祖父母とは別々に暮らしているようで、別館の方に住んでいるらしい。
「遥ー私もうお腹ペコペコー」
なんだこの姉は。
とんだぐうたらお姉ちゃんである。
まぁ、家事を役割分担しているのであろう、そうに違いない。
洗濯とかは蘭さんの担当なハズだ、多分。
どうやら、桜木家の両親は不在らしい。
桜木の慣れた様子から見ると、親がいないことは日常茶飯事なのであろうか。
少しばかり親近感を覚えるな。
さて。
「蘭さん、桜木ってストーカーとか、そういう被害にあってたりしますか」
せっかくの猶予期間だ、使わない手は無い。
「私の方を下で呼んでどうするのよ、生憎だけど彼氏いるわよ」
軽口の多い人だ。
だが蘭さんはスグに表情を変え、考え込む。
「んー、私は聞いたことないけどねぇ。でも遥って溜め込む所あるからなぁ」
確かに、桜木にはその傾向がある。
光貴の一件の時も、俺に何も言わず勧誘活動を続けていた。
そしてオカ研を作った理由、体の紋様についても、何も知らされていない。
「え、何? そういう事件流行ってるの?」
「いや、そういうワケじゃないんですけど……ここ一週間は、気を付けた方が良いかもしれないです」
殺されますから、なんて言えるハズも無く。
もちろんリープについても信じて貰えるわけがない。
「よくわからないけど、黒木クンって嘘付くようなタイプじゃなさそうだし、一応頭には入れとくわ」
良かった、それだけで十分に効果はある。
多少の警戒心だけでも、桜木を救う手立てになるハズだ。
「あ、そうだ。そんなに心配なら、遥と一緒に帰れば?」
行儀悪く箸をペン回しの様に回しながら言う蘭さん。
「いや、それは……」
「何? 恥ずかしいの? 今日も一緒に帰ってたじゃない」
だが無色透明が……いや。
桜木の命に係わることだ、無色透明の理念を優先して、人の命を捨てることなどあってはならない。
それに、俺が恐れている可能性の回避にもつながる。
「……桜木が良いなら」
「おっけー、遥ー!」
「何? お姉ちゃん」
桜木が振り向く。
「黒木クンが明日から一緒に帰りたいって」
そんなことを言ったつもりはないのだが。
「いや蘭さん、そういうワケじゃ」
「そういうワケでしょ」
箸の片割れで俺の頭を軽くたたいてきた。
まぁ、そういうワケ、かもしれない。
「で、どうなの遥は」
「私は黒木君が良いって言うなら良いけど、でも」
桜木が俺をチラリと見る。
そうだ、桜木は俺の理念を知っている。
まぁ知っていてもワリかし壊そうとしてくるのが桜木なのだが。
「俺はかまわんぞ」
「でしたら是非っ」
嬉しそうに笑いかけてくる桜木。
こういう時に愛想笑いというか、笑えればいいのだが、俺はそんな器用な奴じゃない。
とりあえず目を背ける。
「素直じゃないねぇ、黒木クンは」
ほっとけ。
「でもアリガトね、遥の部活に入ってくれて」
「まぁ」
まぁとしか言えない。
桜木の必死さに心動かされて、と言えばしっくりくるような気もするが、それを姉である蘭さんに言うわけにも行かず。
少しの沈黙が流れ、蘭さんが声のトーンを低くして口を開いた。
「これからもよろしくね、遥のこと」
さっきまでの剽軽な声色とは裏腹、何やら妙に重みのかかった声で言う蘭さん。
桜木の身に何かが起こることを予測しているのだろうか。
だがそれにしては緊迫感が無い、純粋に部活動関係か?
