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メイク

「どうだった?」

「うん、上手くやったよ。誰にも気付かれなかった」

 枝折がマスクを外しながら言う。


 朝のホームルームから先に寄宿舎に戻っていた僕達は、みんなで枝折を迎えた。

 枝折が中々帰ってこないから、気を揉んでいたのだ。

 鬼胡桃会長も、ヨハンナ先生も、ほっと胸をなで下ろす。

 何も言わずに花園が枝折に抱きついた。


 枝折は代返もして、しっかりと古品さんの身代わりを務めてくれたみたいだ。

「出席取るときに、先生にじろじろ見られたときは、ちょっとあせったけど」


 古品さんに似せるために掛けている眼鏡のせいか、枝折は妙に大人っぽく見える。

 アイドルの古品さんに負けないくらいのスタイルだし、中三にして我が校のセーラー服をちゃんと着こなしていた。

 枝折もちゃんと成長しているんだなと、改めて思った。


 育ての兄としては、誇らしい限りだ。


「ところで、お兄ちゃんたち、私が古品さんの身代わりになれば、なんでもいうこと聞いてくれるって約束したよね」

 枝折はそう言って、眼鏡を外す。

「うん、したけど」

「そう、覚えていてくれて良かった」

「枝折ちゃんは何が望みなのかな?」

「秘密、まだ言わない。後でね」

 枝折が口元だけで笑った。


 すごく、悪い予感がする。



 一方で本物の古品さんは、さっき学校に到着したらしい。

 マネージャーの車で送られて来た「ぱあてぃめいく」の三人は、文化祭実行委員会の役員に迎えられて、今、楽屋となる応接室にいる。

 そこで実行委員から接待を受けてるはずだ。


「校門の前に『ぱあてぃめいく』のファンがもう、五十人くらい並んでるみたいですよ」

 錦織が言った。

 錦織は「ぱあてぃめいく」のファンと、横の繋がりも持っている(もちろん、古品さんがこの学校の生徒で、自分がその衣装を作っていることは、伏せてるけど)。


 あとは鬼胡桃会長が、その特権を使って楽屋に入って、古品さんに偽装のメイクを施すだけだ。



「それじゃあ、私達も、二日目の営業、張り切って行きましょう!」

 弩が声を張った。

「はい!」

 と、僕達は声を揃えて気合いを入れる。



 昨日の三年E組の先輩の予言通り、二日目の今日は朝から行列が出来る盛況せいきょうだった。

 特に主夫部カフェなど、昨日だけの予定だった手伝いの生徒に残ってもらって、フロアは四人体制になっている。

 台所のほうは、母木先輩に加えて、錦織もほぼ専属になった。


 二階の「なりきり鬼胡桃生徒会長」のコーナーでは、写真部がカメラとプリンターをもう一台ずつ増やした。


 地下洞窟探検には、リピーターが来るようになったらしい。

 昨日、地下で生徒が撮った写真の隅に、そこにいないはずの少女が写り込んでいるというのが話題になって、それが却って怖いもの見たさのお客さんを呼んでるみたいだ。

 その写真は、協力してもらっている写真部に、フォトショップで作ってもらったんだけど、それはこの際、黙っておこう。



 この忙しさのおかげで、助かったこともある。

「こう忙しくては仕方ないわ。今日の私の講演会には、あなた達主夫部は来なくていいわよ」

 鬼胡桃会長が言ってくれた。


 鬼胡桃会長の講演会「鬼胡桃統子、世界情勢を斬る」は、僕も楽しみにしていただけに、すごく残念だ(棒


「その代わり、後で講演会の様子を動画サイトにアップするから、感想を四百字詰め原稿用紙十枚以上百枚未満で書いて、提出しなさい」

 会長はそう続ける。

 まさか、文化祭の最中に宿題を出されるとは思わなかった。



 僕のヘッドスパのコーナーには、ついにクラスメートが来た。

 長谷川さんと菊池さんと松井さんのトリオだ。

 以前、僕が教室をちょこちょこ掃除しているのに気付いて、褒めてくれた子達だ。


「男子に髪を洗ってもらうのって、ちょっと恥ずかしいけど、来ちゃったよ」

 背が高くてスリムな菊池さんが言う。

 そして、長谷川さんがシャンプー台についた。

 長谷川さんは前髪がないショートボブで、少し硬い髪をしている。

 出しているおでこがつるつるで、僕は、何度も撫でてしまいたい衝動に駆られた。


 髪を洗いながら、親指を側頭部に固定して、四本の指で頭を包んで、リズミカルに動かす。

 ふっと、長谷川さんから吐息が漏れた。

「どう? どう? 気持ちいい?」

 あとの二人が興味津々で長谷川さんに訊く。

「すごく気持ちいい。将来、旦那様に頭を洗ってもらうのって、こんな感じなのかなって……」

 長谷川さんが言うと、菊池さんがきゃあきゃあ言って、松井さんが僕の肩を揺すった。

 松井さんは気軽に人に触れるタイプの子らしい。

 文化祭の雰囲気がそうさせるのか、三人はいつも以上にはしゃいでるように見えた。


 三人にたじたじになっている僕を助けてくれたのは、弩だ。

「お客様。従業員に触れるのはやめてください」

 弩は、このアミューズメントパークの責任者らしい、毅然きぜんとした態度で言った。

 弩に言われて、三人はひるんだ。

 弩は下級生であるということを感じさせない立ち振る舞いをしている。


「ごめんね、ちょっと楽しくなっちゃって」

 松井さんと菊池さんは我に返って、待合いの椅子に戻った。


 その後、菊池さんも松井さんも、順番に僕の施術を受けてくれた。

 菊池さんが途中、僕の手の中でうとうとして、眠ってしまうくらいリラックスしていたのは、冥利みょうりきることだ。


