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たこ焼きと、焼きそば

「この28DDCVは、全長が266メートル。引き渡されれば、海上自衛隊最大の護衛艦『しなの』になる予定です」

 弩の母親の秘書、六分岐さんが言った。

 全長266メートルという数字を表現するとつまり、目の前が全部壁だ。

 岸壁にいて目の前まで近づいていると、これが果たして船の形をしているのか、全貌がまったく見えない。


「僕達は、これに乗るんですか?」

 僕が訊いた。

「ええ、この船の甲板から、花火を見学していただきます」

 六分儀さんが言う。

 弩が用意したのは、クルーザーでも、豪華客船でもなかった。

 それを遙かに超えた存在だ。

「弩、なんかすごいことになってるけど」

「す、すみません。私も、母が船って言うから……まさか、こんな大きな船だとは……」

 弩も冷や汗をかいている。


「それから申し訳ありませんが、携帯電話やスマートフォンなどは、こちらで預からせて頂きます。艦内には持ち込めません。理由は分かりますね?」

 六分儀さんは笑顔で訊いた。

 もちろん、理由は分かる。

 自衛隊に引き渡す前の護衛艦、それは機密の塊なのだろう。

 僕達がスマートフォンを渡すと、六分儀さんはそれらをアタッシュケースに入れて、鍵を掛けた。後ろに控えていた部下らしいスーツの男性に渡す。


「注文が多くて、申し訳ありませんでした。それでは、参りましょう」

 六分儀さんに続いて、岸壁から艦内に続くタラップを上がった。


 艦内は、新しいペンキの匂いで満ちている

 上がってすぐの場所は、格納庫になっていた。

 まだ艦載機を搭載していない格納庫は、大きながらんどうだ。

 僕達の家なら、そのまま何件も丸ごと仕舞っておけそうな広さがある。


「では、こちらに、この線の内側に乗ってください」

 六分儀さんが言って、僕達は従った。

 六分儀さんが示す白線の内側が、艦載機を甲板に上げるエレベーターになっているらしい。艦載機を載せるくらいだから、僕達が乗っても、まだまだ十分に余裕がある。


 エレベーターは、僕達を焦らすように、ゆっくりと上がった。

 花園が、遊園地のアトラクションに乗ったみたいにはしゃいでいる。


 やがて僕達は広大な飛行甲板に出た。

 戦闘機が発着艦する飛行甲板は、先端が水平線まで続いているんじゃないかと思うくらい、長くて、広い。

 艦の右舷に寄せられた艦橋には、天を突くマストがそそり立っていて、機関砲のファランクスや、防空ミサイルのSeaRAMが載っている。これが普通の船ではない証だ。


 でも、飛行甲板の上がちょっと変だ。

 甲板の上に、なんか、そこにあるはずのない「モノ」がある。

 いや、「モノ」というか、そこにあるはずがない風景が目の前に広がっていた。


 エレベーターを上がった僕達の前に、お祭り会場があったのだ。


 飛行甲板上に、五十軒くらいの屋台が並んでいる。

 焼きそば、たこ焼き、かき氷、クレープ、綿菓子、金魚すくいにヨーヨー釣り、なんでもあった。

 頭上には提灯を吊ったワイヤーが渡してある。

 艦橋を背にステージも組んであって、ビンゴ大会の用意がしてあった。

 飛行甲板の中央には太鼓や、お囃子の櫓が組んであって、お祭り囃子を演奏している。

 これはもう、地上と変わらない。

 横に艦橋や防空ミサイルなどがなければ、普通のお祭り会場だ。


「まさか、これを僕達のために?」

 僕が訊くと、六分儀さんは少し笑った。

「さすがにそれはありません。皆さんのためにここまでしたのではありませんよ。建造に関わった技術者や作業員をねぎらうための、ささやかな催し物として、弩が用意させたのです。本来は、従業員のための催しです。そこに皆さんを招待しただけです」

