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あまやどり

作者: 神崎黎

 暑い日のことでした。空太くんは公園からの帰り道、夕立にあってしまいました。

 晴れていた空があっという間に真っ黒な雲に覆われ、ぱらぱらと降りだしたかと思うと雨の音しか聞こえないくらいのものすごい土砂降りになってしまったのです。雷の音もものすごいので、怖くなって途中にある神社の大きなイチョウの木の下に駆けこみました。

青々とした葉を茂らせているイチョウの下にいると、雨もぽつぽつとしか落ちてきません。

ふるる、身体をふって雨粒を飛ばします。

「すぐにやむかなぁ。とおりあめってやつだといいけど」

とおりあめ、とはお母さんがよく使う言葉ですが、空太くんにはあまり意味が分かっていません。

灰色の雲が広がる空を見上げていると、雨のしずくがほっぺたに当たります。それが不思議な事にどうも、上からの雨粒ではないのです。

「んん?」

 ほっぺたに手を当てて空太くんは周りを見回します。だれもいないのに、どこかからしずくがはねかえって飛んできているのでした。

 よくよく見ると、空太くんの斜め前くらいで雨つぶがはねているのが分かります。何か、いるのです。

 空太くんはそおっと手を伸ばしてみます。

「え、ええっ? 何これ」

 てのひらに柔らかいものが触れてびっくりして手をひっこめました。

 怖くなって逃げだそうとしますが、足が動きません。すると。

「いってぇなぁ、いきなり頭たたくなんてひどいや」

「ひゃあっ」

 空太くんの目の前に、傘のお化けが現れました。妖怪図鑑で見た、昔の傘に顔がついた一本足の傘のお化けです。

 空太くんは幹の反対側に回って隠れました。

「おっ、お化け!」

「ひぃ、人間!」

 化け傘の方も空太くんを見てびっくりしているようです。

「何するんだよぉ、頭たたかれたら痛いだろ」

「あ……ごめんね」

 頭をなでながらこちらを見てくる顔はユーモラスでちよっと泣きそうで、そんなに怖くないのかな、と思った空太くんは素直に謝りました。

「何かいるなんて思わなかったんだ。きみ、傘のお化けなの? こんなとこで何してるの」

「おめえと同じだよ、雨やどりだ」

「は?」

 思わず首を傾げます。傘が雨やどりするなんて、何かおかしい気がします。

「どうして? きみは傘なんだから雨だって平気だろ」

「どうして、だって? おめぇ、よく考えてみろ。傘ってのは自分が濡れないように使うもんだ。おいらは本体が傘なんだから雨ン中歩いてたら自分がずぶ濡れになるだけでカゼひいちまうじゃないか」

「なるほど」

 言われてみれば化け傘のいうことももっともです。

 化け傘は困ったように空を見上げてしきりにため息をつきます。

「ああ、困ったな。このままじゃ間に合わない」

「どこかに行くの?」

「これからあの山に行かなくちゃいけないんだ」

 化け傘が指さしたのは、町はずれの山です。そう高くはないのですが、危ないので入ってはいけないと、この辺りの子どもは注意されているところです。

「何か用があるの?」

「月に一度、どれだけ人間を驚かしたのか、報告しあうんだ。それに出ないとえらい妖怪さまに怒られるんだ」

「へぇ」

なんだかパパみたい、と空太くんは思いました。

「でもなぁ、おいら今月まだひとりも驚かしてないんだよなぁ。行かなきゃいけないけど行きたくないなー」

化け傘はますますパパみたいなことを言いだします。

「あ、ぼくさっき驚いたよ。これでひとりじゃない」

「そんなに驚いたように見えなかったけど、今どきの子どもはあんなもんか」

「そうそう。漫画とかアニメでそういうの見慣れてるんだよ。ほら、行かなきゃいけないなら行って済ませてきた方が気が楽だよ」

これはいつもママがパパを励ますときに言っていることです。頭を抱えていた化け傘はしばらくうーん、と唸ってから目を見開いて空太くんを見ました。

心なしかその目がきらきらしていて、どうやらとても感激しているようです。

「おめぇ、ガキのくせにいいこというんだな。おいら、がんばってみるよ」

でも、雨はまだやみません。

空太くんはふいに、リュックの中にカッパが入っていることを思いだしました。ママはとっても用意がいいのです。

「いいもの貸してあげる。これなら降ってても大丈夫だよ」

「なんで今まで出さなかっただ?」

「は、入ってるの忘れてただけだよ」

「おめぇもけっこう間抜けだな」

「うるさいな」

さっそくカッパを着せてみますが、化け傘は人間とだいぶ形が違うのでなかなかに苦労しました。何度も着せかけて試してみました。どうにか頭にすっぽりかぶるようにして、完成です。

 両手を広げて化け傘は首を傾げます。

「これ、似合うだか?」

「そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ。ほら、早く行かないと日が落ちるよ」

 上空はまだ黒い雲が広がっていますが、西の空はうっすらと晴れていて、金色の雲の隙間からおひさまがのぞいています。

「ああ、本当だ。ありがとな、ぼうず」

 化け傘は手を振って、ひょこひょこと雨の中を飛びはねていきました。一本足なのでそんな歩き方なのでしょう。はねる度に身体と形の合っていないカッパががさがさ鳴っています。

 化け傘が雨の向こうに消えていくのを、空太くんはじっと見つめていました。

「……あれがおばあちゃんの言ってた化け傘かなぁ。今日はちゃんと妖怪会議に行くから大丈夫だね」

 ぱん、とイチョウの幹に何かが当たります。振り返った空太くんはしっぽが出ていることに気づいて慌ててお尻をおさえました。

「いけないいけない。これだからキツネ族の男はダメなんだってまた怒られちゃう」

 えい、っと声を発すると茶色のふさふさしたしっぽはすうっと消えました。

「ぼくもそろそろ帰らないとママに叱られるな。しょうがないから走っていこうか」

 ふう、と空太くんは息を吐いて雨雲を見上げました。

 

 

少しだけ雨足の弱くなった夕暮れのなか、黄金色の子ぎつねが町を駆けていきましたが、人間は誰も気づきませんでした。


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