表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/332

手練れの傭兵

 古品さんは自分の部屋である207号室の隣、208号室を、「ぱあてぃめいく」の衣装や小道具、機材を置く倉庫にしていた。

 古品さんと錦織の組は、その倉庫を見回っていて、衣装が切られているのを見付けたらしい。


「切り刻まれてるのは、私の衣装だけなの。他の二人の衣装も置いてあるのに、それには手を付けてない」

 鬼胡桃会長に抱きついて、肩を抱かれたままで古品さんが言う。

 208号室にあった五組、十五着の衣装のうち、古品さんの五着だけが切られていた。特にお腹の部分が、ズタズタにされていたらしい。


 「ぱあてぃめいく」の衣装は、三人がデザインを揃えていて殆ど同じだから、余程の知識がないと、三つの衣装の中から、古品さんつまり「ふっきー」の衣装を判別するのは難しい。

 犯人は、「ぱあてぃめいく」をよく知る人物なのだろうか。

 古品さんの衣装だけ傷つけたのには、何か意図があるのか。


「お腹の部分だけ集中して切ってることにも、何か意味があるんでしょうか?」

 御厨が訊く。

 確かに、変質的な気がする。

 お腹の部分だけとか、そういえば、鬼胡桃会長の熊の縫いぐるみも、お腹の部分に短刀が刺さっていた。

 この二つの事件を起こした人物は、同一人物か。

 こんなことをする犯人が、二人もいるなんて、考えたくはないけど。


「これくらいだったら僕がすぐに直せますから、別に気にすることないですよ。全然、問題ありません」

 錦織が言って余裕の笑みを見せた。

 古品さんを心配させまいとしてるんだろう。


「ところで、他の部屋に異常はなかった?」

 ヨハンナ先生が僕達に訊く。

 すると、御厨が手を挙げた。

「台所で、寝かせていた明日の分のデザートのフルーツケーキが、一本、なくなってました」

 御厨がラム酒をかけて味をなじませるために熟成させていたフルーツケーキが、切り分けていない一本丸ごと、消えているのだという。

「まったく、酷いことをする奴がいるものだな」

 縦走先輩が言った。

 御厨のフルーツケーキは、縦走先輩の大好物の一つだ。


「ランドリールームでもちょっと」

 僕は、物干し台が折られていたことを報告した。誰かが故意に折ったらしいことを。

「それはあんまり、関係ないとは思いますけど」

 弩が付け加える。

 そのときなんだか、弩の目が泳いでいるように見えた。


「他の部屋は? 何か、おかしなところはあった?」

 ヨハンナ先生が訊くと、みんなが首を振る。


 刺された鬼胡桃会長の縫いぐるみ。

 切り刻まれた古品さんの衣装。

 台所から消えたフルーツケーキ。

 折れた室内用の物干し台。


 すべての部屋を調べてた結果、被害はこの四つだった。

 もちろん、誰か怪しい人物が隠れていたとか、人がいたような痕跡はない。

 各部屋の窓から誰かが侵入したり、出て行った形跡もなかった。


 この寄宿舎の中には僕達しかいない。

 いや、広大なこの学校の敷地内には、今、僕達しかいない。


「入ったり、出たりした形跡がないってことは、もしかしたら……」

 萌花ちゃんが、発しようとした言葉を、途中でやめた。


 この中に犯人がいる。


 それは誰もが口にしたくない結論だった。

 想像したくないことだ。


「いえ、ちょっと待ってください。私達以外の人物が、この学校の敷地にいます!」

 弩が言った。

「宿直の先生ですよ!」


 そうか、確かに、宿直の先生が一人、校舎に残っている。

 それはヨハンナ先生も言っていた。

 すると、いやなことが僕の頭をよぎった。


 それがもし、平田教諭だったら。


 かつて、鬼胡桃会長を陥れようと、この寄宿舎に侵入した平田教諭。

 そのときも会長の服を切ったり、僕にナイフを向けたりしてきた。


 平田教諭はあの騒動のあと、しばらく謹慎したけれど、復職している。

 それは被害を受けた鬼胡桃会長が穏便な処置をと願い出たからだ。

 すべてを知る僕達も、ことを吹聴したりしなかったから、校長や教頭など、一部の教師を除いて、騒動のことは知らない。

 あの時以来、平田教諭は鬼胡桃会長や寄宿生に何かしてくるようなことはなく、大人しくしていた。


 普通に教師をしている。


 でも今日、この大雨と停電の中で、偶然宿直となった平田教諭が、あの時の仕返しに、寄宿生を襲おうとしているとしたら。

 ここが孤立したのをいいことに、寄宿舎を歩き回っているとしたら……


「その点は安心して、今日、宿直してるのは、吉岡先生だから」

 ヨハンナ先生が言った。

「ああ、それなら安心ですね」

 弩が言う。


 そうか、吉岡先生なら安心だ。


 吉岡先生は文化祭のとき、ぼやになった第二視聴覚室のことを逸速く僕達に知らせてくれたし、それを他の先生達には黙っていてくれた。

