表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/48

第一話 『無色透明』

「ですので、どうかオカルト研究部に入部して頂けませんか」


 高校に入学してしばらく経ち、桜の木は緑黄の葉を茂らせていた。

 そんな五月の放課後、俺は美少女から部活勧誘を受けているワケだが。


「断る」


 申し訳ないが、その要求に応える事はできない。


「なぜですか? えっと――お名前は?」


 名乗るべきか、それとも田中太郎なんて適当な偽名を使ってやり過ごすか。

 名前を言うのを渋っていると、美少女は華奢な手を胸のあたりで合わせ、


「ごめんなさい、先に名乗らないと失礼ですよね。私の名前は桜木、桜木遥(サクラギハルカ)と言います」


 桜木と名乗った黒髪の美少女は、その姿に似つかわしい品のある姿勢で礼をしてくる。

 育ちの良さが垣間見えたが、俺にはそれが妙な違和感となっていた。

 美少女とオカルト研究部なんて怪しい部活が、どうにも俺の中で噛み合わないのだ。


「……黒木明(クロキアキラ)だ」


 とりあえず名乗られたからには、本名を言っておこう。


「クロ……明さんですね、これから宜しくお願いします」

 

 言い直す必要なくないか、それ。

 いや突っ込むところはそこじゃない、何がこれからヨロシクだ、俺は入部するとは言ってないぞ。


「いや、だから部活には入れないと」


 美少女は礼をした際に少しだけ崩れた髪を整えながら、


「どうして入部してくれないのですか? 楽しいですよ、部活は!」


 もちろん理由はある。

 別にぐうたらな生活を送りたいから、帰宅部として活動しているワケではない。


「俺の理念に反するからだ」


 下校中の生徒に視線を移動させ、言った。

 桜木は首を傾げる。

 ……少し、教えるのに抵抗があるのだが。


「俺の理念は、無色透明な高校生活を送ることなんだ」


「無色透明?」


 桜木は更に首を傾げ、顔を少しだけ近づけてくる。

 それに対し足を一歩後ろに引き、理念の説明を始めた。


「一つ、目立たない。一つ、成績は中の上。一つ、人と深く関わらない」


 桜木は顎に手を当て、しばらく考えるように下を向く。


「つまり明さんは、成績は程々になるべく目立たないで、人と関わらない高校生活を送りたいと」


 その通り。

 首を縦に動かす。


「そういう事だ。だから部活には入れん、では――」


 桜木に背を向け、自転車を取りに行くべく自転車小屋へ向かおうとしたのだが、


「も、もう少しだけ考えてみられては!」


 それは桜木によって阻止された。

 桜木は俺のシャツの袖を掴み、逃げないでと目で訴えてくる。

 いやはや、なるべく早く帰るのが帰宅部の最たる活動だと言うのに。


「というか、一年で部活を作るなんて無理があると思うのだが」


 桜木は俺と同じ一年だ。

 制服の真新しさから見て、まず間違いない。

 というか肌白いな……胸も他生徒より大きい気がする、流石美少女と言うべきか。


「顧問の先生と部室は確保したのです」


 おおそれは凄い。

 一年の開幕から部活を作る程行動力のある人間は、早々いないだろう。

 