「出来たよー、お姉ちゃん。お皿持ってきて」
「えー、黒木クン任せた」
多少は動いてはどうだろうか。
まぁ俺も食わせて貰う身だ、多少の手伝いはせねばならん。
席を立ち、桜木のもとへ向かう。
「もうっ、お姉ちゃんたら……ごめんなさい明さん、持って行って貰えますか?」
「ああ、もちろん――おお」
思わず感嘆の声が上がってしまう。
桜木が作ったハンバーグを見て、思わず声が出てしまったのだ。
なんというかその、凄く美味しそうだ。
「お口に合うと良いのですが」
照れくさそうにそう言いながら、更にハンバーグを盛り付ける桜木。
事前に茹でてあったニンジン、ブロッコリーを添え、焼いている最中に千切りにしたであろうキャベツの上にハンバーグを乗せれば出来上がりだ。
特別な調理はされていないと思うが、どこぞのレストランで見られるような見た目である。
盛り付けが終わったハンバーグから順に、蘭さん、桜木、俺の席へ置いていく。
「ご苦労」
ポンと頭を撫でてくる蘭さん。
とりあえず無視しておく。
「照れ隠し下手だねぇ、可愛いからいいけど」
いやはや、なんともうるさい姉である。
その他味噌汁、ご飯、お茶を並べて、桜木の料理が終わったことを確認し俺も席に座る。
デミグラスソースの匂いが食欲をそそる、ごくり。
「お待たせしました」
桜木が座る。
「待ちくたびれたよ」
蘭が言う、なんて奴だ。
「で、ではどうぞ、明さん」
妙に力の入った声で言う桜木。
「いただきます」
フォークでハンバーグを崩す。
その際に溢れ出てくる肉汁に舌鼓を打ちながら、崩れた欠片を口に放り込む。
「む」
「どうでしょうか」
滅茶苦茶美味い。
下手すると俺が食ったハンバーグの中で一番美味いかもしれん。
というか今まで高級なハンバーグを食ったことが無いな、ということはこのハンバーグが今の所俺の一番だ。
「美味いと思うぞ」
……もっと上手く言えないモノだろうか。
「もっと美味しそうに言いなさいよ」
ごもっともで。
だが何というか、素直に言うのは抵抗があるのだ、理由は知らんが。
「ふふっ、ありがとうございます、明さんっ」
良かった、満足してくれたみたいだ。
まぁ演技かもしれないが、ここは満足してくれたと思っておこう。
「ふぅん」
何かを言いたげな蘭さんだったが、それを言うまでには至らなかった。
あっと言う間に完食し、せめてものお礼をと皿洗いをしようとするも、桜木によって止められた。
「大丈夫ですよ明さん、皿洗いはお姉ちゃんの仕事なので」
「っち」
蘭さんが舌打ちをしたが、桜木が無視したので俺も無視しておいた。
「じゃあ、家に帰るとする。明日は学校だしな」
「はいっ、絶対一緒に帰りましょうねっ」
相変わらず顔を合わせるのが恥ずかしくなるな、美少女であるからか、もしくは……。
「ああ」
桜木が先頭に立ち、玄関まで案内してくれる。
後ろから、ダルそうに蘭さんも付いてきた。
「じゃーねー黒木クン、次会う時にはキスくらい済ませておきなさいよ」
「お姉ちゃん!?」
いやはや。
「では、また明日お会いしましょう」
「ああ――ハンバーグ、美味しかったぞ」
「ツンデレクンだったか」
ほっとけ。
笑顔で見送る桜木と、妙にニヤつく蘭さんを後にして、俺は自宅へ帰る。
――身内の犯行じゃなさそうだな、少なくとも蘭さんが桜木を殺したわけじゃない。
帰り道に桜木が誰に殺されたのかを考えてはみるが、一切のヒントが無い。
蘭さんを見た時、もしかしてこの人がと思ったが、確実に杞憂だろう。
であれば、策をある程度貼っておくのが最善か。
俺には考えがあった、少なくとも二十八日、三日後に桜木が殺されることは回避できるはずだ。
桜木の笑顔を、俺は守ってみせる、絶対に。
まだ俺は桜木のことを何も知らないんだ、ここで死なれちゃ困る。
それに、生き方とかそんなモノ関係なしに、助けられる人の命を助けないなんて、人間じゃない。
それこそ後悔するに決まっている。
だから――俺が守ってやる。