 六分儀さんが言う。

 飛行甲板上を丸ごとお祭り会場にするって、全然、ささやかじゃないんですけど。

 でも、僕達のためじゃないと聞いて少し安心した。もしそうだったら、恐縮して、固まっていたところだ。


 確かに、六分儀さんが言うように、屋台の周りにはたくさんの人がいて、食べたり、飲んだりしながら談笑している。それも、百人とか二百人の規模ではない。五百人、千人の規模で人がいる。

 これがこの巨大な船を造った人達なのか。

 みんな逞しい風貌で、格好いい。


「どこの屋台も、すべて、お代は頂きませんので、どうぞ、ご自由に利用してください」

 六分儀さんが言った。

 花園が「わーい」と言いながら、枝折の手を引いて、屋台に向かう。

 二人はまず、チョコバナナの屋台に目をつけたようだ。

 花園、枝折、あんまりはしゃぐと、お小遣いあげてないみたいに見えるから、やめなさい。


「皆さんもどうぞ」

 六分儀さんが僕やヨハンナ先生に言った。

 そう言われて屋台に目を凝らすと、一つの屋台で、焼きそばを焼いている女性に見覚えがある。


 間違いない。

 あれは確かに、弩の母親、大弓グループの最高責任者である、弩あゆみ、その人だ。

 僕が驚いて六分儀さんを見ると、六分儀さんが頷いた。

「ええ、今日は弩も自ら、従業員をもてなしています。弩だけではありません。この屋台を出しているほとんどが、大弓グループの役員ですよ」

 六分儀さんが言う。

 六分儀さんによると、花園と枝折がチョコバナナを作ってもらった白髪の紳士が、大弓マテリアルの社長らしい。


 僕達は恐る恐る、焼きそばの屋台に近づいた。

「あら、篠岡君。久しぶり」

 はっぴ姿の弩の母親が、熱い鉄板の前で、タオルで汗を拭きながら言う。

「先生、娘がいつもお世話になっております」

 弩の母親は、ヨハンナ先生に頭を下げた。

 先生は、強張った笑顔で「こちらこそ」と頭を下げる。


「まゆみ、久しぶりね」

 母親は、自分の娘にも声をかけた。

「お久しぶりです」

 せっかく母親に会えたのに、照れくさいのか、弩はもじもじしている。


「ほら、塞君」

 ヨハンナ先生が僕の腕を取って引っ張った。

「久しぶりの親子の対面なんだから、二人にしてあげなさい」

 先生が僕の耳に口を寄せて、小声で言う。

 そうか、気が付かなかった。まったく、自分の気が利かなさが情けない。


 僕とヨハンナ先生は、そっと、焼きそばの屋台を離れた。

 しばらく見ていると、弩が母親の横に並んで、焼きそばの屋台を手伝い始める。

 分刻みでスケジュールが入る母親と、こんなに長くいられることはそうはないだろうから、弩には貴重な時間だろう。

 僕達は二人を親子水入らずにしておく。



「それじゃあ、私達は二人で楽しもっか」

 僕の腕を取ったまま、ヨハンナ先生が言った。


 屈強な男性作業員や、技術者が多い中で、金色の髪に浴衣のヨハンナ先生は、目立った。いや、目立ちすぎた。

 先生が通り過ぎるとき、誰もが振り返る。

 ハッとして二度見した。

 ヨハンナ先生に腕を取られて歩いている僕に、羨望の眼差しが寄せられる。

 いえ、このヨハンナ先生は、中身が中年男性ですからと、みんなに教えてあげたい。

 でも、今日の先生は浴衣で、いつもより静々と歩いてるし、色っぽいし、説明しても、誰も信じてくれないかもしれない。


「何か食べる?」

 ヨハンナ先生が訊いた。

 僕達は、たこ焼きの屋台で出来立てを一箱もらって、それを二人で分けて食べた。

「あーんとか、して欲しい?」

 楊枝にたこ焼きを刺して、先生が訊く。

 そんなこと言われただけで、倒れそうだ。

 僕が返事出来ないでいると、

