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プリン・ア・ラ・モード

「お兄ちゃん、なに女子中学生を待ち伏せしてるのさ」

 枝折が言った。

 涼しそうな半袖シャツに、紺のリボン。

 短いスカートが風に揺れる、夏服の枝折。


「待ち伏せとか、人聞きの悪いことを言うな。ただ兄が、妹と一緒に家に帰ろうと思って、待ってただけじゃないか」

 枝折に言い返したけど、そんなふうに言われても、仕方ない状況だった。

 僕はこうして枝折が通う中学校の校門の前に、もう一時間くらい立っている。

 下校する中学生に、チラチラと見られていた。


「まったく、通報されなくて良かったよ」

 枝折が呆れて言う。


 僕は枝折が家に帰ってくるのを待てずに、ここまで来てしまった。

 昨日から今日の早朝にかけて起きた事件の真相を、一刻も早く知りたかったのだ。

 一晩、寄宿舎で夜を明かしたから妹二人が心配だ、と母木先輩に言って、午後の部活は休ませてもらった。

 そうして、枝折の通う中学校に来ている。


「じゃあ、帰ろうか」

 すると枝折が突然、僕の腕に自分の腕を絡めてきた。

「な、なんだよ、いきなり」

 びっくりして、照れてしまう。

「ちょっと彼氏のふりして」

「はあ?」

「こうなったら、お兄ちゃんに役に立ってもらうよ。私に付き合ってくださいとか言ってくる男子が、普段から大勢いて面倒くさいから、高校生の彼氏がいるふりをして、見せびらかしておくの」

 枝折はそう言って僕の腕をぎゅっと掴んで、頭を倒してきた。

 僕達はそのまま、枝折の通学路を歩く。

 当然、下校中の生徒は、枝折と僕を凝視する。そして、ひそひそと話していた。


「そんな、男子が可哀想だろう? 枝折は頭いいし、可愛いし、男子が好きになってしまうのも解る」

 僕はどちらかといえば、男子の側だ。

「興味ないし」

 枝折はそっけない。

 でも、悪い気はしないから、そのまま歩いた。


「で、お兄ちゃんは、昨日の事件の事を知りたいんでしょ」

 歩きながら、枝折が言う。

 さすが枝折、僕の考えなんて、簡単に見抜かれていた。


「それじゃあ、教える代わりに、おやつおごって」

 僕の腕に絡まったまま、枝折が言う。

「も、もちろん、おごるさ」

 僕は答えた。

 でも、いったい、何をねだられるんだ。

 どんな店に連れて行けって言われるんだろう。

 今月はお小遣い、ピンチだし(毎月ピンチだけれど)。


 僕の腕に掴まったまま少し歩いて、枝折はファミリーレストランを指した。


「ドリンクバーとプリンアラモードで手を打つよ」

 枝折が言う。

「枝折ちゃん、ありがとう」

「いいって、男子高校生の経済力に期待してないし」

 枝折が言った。

 本当に、良くできた妹だ。



 二人で入ったファミリーレストランは、夕食時にはまだ早くて、店内は閑散としていた。

 僕達は案内された禁煙席に、向かい合って座る。


 僕が枝折のウーロン茶と自分のコーラを取りに行っているうちに、プリンアラモードが運ばれて来て、枝折は「頂きます」と手を合わせて、スプーンを手に取った。



「お兄ちゃん。まず、言っておくけど、世の中には暴かなくていいことがある。知らなくていいこともある」

 プリンアラモードを前に、枝折は前置きをした。

「それでも知りたい?」

 そう言って、僕の顔を覗き込んでくる。

「ああ、知りたい」

 僕は言った。

 ずっとこのモヤモヤした気持ちでいるのは嫌だ。

 たとえそれを知ったことで、変なことに巻き込まれるとしても、知りたい。



「そう、じゃあ、話すね」

 枝折はそう言って、プリンの横の生クリームを一口、すくって食べた。


「大雨で寄宿舎は周囲から孤立していたし、誰かが出入りした形跡はなかった。つまり、当然だけど、犯人は寄宿舎の住人か、主夫部部員ってことだよね」

 枝折はあっさりと言った。

 でも、それは僕も薄々気付いていたことだ。気付いていて、出来るだけ考えないようにしていたことだ。


「吉岡先生に自首しに来た犯人っていうのは存在しない。たぶん、ヨハンナ先生が吉岡先生に頼んで、演技してもらったんだと思う。ヨハンナ先生は犯人が内部にいることに気付いていて、その人を庇うために、そんな話をでっち上げたんだよ」

