第十五話 『唐突』
六月二十九日
――一年F組――
なんだか妙に学校の雰囲気がオカシイ。
どうオカシイのかと言われると返答に困るのだが。
一応の進学校と言えども朝のホームルーム前はそれなりにうるさく、読書の邪魔なので控えてほしいのだが、今日に限っては集中できる程度には静かなのだ。
それがたまたまなのか、もしくは何か理由があるのか、気になるな。
何かヒントは無いものかと、周りの話し声に耳を傾ける。
――今日の現国、図書室だってよ。C組が言ってた――
ほう、今日は図書室か。
はは、楽しみだな、おそらくは読書感想文的なやつだろう。
――昨日彼氏がさー、ゼンゼンKINEの返信が遅くて―――
……桜木が怒ってなければいいのだが。
嫌われても、それは無色透明に反するのだ。
――A組の人、自殺したんだって――
ん。
明らかに日常では出てこないワードが耳に入って来る。
自殺、しかも成績上位者でのみ構成されるA組でか。
勉強へのストレスとかだろうか。
桜木もA組だな、今日の部活はあまり楽しくなさそうな気がする。
十中八九、A組の自殺がこの若干の静けさの理由だろう。
あまり現実味が感じられないが、おそらく朝のホームルームで連絡があるはずだ。
「っふ、明、おはよう」
光貴が後ろから声を掛けて来た。
とりあえず挨拶だけはしておこう。
「おはよう」
「っふ」
……なんか喋れよ。
いつもなら唐突に厨二ワールドが発生するのだが。
光貴も学校の違和感を感じ取っているのだろうか。
「明、感じるか」
おお、やはり。
「ああ」
「やはり感じるか! 明も漆黒の波動をッ!」
光貴は包帯で巻かれた左手を額に当て、右手で俺を指す。
いや、漆黒の波動は一切感じられないが。
というかそもそも漆黒の波動とは何なのだ。
ふむ、一切気にならない。
「漆黒の波動は一切感じられないが、どうやらA組の生徒が自殺したらしい」
あくまで耳に入っただけで確証はないのだが。
「なっ! それは本当か!?」
「光貴ならわかるだろう、俺が冗談を言ってるかどうかは」
「っふ、まぁな!」
じゃあ聞くなよ。
そもそも俺は冗談を滅多に言わん、ましてや人が自殺したなんて事をジョークとして言う人間じゃない。
――キーンコーンカーンコーン。
ホームルーム開始のチャイムが鳴り、光貴も自分の席へ帰っていく。
どうやらただ話したかっただけらしい。
この時間は概ね読書か、勉強をする時間だ。
もちろん俺は読書を選択、昨日読み終わってしまった本ではあるが、まぁもう一回読んでみよう。
――――
――
ホームルームが終わり、担任の教師である千葉が朝礼を始めた。
いつも通り――淡泊に――。
素っ気なく――感情一つなく――。
千葉は立ち上がり、
「朝礼を始めます」
無機質に――一切の表情を変えず――少し淡が絡まったような掠れ声で――。
「知っている生徒もいると思いますが、一年A組の桜木遥さんが亡くなられました」
は。
は?