「どうしたの?」

 先生が訊いてくる。

「いえ、こんなふうに彼女とお祭りを楽しむのが夢だったので」

 僕は正直に言った。

 先生の前、大人の女性の前でカッコつけてもしょうがない。

 僕が装ったって、すぐに見透かされるだろうし。

「そう、じゃあ、こんなお祭りデートは初めてなんだ?」

「はい」

「塞君の初めてをもらっちゃったね」

 ヨハンナ先生が言う。

「じゃあ、この際だから、めいっぱい楽しんじゃおう」

 先生はそう言って微笑む(先生、前歯に青のりが付いてますけど)。

「なに? 私じゃ、不満?」

「いえ、全然」

 不満どころか、幸せすぎだ。


 先生と並んで、金魚すくいをした。

 僕達に金魚すくいのポイを渡してくれた気さくなおじさんは、大弓地所の会長らしい。

 先生は大胆に大きな出目金を狙った。

 ポイが破れて、無邪気にはしゃぐ先生の横顔。

 先生のポニーテールが揺れて、髪の先が僕の耳をくすぐる。


「次これ、射的、やろっ!」

 先生が僕を引っ張っていく。

 銃と弾を受け取って、何気なく的を見たら、落としたらもらえる的の商品が、パネライの時計とか、ブライトリングのクロノグラフとかになっている。

 普通に置いてある箱が、商品券十万円分とかだった。

 それを見た先生の目が、俄然、本気になる。

「先生、これは本来、従業員の方達のものですから、僕達は遠慮しておきましょうよ」

 僕はそう言って、ヨハンナ先生を止めた。

「えー」

 と先生が頬を膨らませる。

 先生、そんな顔は卑怯です。

 可愛すぎるから、やめてください。


「先生、お一つ、いかがですか?」

 僕達が揉めていると、弩の母親が声をかけてきた。焼きそばを焼くのを、一休みして、こっちに来たみたいだ。

 弩の母親は、その手に生ビールのジョッキを持っている。

 サーバーから生ビールを注いでいるのは、もちろん、アロー麦酒の社長だ。

「いただきます」

 先生はそう言って受け取って、一息でジョッキを空けた。

「あら、先生、お強い」

 弩の母親も負けじと、ジョッキを空にする。

 あとはもう二人、競い合うように、ビールを飲んだ。

 弩の母親も、随分といける口らしい。


 意気投合した二人は、縁台に座って、焼鳥やイカ焼きを肴に、腰を据えて飲み始める。

 楽しそうなのはいいけど、あんまり、先生に飲ませないでほしい。


 後が大変そうだし。



「先輩」

 二人の様子を見ていたら、後ろに弩が立っていた。

「これ、食べてもらえますか?」

 弩が焼きそばのパックを両手で持っていて、僕に差し出す。

「弩が作ったのか?」

 僕が訊くと、弩は恥ずかしそうに頷いた。

 そうめんに続いて、弩、二作目の料理だ。

「ありがとう。もらうよ」


 弩が作った焼きそばは、少し麺が焦げていて、固焼きそばになっている部分もあったけど、ソースの香りが飛んでなくて、おいしい。

 食べているあいだ、弩は目を大きく見開いて、僕を見ていた。そんなに見られたら、食べづらい。

「おいしかったよ。ありがとう」

 全部食べ終えて僕が言うと、弩は浴衣の袂をぶんぶん振って喜んだ。


 焼きそばの後は、二人でよく冷えたラムネを飲んで、かき氷を食べる。


 遠くで、花園と枝折が手を繋いで、飛び回っていた。

 お面の屋台でもらったのだろうか、花園と枝折は頭に、ウサギのお面をつけている。

 二人がどんなに飛び回っても、この甲板上なら迷子になったり、どこかに行ったりしないから、安心だ。



「あ、先輩、花火始まりますよ」

 弩が僕の手を引く。

 アナウンスが聞こえて、一発目の打ち上げ花火が、夜空に上がった。


