大発表
歓声に包まれた講堂の中で、古品さんがステージに立っている。
偽装のメイクなどしていない、ありのままの古品さんがそこにいた。
それが古品さんだと気付いた生徒もいるみたいだけど、講堂を包む歓声や拍手、そして曲の野太いベースやキックによって掻き消される。
講堂の隅で、僕達主夫部はもう、ステージを見守るしかなかった。
二階席の最前列では、鬼胡桃会長も腕組みで見守っている。
ステージ上の「ぱあてぃめいく」の三人は、錦織が作った新曲の黒い衣装を着ていた。
アイドルらしからぬ配色のそれは、ほしみかがミニスカート、な~ながロングのふわっとしたスカート、古品さんのふっきーがショートパンツになっている。
レースやコサージュを衣装全体に贅沢にあしらっていて、モノトーンでも華やかな衣装だ。
三人とも高いヒールの靴を履いていて、すごく大人っぽく見える。
歓声の中で一曲目が終わって、二曲目の「スパイシー・フレグランス」が始まった。「ぱあてぃめいく」の曲の中でも、幻の一曲といわれる曲で、ステージ前方を占めるファンの盛り上がりが一層大きくなった。
ハイヒールを履いているとは思えない激しいダンスで、三人は完璧にシンクロしている。
完全に揃っていて、ぶれることがない。
普段から寄宿舎で三人の熱心なレッスンを見ている僕達からすれば、当然の出来だけど、三人を初めて見た生徒達は、その圧巻のダンスに引き込まれて、瞬きすら忘れてるようだ。
三人に魅了されて、元からのファンだけでなく、講堂全体の歓声が大きくなった。
曲に合わせてみんなが体を揺らし始める。
徐々に講堂が一体になっていくのが分かった。
僕達主夫部も、曲のあいだは面倒なことは忘れて、ライブを体感する。
音に身を任せた。
ファンの錦織は三人に合わせて踊ってるし、背の低い弩は、人垣の間から三人を見ようとぴょんぴょん跳ねていた。
珍しく、母木先輩も踊っている。
ヨハンナ先生は、さっきから真っ白になって固まって、息してないみたいだけど……
二曲目が終わったところで、照明が全て点灯して、ステージ全体が明るくなった。
MCが始まるみたいだ。
「みなさん、こんにちはー!」
アイドルらしい、弾けた声で三人が呼びかけた。
詰め掛けたファンを中心に、声援を返す。
古品さんはいつもの眠そうな古品さんではなくて、笑顔が弾けるふっきーだった。
「ほしみかです! ふっきーです! な~なです! 三人揃って、『ぱあてぃめいく』です!」
三人が顔の横で人差し指を立てたお決まりのポーズをすると、ステージの前のほうに集まっているファンが、みんなで同じポーズをした。
生徒の中にもそのポーズを知っている人がいて、数人が同じポーズをする。
三人はしばらくステージ上でファンからの呼びかけに答えたり、手を振ったりして笑顔を振りまいた。
ステージ上にいるのが古品さんと気付いた生徒がいても、その古品さんのこんな笑顔を見たことがある生徒は、いないのかもしれない。
ファン一人一人に答えようとする丁寧な対応は、三人が長年売れない中でも地道にしてきた活動で身についたものだ。
「えーと、今回、こうして文化祭に私達『ぱあてぃめいく』を呼んでいただいて、ほんっとうに、ありがとうございます。ここでライブができて嬉しいです。私達、精一杯パフォーマンスをしますので、私達を知っている方も、今日初めて見たという方も、最後まで楽しんでいってください。短い間ですが、思い出に残るライブにしましょう、よろしくお願いします」
ほしみかが言って、三人が頭を下げる。
深い、深いお辞儀だ。
ファンがそれに拍手で答えた。
「それから、今日はカメラが入っているので、みなさん、いつも以上に盛り上がってくださいね。記録に残りますから、大人しくしてたらダメですよ。私達のパフォーマンスがダメみたいに見えちゃいます」
な~なが笑顔で言って、笑いを誘う。
業務用のビデオカメラは、ステージの真下に一台と、講堂後ろの壁際に一台があった。後で配信されたり、DVDやBDになったりするんだろうか。
最近「ぱあてぃめいく」も人気が出てきたから、そんなこともあるだろうな、とか思っていると、
「今日、ライブにカメラが入ったのには、わけがあります。実は、カメラの前で、みなさんに、大切なお知らせがあります」
ほしみかが言った。
「おおっー!」
と、ファンを中心に、何の発表かと期待する声が上がった。
僕が隣にいる錦織を見ると、錦織は首を振る。
何の発表なのか、ファンの錦織も知らないようだ。
「ライブツアーの発表とかかな?」錦織が首を傾げて言う。
それとも……
「それでは、発表します!」
ステージ上で、三人はお互いを見合って、呼吸を揃えた。
「私達、『ぱあてぃめいく』、来春のメジャーデビューが決まりました!」
