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開幕

「それでは、ここに、この生徒会長であるところの鬼胡桃統子が、文化祭の開幕を宣言します!」

 鬼胡桃会長が言い放って、講堂に集まった全校生徒が拍手で迎えた。

 歓声や指笛の音も響き渡る。

 晴れ舞台の会長のワンピースのボルドーは、当てられた照明に映えて、いつも以上に鮮やかだ。

 あのワンピースを洗濯して、皺一つなく仕上げた僕としては誇らしい。



 鬼胡桃会長がステージを降りると同時に、オープニングアクトのバンドの演奏が始まって、ヴォーカル目当ての女子がステージに殺到する。

 ついに、二日間の祭が幕を開けた。

 ここから狂乱の二日間が始まる。



 僕達主夫部は間に合った。


 弩が構想した寄宿舎のアミューズメントパークは、二日間の徹夜作業で完成している。


 林の獣道の入り口には看板を立てて、草を刈って寄宿舎までのガイドロープを張った。獣道を抜けた先にあるのは、林の中に佇む雰囲気のある洋館だ。

 林の中に突然現れる手入れの行き届いた洋館は、来場者の目を引くことだろう。


 玄関を入ると、中に館内の案内マップが掲げてある。

 模造紙でイラスト入りのマップを作ってくれたのは、花園と枝折だ。

 マップには花園がいつも描く黒ウサギも二匹描いてある。


 玄関から右に折れて案内の矢印の方向に進むと、そこが主夫部カフェになった食堂だ。

 カフェのスタッフには、台所の厨房に二人、食堂のフロアに三人、弩が集めた生徒に入ってもらった(弩はスタッフの募集から面接まで一人でこなしている)。

 錦織は交代で入ってもらう生徒の分も含めて、新たに十着の制服を仕上げた。

 あの錦織にして、もう当分ミシンに触りたくないと言うくらい、大変だったらしい。


 ヘッドスパに使う脱衣所のシャンプー台は、僕達が金だらいを改造した、いかにも手作りという物から、本物の美容室にあるシャンプー台に入れ替えてあった。

 近所の休業中の美容室に交渉して、弩が譲り受けてきたもので、ボウルの部分が割れていたのを、パテで埋めて修理した。

 リンスや、トリートメントも好みに合わせて選んでもらえるよう、各種用意してある。

 肝心の洗髪やマッサージについては、鬼胡桃会長をはじめ、寄宿舎の女子達にいつも鍛えられているから、満足してもらえるだろう。

 希望者が殺到しても困るからと、弩が少し高めに設定した料金は一回、五百円だ。

 この値段設定は、僕にはプレッシャーではあるけれど。


 二階の「なりきり鬼胡桃生徒会長」コーナーでは、写真部に協力してもらって、撮った写真をその場でプリントする仕組みを作った。

 女子をモデルに写真を撮れるだけに、写真部はとても協力的だった。

 高そうなフラッグシップの一眼レフカメラや、単焦点レンズ、照明器具などを惜しみなく投入してくれた。

 撮影場所は寄宿舎の廊下で、古い洋館は雰囲気があるから、写真はアイドルのグラビアみたいに綺麗に仕上がった。

 これで一枚二百円の値段は妥当だと思う。


 地下洞窟探検のアトラクションにも、入り口と出口に二人ずつ人員を配置した。

 111号室の前に作った受付で、百円を徴収し、ろうそくを渡して地下に降りてもらう。

 地下の防空壕と通路は、危険箇所がないように僕達で整備した。歩く距離は全部で二十メートルもないけど、曲がりくねっていたり、大きな岩を越えたり、探検というのにふさわしいと思う。

 なにより、ろうそくの炎だけで暗がりの中を進むのは、スリルがあった。

 昨日のテスト営業の時に、鬼胡桃会長が可愛い悲鳴を上げたのは内緒だ。


 そして、更に冒険を盛り上げるために、ちょっとした仕掛けもしてみた。

 地下通路の天井のはりに、目立たないよう、小さな穴を開けたペットボトルを幾つか取り付けたのだ。

 中に入れた水が、三十秒に一滴くらいの頻度で、穴から滴り落ちるようになっている。真っ暗な中で、手や首筋に水滴が落ちてきたら、誰でも悲鳴を上げずにはいられないと思う。