 護衛艦の広大な飛行甲板というここは、本当に、花火鑑賞の特等席だ。

 艦橋を背にしていれば前に遮るものは何もないし、人混みもない。

 心地良い海風が涼しくて、汗を引かせてくれるし。


 僕達は飛行甲板の縁まで歩いて、そこに座った。

 下には甲板作業員の通路、キャットウォークがあるし、ネットもあるから落ちることはないけど、縁に座ってぶらぶらさせた足の遙か下が海で、少しスリルも味わえる。


「玉屋ー!」

「鍵屋ー!」

 花火が打ち上がる度に、弩が言う。

 なんか、可愛い。

 弩の母親がすぐ近くにいて、大弓グループの従業員に囲まれているこの状況じゃなかったら、抱きしめているところだ(六分儀さんなんて、さっきから僕を、呪いをかけてるんじゃないかってくらいの勢いで、凝視してるし)。


 花火が連続して上がるスターマインが始まると、僕達はただただ目の前で炸裂する花火の迫力に圧倒されて、黙って見守った。

 海面にも花火が映っていて、もう、光の束の中にいるみたいだ。

 座っているのか、空中にいるのか、分からない。


 二人で花火を見ていたら、弩の母親から解放されたヨハンナ先生が戻ってきた。

「う~ん、もう、飲めないよ」

 ヨハンナ先生はそう言いながら、僕の隣に座った。

 僕に完全に体を預けて、しなだれかかってくる。

 相当、お酒臭い。


 それに先生、なんか、僕の腕に先生の柔らかいモノが当たってるんですけど。



 花火開場のほうから、このあと、最大の四尺玉が打ち上がるアナウンスが聞こえてきた。

 スポンサーはこの造船所、大弓重工らしい。


 飛行甲板上の人達も、対岸の花火大会会場の人達も、この時ばかりは、皆、一点を見詰めた。


 その中を、四尺玉はゆっくりと夜空に上がっていく。


 夜空を昇りきった花火。

 一瞬の沈黙。

 そして花火は炸裂する。

 破裂する音が、内蔵に響いて、思わず「うっ」と声が出た。


 開いた花火は、この巨大な船よりも、遙かに大きい。

 四尺玉は、直径が八百メートルにもなるという。

 辺りが、昼のように明るくなった。

 夜空に大きく開いた花火の、その飲み込まれそうな大きさに驚いて、隣の弩が、甲板からずり落ちそうになる。

 僕が弩の手を取って、それを止めた。

「すみません」

「気をつけろよ」

 僕が言う。

 握った手を通じて、びっくりした弩の速い鼓動が伝わって来た。

 弩が手を離そうとしないから、僕はそのまま、弩の手を握っておく。

 四尺玉はその間もずっと、輝き続けていた。



 結局、僕は弩と手を握りあったまま、ヨハンナ先生とに挟まれて、最後まで花火を見た。

 花火大会が終わって人々が家路につき、甲板上のお祭りも日を跨ぐ頃に終わって、提灯の灯が消される。


 これは間違いなく、僕の、今まで最高の花火大会だ。



 帰りはまた、アルファードのハイヤーで家まで送ってもらった。

 走り出す車の中で、しばらくすると僕以外、みんな寝てしまう。

 ヨハンナ先生も弩も、そして花園も枝折も、寝息を立てていた。

 みんな、すごく幸せそうな寝顔だ。

 彼女達がいつまでもこんな顔で安心して寝られるようにしてあげたい。

 心からそう思う。


「お兄ちゃん、ほらもう……」

 花園が寝言を言った。

 花園は寝言でも、僕に文句を言ってるみたいだ。


 今日のことは花園にとって、この夏、最高の想い出になるだろう。

 でも、宿題の日記に今日のことは、書けない。


 まだ就役していない、最新鋭の護衛艦の上に夏祭り会場があって、そこで花火を見たなんて書いても、誰も信じないだろう。


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