んなわけなかろう。
「はぁ!?」
後ろから驚嘆を上げる声、光貴だ。
クラスでは大人しい光貴であってもこれには声を上げざるを得なかったようだ。
なんにせよ、
「こら黒木、どこへいく」
確かめる必要がある。
俺は無人の廊下を走り、ここから一番遠い教室一年A組へ向かった。
道中何人かの教師に教室から声をかけられたが、今はそんな場合じゃない。
「桜木!」
A組に入るなり、叫ぶ。
驚いて俺を見る生徒達だが、すぐに視線を下に向けた。
だがそんな事はどうでもいい、桜木、桜木はどこの席だ。
A組を見回すが、桜木の姿は無い、見知った数名と目が会うだけ。
そして千葉が言った言葉を証明するかの様に――一席だけ空席があった。
「誰の席だ、ここ」
誰も答えない。
おい、やめてくれ、答えろよ。
「そこまでだ」
突然、後ろ襟を捕まれる。
振り向くと、そこには学年主任の姿があった。
どうやら俺を捕まえに来たようだ、奇行に走った俺を止めに来たんだろうか。
「桜木、桜木は!」
「……黒木、落ち着け」
「落ち着くには確証が必要です、桜木はどうしたんですか!?」
「……亡くなられたよ、本当だ――」
「嘘を付け! 桜木が自殺なんてするハズが無い! どういう冗談だ!」
「冗談じゃないっ! 黒木、気持ちはわかるが、冷静になれ」
「なれるワケ無いでしょう!? 昨日だって……昨日だって!」
それ以上、俺の口から言葉は出てこなかった。
代わり出てきたのは叫び、嘔吐にも似た叫びを、ただ発するしかなかった。
なぜ、なぜ桜木は自殺なんかしたんだ。
昨日約束しただろ、明日も会おうって――。
その時、ある確信が生まれた。
――自殺なんかじゃない。
付き合いは短いが、桜木は絶対に自殺しない、そう言い切れる。
であれば事故であろうか、いや、事故なら事故と言われるハズだ。
桜木は殺されたんだ、誰かに……そうに違いない。
普通の人間であれば咽び泣き、後悔するしかないこの状況。
だが俺は違う、この現状を、桜木の死を変えることが俺には出来るんだ。
使え、下らないプライドを捨てろ、今だけは――。
――ルーズ&リープ。
――――
――
六月二十五日
「ど、どうされましたか!?」
「桜木……」
手に持っていたであろう、荷物が下に落ちてある。
少し派手めな紙袋には見覚えがあった、ミクシーズの袋だ。
――となると、日曜か。
ルーズ&リープは、自分の意思ではリープ先を指定できない。
ある程度予測は出来るのだが、今回はその予測すらも大きく外れてしまった。
俺のリープを具体的に説明すると『後悔を取り消せる時にまで遡る力』と説明するのが正しいだろう。
だから俺は、今回のリープ先は桜木が何かしらの理由で死んでしまった、殺されてしまった当日の、夕方あたりだと思ったのだが。
まぁたまにそういった時もある、今回もイレギュラーが発生したのであろう。
「悪い、落としてしまった」
慌てて袋を取る。
「大丈夫ですか? 少し顔も赤いですし……もしかして風邪を惹かれたのでは?」
「あ、いや、大丈夫だ、スグに治る」
ルーズ&リープは精神のみをリープさせる能力、だから基本的に体の変化は現れない。
だがリープする前に怒っていたり、泣いていたりすると、その余波がリープした後にも現れるのだ。
「皆さんそう言うんですっ!」
そう言って桜木は俺に近寄ってきて、
「やっぱり少し熱いですよ」
俺の額に手を当ててきた。
少し冷たさの感じる桜木の雪のような手、だが生きている、桜木は間違いなく生きているのだ。
「……桜木、悩みとか、ないのか」
もし万が一、桜木が自ら命を絶ってしまうほどの悩みを抱えているのなら――そう思って聞いたのだが。
「悩みですか?……そうですね、あるにはありますが」
あるのかよ。
そして桜木は少しだけ考えるように沈黙し、
「明さんのおかげで、今はもう大丈夫ですっ」
そう言って照れた様に微笑む桜木。
俺のおかげか……部活の事だろうか、もしくはあの紋様。
どちらにせよ、
「そうか、ならいい」
確信に変わった、桜木は自殺なんかじゃない。
俺は守ってみせるぞ、桜木を、桜木遥を。
別に桜木を好きだから助けるんじゃない、俺に人の命を救える可能性があるならば、その可能性を無視して生きていくことは俺には出来ない。
そんなのは俺じゃない、人間じゃない。
助けられる命があるのならば、俺の目標なんざどうでもいい。
「桜木、俺が守ってやる。だから安心しろ」
「え? あっ、はい……それはつまり?」
しまった、つい言ってしまった。
なんという恥ずかしいセリフ、妄言なのだ。
「忘れてくれ」
「忘れられません」
忘れられないか、いやはや。
――守らなければならない、桜木だけは。
「あ! 遥ー!」
聞きなれない声が耳に入って来た。
俺は声の方を見る、買い物袋を抱えた背の高い女の人だ。
桜木の知り合いであろうか、もしくは肉親か。
「お姉ちゃん!?」
どうやら桜木の姉らしい。
というか驚きすぎだな。
「え、あ、えっと、どうしましょう!?」
「どうするも何も、待ってればいいだろ」
「そ、それはそうなのですが!」
そうこう言っているうちに、桜木の姉が近くまで来る。
「珍しいね、遥が男とデートなんて」
ん。
はて。