「ですが部員がですね……残念ながら、私だけでして」


「確か、部員は四人以上じゃないと駄目だったか」


 どこで聞いたかも忘れたが、確かそうだったハズだ。

 どうやら正解だったようで、桜木は裾を掴んだまま「はい」と返事をする。


「ですので、どうかオカルト研究部に!」


「断る」


「断れません」


 断れないのか。

 ……強制的である。

「はい」と「いいえ」の二択にもかかわらず、「はい」を選択しない限り永遠に進まないゲームを思い出させるな。

 やれやれ、面倒な奴に絡まれてしまったか。

 帰宅部の活動を怠け、少し寄り道してしまった事が悔やまれる。


――使うか。


 なるべく使いたく無いのだけれども、使わなければ無色透明に陰が入る事は明白。


「悪いな桜木、逃げる事にする」


――ルーズ&リープ。


――――


――


 ふむ。

 目の前はクラスの下駄箱だった。

 どうやら靴を履き替える所にまで(サカノボ)ったらしい。

 まぁここまでリープすれば、桜木の勧誘は回避できるだろう。


――俺は、タイムリープが出来る。


 物心付いた時から使えた能力だ。勝手に名称を付け『ルーズ&リープ』なんて呼んでいる。

 色々と制約はあるが、中学までは随分このチートを利用した。

 だが今ではよっぽどのことがないと使わない、というか使いたくない。

 まぁ……さっき使ったが。


 さて。


 帰るか。


 別に入部を拒否したからと言って、桜木に何か起こるワケでもない。

 であれば俺は、無色透明の日々を安寧に過ごしていくだけだ。

 桜木には別の奴を当たって貰おう。


――――


――


 雨の日も、風の日も。

 いや、風の日は別に支障ないだろうが。

 あるとすれば、スカートの中が多少見えそうになるくらいか。


【オカルト研究部・部員募集中です!】


 そう淡麗な字で書かれた紙を両手で持ちながら、彼女は部活勧誘を行っていた。

 ここ二週間、毎日。


 六月に入り、制服も半袖に切り替わる時期となったにもかかわらず、桜木は未だ勧誘活動を行っていたのだ。

 どれだけ勧誘が下手なのであろうか。

 いや、そもそもオカルト研究部なんて名称の部活自体、怪しすぎる。

 常識のある高校生なら、率先して入ることは先ずないだろう。


 桜木の見た目に惹かれたのか声を掛ける生徒も数名いたが、入部する気は無かったようで、未だに部員は桜木だけらしい。

 俺が見ただけの数だから、更に多くの人数がいたんだろう。

 結果は全て失敗だったようだが。


「すいません! 少しお時間を頂けませんでしょうか」


 だが、それでも桜木は諦めていないらしい。

 今も部活用具を持っていない生徒に声を掛け、勧誘を始めた。

 

 しかし残念ながら断られた様で、桜木は僅かに目を伏せる。

 何度この光景を見ただろうか、あ、いや、別にずっと見ていたワケじゃない。

 俺のちっぽけな知的好奇心が災いし、放課後の数十分だけ、オカルト研究部は存続できるのかを遠目から見ているのだ。


 最初はすぐ飽きるだろうと思っていたのだが、どうやら自分の習慣として根付いてしまったらしく、なんだかんだ毎日オカ研の部員勧誘を見守っている。

 

 今日も収穫は無さそうだな。

 いい加減、諦めたらいいだろうに。

 多少の後悔はあるだろうが、続ければ続けるほどに、その後悔は雪玉のように増大していくのだから。


 さて。


 帰るか。


――――


――


 翌日の放課後。

 今日はオカ研の部員勧誘を観測することは出来ない。

 なぜなら俺が、日直だからである。


 日直は放課後に教室の清掃や、明日の準備をしなければならないのだ。

 多少面倒ではあるが、しょうがない。


 適当に日直の仕事をこなし、施錠をする。

 鍵を職員室にまで預ければ仕事は終了だ。


 ……一応、探してみるか。

 ついでだ、あくまでついで。

 

 教室を出て、一年棟を過ぎる。

 職員室がある棟はここからかなり離れていて、一年棟、二年棟、三年棟を超えた先にやっとある。


 校内でランニング中の運動部とすれ違い、少しだけ目が合った。

 ユニフォームからしてバスケ部か、顔は茹でダコのように赤く、冬であれば蒸気が頭から出ているであろう。

 その姿に少しの敬意を込めて、そいつが見えなくなるまで目線で追う。


 俺とて、部活動が嫌いなワケじゃない。

 無色透明をクリアできる部活があれば、是非とも入部したい所だ。

 だが残念ながら、それはもはや部活動では無い。


 この時間の学校は、思った以上に活気で溢れていた。

 吹奏楽部の時折外す音色、運動部たちの少し熱すぎる声。

 文化部も、それなりに有意義な時間を過ごしているのだろう。


――居ないな。


 いつもの場所に桜木はいなかった。

 他にもいそうな場所を適当に探してはみたが、どうやら帰宅したらしい。

 まぁ部活に属していない生徒は殆ど帰宅してる時間だしな、諦めて帰ったんだろう。

  

 そうだ、それで良い、後悔しなくて済む。


 桜木が居ないことを確認し、そのまま職員棟へ向かった。

 そして、


「お願いします! あと、あと三日だけも!」


 名も知らない教師に、桜木はこれでもかと頭を下げていた。

 彼女、桜木遥は諦めていなかったのだ。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
押して頂ければ幸いです
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