「じゃあね。バイバーイ」

 三人は手を振りながら帰って行った。

 松井さんが帰り際に僕にウインクを残す。


「先輩」

 弩が僕の前に立った。

 弩は、なんだか少し怒っているようにも見える。

「先輩、今から十五分だけ、休憩をとってください」

 弩が言った。

「でも、お客さん並んでるし……」

 まだ、数人が僕を待って並んでいる。

「忙しすぎて先輩に倒れられたら、そっちの方が大変です。休憩してください。これは責任者としての命令です」

 いつになく、弩は強気だ。

 責任者としての貫禄が出てきたとも言える。

「分かった、ちょっと休ませてもらう」


 僕は一度寄宿舎を出て、外の空気を吸った。

 また昼食を食べられないと困るから、今のうちに御厨が用意してくれたサンドイッチを食べておく。


 そういえば、今は縦走先輩がゲストヴォーカルを務めるバンドがライブをしている時間だった。体育館で演奏が始まっているはずだ。

 せっかく弩にもらった休み時間だし、ちょっとだけ抜け出して縦走先輩のライブを見に行くことにした。

 サンドイッチを口に詰め込みながら、体育館へ速足で歩く。


 縦走先輩をゲストヴォーカルに迎えたバンドってどんなバンドなんだろう。

 やっぱり、ロックだろうか。それとも、王道のポップスか。

 縦走先輩なら、ジャスみたいな、ちょっとしっとりとした大人っぽい楽曲もいけるかもしれない。



「ヴォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 デスメタルバンドだった。


 縦走先輩のデスボイスが、体育館を突き抜けて、周囲まで圧倒している。

 ステージの前の方に集まったバンドのファンが、ヘッドバンギングをしていた。

 オールバックにして、青白く見えるようなメイクの縦走先輩は、詰め襟の軍服みたいな衣装を着ている。

 背が高くて、アスリート体型の縦走先輩は、コスプレみたいな衣装も格好良く着こなしていた。

 先輩は指を突き立てて聴衆を煽る。

 興奮してステージに上がってこようとするファンを、容赦なく蹴り落した。

 肺活量があるから、低い声から高い声まで、変幻自在だ。

 文化祭に出てくるバンドは、大体ヴォーカルがギターに負けていて、声が楽器の中に埋もれてるんだけど、先輩はそんなことなかった。


 休憩時間ギリギリまで僕もヘッドバンギングして、後ろ髪引かれながら帰る。

 さっき食べたサンドイッチが出てきてしまいそうで、少しクラクラした。




 そんなふうに、お昼過ぎまでは盛況だったのに、午後一時を過ぎあたりで、急にお客さんが少なくなった。

 どうやら、生徒のほとんどが「ぱあてぃめいく」のライブ開場に集まっているみたいだ。

 地下アイドルとはいえ、芸能人を見たいと、みんな野次馬根性で殺到してるんだろうか。


 楽曲提供のヤスムラカナタが気鋭のDJとして引っ張りだこで、今年のサマソニに出ると決まったのも、影響してるのかもしれない。



「ここはみんなで『ぱあてぃめいく』見に行こうよ」

 ヨハンナ先生が言った。

 錦織を始め、行きたくてうずうずしていた僕達はうんうんと、首を大きく振って、同意する。

「そうですね。ライブが終わるまで、どうせ人は来ないでしょうし、休館としましょうか」

 責任者である弩の許可も出た。



 最後のお客さんを送り出したところで、寄宿舎の玄関に準備中の札を掲げて、ドアを閉める。

 僕達はエプロンをしたままで講堂へ向かった。

 本当に、校内の他のどの展示からも人が消えている。

 みんなライブ会場の講堂に集まっているのだ。



 プログラムが少し押していたおかげで、僕達はぎりぎりステージに間に合った。

 暗幕で日の光を遮って、薄くスモークがたかれた暗がりの講堂は、熱気で暑苦しい。

 二階までぎっしりと人で埋まっていた。

 ステージの前のほうには、校外から来た「ぱあてぃめいく」の熱心なファンが集まって、手を突き上げている。


 二階席の最前列に、鬼胡桃会長を見つけた。

 ボルドーのワンピースはどこにいても、よく目立つ。


「それでは、只今より、人気急上昇中のエレクトロダンスポップユニット『ぱあてぃメイク』のステージです!」

 文化祭実行委員会の司会の男子生徒が呼び込みをした。

 と同時に、聞き覚えのある四つ打ちのキックが講堂に流れる。

 「ぱあてぃめいく」の中では一番売れている楽曲「ポリフォニック」だ。


 下手しもてから三人が出てきた。

 三人は歌い始めの位置に付いて、ピタッと止まった。

 並びは、ほしみか、な~な、ふっきーの順だ。

 錦織が作ったアイドルらしからぬ真っ黒な衣装が目を引いた。


 照明が落とされていて、まだ三人の顔は見えない。


 四つ打ちのリズムの反復に、会場内が徐々に盛り上がっていく。

 キックに合わせて拍手が起こって、指笛が鳴る。

 そこここで、メンバーの名前を呼ぶ声がした。


 イントロが終わって、照明が三人を照らす。


 みんなが手を突き上げて、歓声が伴奏を消してしまった。


 「ぱあてぃめいく」がライトに浮かび上がる。

 そこには古品さんがいた。


 えっ、古品さん?


 古品さんはいつものふっきーだった。

 鬼胡桃会長の偽装メイクはしていない。

 いつものふっきーとしてステージに立っている。


 ふっきーが古品さんと気付いた生徒がいて、歓声や拍手の他に、講堂の中をざわめきが広がってゆく。

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