 水滴がろうそくの炎を直撃して消えそうになるのも面白い。


 こんなふうに、僕達はなんとか本番の文化祭までに、寄宿舎をアミューズメントパークに作り替えた。

 弩の無謀ともいえる提案を、僕達主夫部はやり遂げた。

 その代わり二日間殆ど寝ていない。

 目を閉じると眠ってしまいそうだ。



 でもまあ、それはいい。それは、いいんだけど……


「お客さん、来ませんね」

 御厨が言った。


 会長が文化祭の開幕を宣言して三時間、もう十一時になるのに、お客さんが来ないのだ。

 寝ていないのはどうでもいいけど、こっちは大問題だ。


 地下洞窟探検の係員をしている男子生徒が、暇を持て余してあくびをしている。

 カフェにも客は一人だけだった。

 その一人の客がヨハンナ先生という有様ありさまだ。

 客としてこの寄宿舎に来店したヨハンナ先生が、さっきからカフェメニューを端から順番に注文していた。

 このままでは用意した食材が大量に余ってしまうと、僕達に気を使って、無理をしているんだろう(単に食べたいだけかもしれないけど)。

 このまま他の客が来なければ、ヨハンナ先生がまた太ってしまう。


「やっぱり、場所が悪いのかな」

 錦織が言った。


 校舎裏の林の中という立地は、静けさを求めるにはぴったりだけど、目立たない。

 校舎や、ステージがある講堂から離れていることもあって、通りすがりの人が興味を持って立ち寄ってくれるような場所でもなかった。


 明日、日曜日の公演に向けてリハーサルをしていた「ぱあてぃめいく」が、今日この寄宿舎で生徒に見つかるといけないからと、古品さんを含めて三人のメンバーが余所よそに場所を移したんだけど、これだけ誰も来ないなら、居てもらってよかったかもしれない。


「今のうちに、他の部の展示とか、見たいステージとかあったら、交代で見てくればどうだろう。きっと、この後忙しくなるだろうしな」

 母木先輩が言う。

 しかし、それは気休めにしか聞こえなかった。



「私、チラシを配りに行ってきます!」

 弩が立ち上がる。

「弩は責任者だからここにどっしりと構えていたほうがいいだろ。僕達が配って来るよ」

 僕は言った。

「いえ、先輩達こそお客さんに対応しなければいけないので、ここにいてください。私が配ってきます」

 弩がそう言って、チラシの束を脇に抱えて出て行く。

 カフェから、アミューズメントパークにして規模を大きくしたことに、弩は責任を感じているんだろう。


「こんなに美味しいのにもったいないよね」

 ヨハンナ先生が言った。

 先生は一通りのメニューを食べ尽くして、二周目に入っている。



「大変です! みなさん、大変なことになりました!」

 ところが、さっき出て行ったばかりの弩が、戻ってきた。

 息を切らせて、走って戻ってくる。


「どうした弩? チラシ、もう配り終えたのか?」

 僕が訊いた。

 まだ出て行って三分も経ってないはずだけど。


「いえ、まだ配っていません」

 弩が首を振った。

 確かに、脇にはチラシの束を抱えたままだ。


「チラシどころじゃありません、大変なんです! お客さんが押し寄せて来ます!」

 弩が唾を飛ばして言って、外を指差した。


 玄関から外を見ると、林の獣道を抜けて、生徒が列になってこちらに向かって来る。

 その列は僕達が張ったロープに沿って、どこまでも続いた。

 終わりが見えないから、林の外まで続いてるみたいだ。


「弩、何かしたのか?」

 母木先輩が訊いた。

 弩がここを出て、戻った途端、人が殺到した。

 弩が人を引き連れてきた。

 それはまるで魔法だった。

 ハーメルンの笛吹きみたいな。


「私、何にもしてませんけど」

 弩が言う。目を潤ませて、嬉しいような、戸惑っているような、どっちともつかない顔をしていた。


 さっきまで暇だったのが嘘のように、寄宿舎は、生徒や、校外からの入場者であふれた。


 ヨハンナ先生しかいなかった食堂のテーブルが満席になる。

 先生は慌てて食べていた南瓜かぼちゃのモンブランを口に押し込んで、席をゆずった。

 手持無沙汰てもちぶさただったフロア役の女子が、忙しく注文を取り始める。

 御厨が台所の厨房で目を輝かせていた。


 地底探検の受付にも人が並び始める。

 ねらい通り、みんな111号室の防空壕の入り口に興味津々のようだ。

 行列の中にはお化け屋敷を楽しむみたいに、仲良く手を繋いで並ぶリア充カップルもいた。

 とりあえず爆発してほしい。

 地下通路の中で水滴がちょうど首筋に落ちて、男のほうが腰を抜かして彼女に醜態しゅうたいさらしてほしい。


「皆さん、気合いを入れましょう。忙しくなります!」

 弩が僕達に発破をかけた。

 目をうるませている弩が、鼻をすする。

 嬉しくて、半分泣いているようだ。


「あの、ヘッドスパって、ここでいいんですか?」

 一年生の女子生徒に訊かれた。

 色の白い、目のくりっとした子だ。

 彼女は、洗い甲斐のある、艶々した綺麗な黒髪をしている。


「ああ、うん。ここです。担当の、篠岡です。よ、よろしく」

 初めてもお客さんで、緊張して噛んでしまった。

 一年生の女子に笑われる。

 僕は彼女をシャンプー台に案内した。


 なぜ、急に人が押し寄せてきたのか考えるのは後にして、今は僕も手を動かそう。


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