 主夫部が問題にならないよう、配慮してくれる、話の分かる信頼の置ける先生だ。


 あの吉岡先生が、僕達に何かしてくるなんてことはないだろう。



 僕達は二階の古品さんの部屋の前から、食堂に戻った。

 雨はまだ、窓を叩いている。

 外から誰かが覗いているかもしれない、などと急に思えてきて、僕は少し開いていたカーテンの隙間を、きっちりと閉めた。


「犯人はまた、襲ってくるでしょうか?」

 御厨が誰ともなく訊いた。


「向こうが襲ってきたら、追い返してやるだけだ。犯人がまだ、この寄宿舎の中にいようがいまいが、こうしてみんなでいる限り、安全だ」

 縦走先輩が言った。


「よし! ここは一つ、私達女子が外で朝まで見張りに立とう。だから君達主夫部は、この食堂で、ゆっくりと寝てくれ」

 縦走先輩が言って、指を鳴らす。


「いえ、でもそれは……僕達が見張りをしますから、寄宿生のみなさんこそ、寝てください」

 僕が言った。

「なんだ篠岡。君は主夫部なんて立ち上げたくせに、女子は男子に守られていなくてはならない、なんて考える、つまらない男か?」

「いえ、そういうわけでは……」

「それに、これは普段世話になってる仕返しだ。気にすることはない」

 縦走先輩は言う。

 有り難い申し出だ。

 でも先輩、それを言うなら仕返しじゃなくて、お返しだと思います。


「心配するな。男の四人くらい、私達で守れるさ。みんな、大丈夫だよな」

 縦走先輩が、女子達に確認を取った。

「はい!」

 と古品さん、弩、萌花ちゃんが歯切れのいい返事をする。

「ええ、そうね」

 と、鬼胡桃会長が遅れて返事をした。


「わ、私も、女子に入るのかな……」

 ヨハンナ先生だけ、歯切れが悪い。


「よし、ちょっと武器を調達してこよう」

 縦走先輩はそう言って、すぐそばの自分のトレーニングルームに行って、バーベルの軸のシャフトと、5㎏の鉄アレイを一つ、持ってきた。

 バーベルのシャフトは鉄の棒で、百六十センチくらいの長さがある。

 先輩はそれを竹刀みたいに軽々と扱った。

 縦走先輩に鉄の棒はもう、最強の組み合わせだ。鬼に金棒以上だ。

 そして同じように、鉄の塊である鉄アレイは、完全な鈍器だ。


「弩さんは柔道の使い手だから、素手でいいよね」

 縦走先輩が訊く。

「はい、誰か来たら、投げ飛ばしてやります!」

 弩が自信たっぷりに言った。

 その実力は、投げられた僕が保証する。

 この小さな体から繰り出される技はハンパない。

 弩は投げ技だけじゃなく、寝技も得意だし。


「私はもし、犯人が現れたら、徹底的に言葉で責めて、相手を言い負かしてやるわ。一生のトラウマになるくらいの言葉を浴びせかけてやる。言葉で戦う」

 鬼胡桃会長が言った。

 恐ろしい、なんて恐ろしい戦い方なんだ。

 それはきっと、縦走先輩が持つ鉄の棒や鉄アレイ以上に恐ろしい武器なのかもしれない。


 さっきまで雷を怖がっていた会長とは別人みたいだ。


「私は………私は、歌で戦うわ!」

 古品さんが言った。

 歌で戦うって、某マク○スか!

 確かに、古品さんはアイドルだけど。


「私はストロボで犯人の目を眩ませてやります」

 萌花ちゃんが言って、首から提げているカメラに大きなストロボを取り付けた。

「犯人の顔も、ばっちり撮ってやりますよ」

 なんか、方向性が変わってきている気がする。


「私は色仕掛けで、相手を惑わせる!」

 最後にヨハンナ先生が言った。

 先生はTシャツを少しまくって、おへそを見せる。

「この霧島ヨハンナが全力でエロエロ光線を出せば、世の男達は誰だろうとメロメロよ!」

 教師とは思えない台詞だ。

 それに、犯人が男とは限らないし。


 先生がTシャツにデニムという格好から、スリップ一枚のいつもの服装に着替えに行こうとするから、僕達は全力で止めた。


 それでは犯人の前に、僕達がやられてしまう。



 戦闘意欲に満ち溢れた女子達によって、僕達は子供のように扱われて、布団に寝かされた。

「あなた達は安心して寝ていなさいね」

 縦走先輩はそう言って、食堂のドアを閉めた。

 女子達はドアの前にランプを置いて、それを真ん中にして、車座になる。


 頼もしい。


 なんだか、山賊とか、手練れの傭兵集団、という雰囲気さえある。


 仕方なく、僕は布団の中で目を瞑った。

 もちろん、こんな状況では眠れない。

 他の部員も同じようで、布団の中で何回も寝返りを打ったりしていた。

 錦織なんて、布団の中でスマートフォンをいじったりしている。


「あの熊の縫いぐるみは、僕が統子にプレゼントしたものなんだ」

 すると、母木先輩が、布団に横になったまま、鬼胡桃会長とのことを語り出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