三人が声を重ねて言った。
そう言って、ステージ上で飛び跳ねる。
ステージ前列の、ファンが集まっているあたりから、雄叫びのような声が上がった。
男達が腕を突き上げて絶叫した。
売れずに、解散説が何度も流れた地下アイドルを応援してきたファンとしては、我慢できなかったんだろう。
男泣きするような声も聞こえた。
ステージ上の三人も目をうるうるさせている。
その大きな目から、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。
三人のことを初めて見たような講堂の生徒達も、三人に惜しみない拍手を送る。
そして、照明が明るくなったことで、ふっきーが古品さんだという確信が生まれて、ざわめきがどんどん大きくなっていた。
みんな、横の人と口々に話している。
やっかいなことに、講堂の壁際に何人かいた教師も、それに気付いた。
「私達は、メジャーデビューの報告をここで出来て嬉しいです。なぜなら、ねっ」
な~なはそう言って、ふっきーを見た。
「ここで、ふっきーからも、発表があります」
な~なは、ふっきーにマイクを譲る。
ふっきーはマイクを握って一呼吸置いた。
そして。
「えーと、みなさんの中にはもう、気付いてる人もいるみたいですが、ここで私からみなさんにお伝えすることがあります」
ここで、ふっきーは深呼吸。
「私は、今日ここで、みなさんの前でメジャーデビューすることを発表出来て嬉しいです。なぜなら、私は、この学校の生徒だからです。ここが私の母校だからです」
そう言った瞬間、講堂の中が静まり返った。
「私、『ぱあてぃめいく』のふっきーは、この学校の三年生、古品杏奈だからです」
一瞬の静寂から一転、講堂の屋根を吹き飛ばすような歓声が上がる。
ファンも生徒も。
とうとう、言ってしまった。
古品さんが正体をばらしてしまった。
母木先輩が目を瞑る。
御厨は口をあんぐりと開けたまま。
錦織は開き直って両腕を突き上げた。
弩はぴょんぴょん跳ねている。
ヨハンナ先生は息してない。
ところで、二階席の最前列にいる鬼胡桃会長は、腕組みのまま、ステージを見詰めて動かなかった。
このことはすでに知っている、とでもいうように落ち着いている。
驚きの声が収まって次の発言に移るまでに、たっぷりと五分はかかった。
ようやく話が出来る程度に静まったところで、ふっきーが話を続ける。
「ずっと黙っていてご免なさい。でも、騙すとかそういうつもりじゃなかったんです。自信がなかったんです。全然売れないアイドルだったし、親にも反対されていたし、『私アイドルやってます』って堂々と言えるような存在じゃなかったし。今回、偶然、文化祭実行委員からこのステージのオファーを受けたときも、最初は上手く誤魔化そうかと思いました。正体を隠したまま、ライブをしようかとも思いました。でもやめました。もちろん、校則で芸能活動が禁止されているのは知っています。だから、罰を受けるのは覚悟しています」
ふっきーの言葉が途切れて、ファンや、生徒から声が上がる。みんなが「ふっきー!」と呼びかけた。
「私がメジャーデビュー出来るようになったのも、この学校で学んでいたおかげです。この学校の優れた環境で、感性を磨いたおかげで、こんなに大勢のファンに応援してもらえるようになりました。これも一緒に学校生活を過ごしたみんなのおかげです。私の生活を影で支えてくれた人達のおかげです。食事を作ってくれたり、洗濯してくれる人のおかげです。ありがとうございました。でも、メジャーデビューはゴールではありません。スタートです。これから、色んな困難が待ち受けていると思いますが、この学校で学んだことを思い出して、乗り越えていこうと思います。本当にありがとうございました。突然の発表で驚かせて、ご免なさい」
ふっきー、古品さんがそう言って頭を下げると、もう一度拍手と歓声が上がった。
そのとき拍手の先陣を切ったのは、腕組みを解いた鬼胡桃会長だった。
会長は誰よりも大きな拍手をステージに送っている。
鳴りやまない拍手の中で、次の曲のイントロが流れ始めた。
「それでは、聴いてください。『ぱあてぃめいく』で『イミテーション・チャイルド』」
ふっきーが曲紹介をして、ライブが再開される。
講堂の壁際に立っていた数人の教師が、耳打ちして、何か話し合っているのが見えた。
そのうちの一人が、早足で講堂を出て行く。
このまま、何事もなかったように済むとは思わないけど、ここはひとまず、そんなことは忘れて、「ぱあてぃめいく」のライブを楽しもう。
意外だったのは、二階の最前列にいる鬼胡桃会長が、「ぱあてぃめいく」のダンスを完コピしていて、全部踊れたことだ。