 枝折が断言した。

 でも、僕もその通りかもしれないと思う。

 ヨハンナ先生は適当なようでいて、僕達生徒のことを一番に考えてくれる。

 それは、ヨハンナ先生らしい配慮だ。


「で、誰なんだ? その犯人は?」

 僕はストレートに訊いた。

「お兄ちゃん、急がないで。誰って、一人を特定することは出来ないの」

 枝折は言う。

「たくさんの意志が絡み合って起こったって言えばいいかもしれない。とにかく、一人の犯人が起こした事件じゃないの」

「たくさんの意志?」

 なんだか、詩的な表現だ。


「お兄ちゃん、このプリン、なめらかで美味しいよ」

 枝折は話の途中で、スプーンでプリンをすくって、僕に差し出して来た。

「あーん」

 枝折が言う。

「い、いや、恥ずかしいし」

 いくら枝折でも、公衆の面前でこんな……

「いいから、黙って食べて。三つ隣の席で、野球部でエースで四番の柏木君が、こっち見てるの。恋人同士のふりしないと」

 枝折に言われて、横目で見ると、丸刈りの男子中学生が、僕を親のかたきみたいな目で見ている。

 仕方なく、僕はプリンを食べた。

 確かに、なめらかで美味しい。

「野球部でエースで四番なら、付き合っちゃえばいいじゃないか」

「野球部でエースで四番でも、全然、興味ないし。彼、しつこいし」

 枝折はそっけない。



「じゃあまず、鬼胡桃会長の、熊の縫いぐるみが刺された件から話すね」

 プリンを半分ほど食べてから、枝折は話を進めた。

「うんうん」

 僕は急かすように頷く。


「あの犯人は、鬼胡桃会長本人だよ」

「はっ?」

 僕は素っ頓狂な声を出した。

 いくら枝折でも、それは考え違いじゃないか。

 発想が飛躍しすぎている。

「あれは、会長さんなりの母木先輩への愛の告白だよ。かなりひねくれてるけどね」

「どういうことだ?」

「あの熊の縫いぐるみは、母木先輩が自分の代わりに抱いてろって、会長さんにプレゼントしたものなんでしょ?」

「ああ」

 母木先輩からそう聞いた。

 雷を怖がる会長のために、小遣いをはたいて買ったと。

「その縫いぐるみが刺された。刺されて死んだ。つまり、もう熊はいない、あなたが私の隣にいなさい、ってことだよ」

 枝折は言って、プリンの隣のストロベリーアイスクリームにスプーンを入れる。


「あの熊を刺した短刀は、会長さんがお婆さまから、渡されたものなんだよね?」

「うん、その通り」

 会長のお婆さんが、嫁ぎ先の男が甲斐性のないつまらない男だったら刺して帰って来いって言われて渡されたという話を、僕は会長から直に聞いた。

 その短刀を背中に突きつけられながら。


「あの熊は母木先輩にはなれなかった。だから会長さんに刺されて、死んだの」

 枝折はそう言って、今度はサクランボを指で摘んで、僕に差し出してくる。


「ほら食べて、斜め後ろの席で、今度は剣道部主将の佐々木君がこっちを見てる」

 枝折が言う。

 仕方なく、僕は枝折の指から、サクランボを食べた(枝折はいったい、どれだけの男子から、言い寄られているんだ)。


「母木先輩は、そのメッセージに気付いたと思うよ。鬼胡桃会長が、縫いぐるみを刺した犯人だと、気付いてたんだと思う。だから、お兄ちゃん達に、熊の縫いぐるみをプレゼントした話とか、幼なじみだったのに仲が悪くなった話とか、したんだよ。母木先輩も、会長さんからのメッセージをどう受け止めようか、迷ってたんだと思うよ」

 枝折が言う。

 僕はそんなこととは知らなかったから、先輩に何か言ってあげることが出来なかった。

 知っていても、アドバイスできたかどうかは、微妙だけれど。


「でも、なんで枝折にそんなこと分かったんだ?」

 なんで鬼胡桃会長と、母木先輩の深い心理とか、枝折に分かったんだ?

 枝折に恋愛の機微きびなんかが分かるのか?

 もしかして枝折も色々と泥沼な恋愛を……

 お兄ちゃんとしては、とても心配です。


「私は恋愛のことはよく分からないけど、会長さんの言い方で分かったんだよ。会長さんの悲鳴でみんなが駆けつけたとき、会長さんは、熊の縫いぐるみを指して、『部屋に入って、ベッドの上を見たら、刀が刺さってたんです』って言ったんだよね」

「ああ、確かそんなふうに言ってた」


「その言い方なら、もう熊を『物』として見てるでしょ? 会長さんは、あの縫いぐるみに『しふぉん君』っていう名前までつけてたのに。いつも寝るときは抱いて寝ていたのに。それが物扱いしたってことは、もう、その時点で、あれは母木先輩の代役の生きた熊じゃなくて、物だったんだよ。物として見ていて、現場を発見して叫んだ割には、熊にもう、入れ込んだ感情がなかったのは明白だよ」

「はあ」

 僕は曖昧な返事をした。

 いまいち分からない。

「そうだな、たとえば、お兄ちゃんに短刀が刺さってたら、私は、『お兄ちゃんが短刀で刺されてる!』って言うと思う。『お兄ちゃんに短刀が刺さってた』とは、あんまり言わない」

 解るけど、たとえが酷い。

「その反対に、そうだな、このソファーに短刀が刺さってたら、『ソファーに短刀が刺さってた!』とは言うけど、『ソファーが短刀で刺されてる!』とは言わないでしょ」

 枝折は座席を指して言った。

「なるほど」

 頷くしかなかった。

 その場にいた僕達が気付かなかったのに、僕からのメールの文章でその細かい言い回しに気付いて、見抜いた枝折は、正直、すごい。


「会長さんは、寄宿生や主夫部部員の他の誰にも気付かれずに、母木先輩に気持ちを伝えたんだよ。告白したんだよ。私は、この後に興味があるな。暗に会長からの告白を受けた母木先輩が、どう動くのか。ロマンチックじゃない」

 枝折はそう言って、添えてあるメロンと黄桃を立て続けに食べた。

 自分の恋愛には全く興味ないのに、人の恋愛には興味津々なのか。


「で、それから?」

 僕は先を訊く。

「うん、この縫いぐるみの事件は独立してるの。でもこの事件が起きたことで、他の事件が明るみに出たって意味では、連動してるんだけどね」

 枝折は言う。


「じゃあ次に、古品さんの衣装が切られた事件について、説明するね」

「うん、お願いします」


「単刀直入に言うと、犯人は錦織さん。古品さんの衣装を切り刻んだのは、錦織さんだよ」


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