静かな林の朝
木々に留まる小鳥の鳴き声で目覚めた。
日曜の朝に小鳥の鳴き声で目覚めるって、なんて優雅なんだろう。
それが寄宿舎中庭のテントの中で、主夫部の男子部員と雑魚寝をしてるっていう状況以外は、完璧だ。
夜を徹して午前四時過ぎまでかかった作業で、第二視聴覚室は元に戻った。
日曜の今日は朝から教室の装飾に入る予定だから、部員全員が家には帰らず、テントに泊まっている。
母木先輩はもう起きていて、携帯コンロでお湯を沸かして、コーヒーを入れていた。
僕がテントを出ると先輩は「おはよう」って声をかけて、入れ立てのコーヒーを勧めてくれる。
丸太の上に座っているし、無精ひげを生やしてるし、先輩はまるで山男みたいだ。
空は曇ってたけど、幸いなことに雨は降らなかった。
雨が降ってたらテント生活でこんなふうに優雅な朝を迎えられなかったかもしれない。
まだ三時間しか寝てなくて半分眠っている頭を、僕は先輩が入れてくれた濃いコーヒーで叩き起こした。
そうしている間に、錦織と御厨も起きてくる。
「さあ、作業の前に朝食を作りに行こう、腹を空かせた寄宿生が待っている」
母木先輩が言って、僕達は朝靄の中にある寄宿舎を見上げた。
「おっはよー! お兄ちゃん!」
寄宿舎の玄関のドアを開けた途端、中から妹の花園が飛び出してくる。
玄関には枝折もいて、腕組みして控えていた。
パジャマ姿の花園と、Tシャツに短パンの部屋着の枝折。
日曜日に家にいるときと同じ格好だ。
「どうした? こんなところに」
驚いて僕が訊く。
「お兄ちゃんがずっと学校にいて私達が心配だからって、ヨハンナ先生が連れてきてくれたの。文化祭が終わるまで、この寄宿舎で寝泊まりして、ここから学校に通いなさいって」
枝折が説明した。
ヨハンナ先生は昨晩、僕達が作業している間に、車で二人を迎えに行ってくれたみたいだ。二人のことが心配で何度も何度も電話していた僕を、先生は見ていたのかもしれない。
「ちょうど良かったよ。枝折ちゃんの作るご飯、美味しくないんだもん」
花園が余計なことを言って、枝折に怒られた。
何事にも完璧な枝折が唯一苦手なのが料理だ。
別に奇抜な料理をするわけではなく、レシピ通りにするのに、なぜか味はぱっとしない。
玄関が騒がしいのを聞きつけて、ヨハンナ先生と寄宿生も出てきた。
「ありがとうございます。心配かけてすみません」
僕は先生に頭を下げる。
「まあ、あれだよ。なんかあったら困るしね。この寄宿舎にはまだ空き部屋がいっぱいあるしさ」
先生が照れて言った。
寝間着のロングTシャツだけの先生は、なんだか艶めかしい。
あと、先生が連れて来たのは花園と枝折だけではなかった。
寄宿生の後ろに、御厨の母親、モデルの「天方リタ」がいて、奥から顔を出す。
「篠岡君、この間はありがとうね」
彼女はそう言って僕に微笑んだ。
プロのモデルの完璧な笑顔で、御厨の母親ってことを忘れてドキッとする。
御厨がいないとなにも出来ない彼女もここに保護するべきだと、ヨハンナ先生は考えたんだろう。
先生や天方リタの腕にぶら下がって、花園は一晩ですっかり二人になついていた。
なんだか急に寄宿舎が賑やかになる。
寄宿生四人に、花園と枝折、天方リタとヨハンナ先生。
この寄宿舎に、これだけの女性が集うのは、いつ以来なのだろう。
「すぐに朝食を用意します!」
御厨が言った。
大勢いて作り甲斐があって、御厨も嬉しそうだ。
「その前に、あなた達はシャワー浴びて来なさい。特別にここのお風呂を貸してあげるわ。そのままで食事を作られたらたまらないもの」
鬼胡桃会長が眉をひそめて言う。
徹夜で作業してそのままテントに泊まって、僕達は匂っていたのかもしれない。
ありがたく、風呂場のシャワーを使わせてもらう。
朝から熱いシャワーを浴びたら、さっぱりして、眠気も吹き飛んだ。
「そういえば、先輩達は文化祭、何かやるんですか?」
みんなで朝食の卓を囲みながら、僕が訊いた。
今日の朝食のメニューは、プレーンオムレツにベーコンのソテー、そら豆とタマネギのサラダ、豆乳入りコーンポタージュスープに、自家製クロワッサンのパン食だ。
「私はステージで歌うぞ。軽音部のバンドに、ゲストヴォーカルを頼まれた」
縦走先輩が言う。
それはすごく縦走先輩に似合ってる気がする。
部活で鍛え上げた縦走先輩の肺活量なら、かなりの声量があるんだろうし。
「今日もこのあと、バンドの連中と練習だ。それで忙しくて今日まだ10キロしか走ってないのが、心配ではあるが」
もう、10キロも走ってきたのか……
「会長さんは? 何かやるんですか?」
弩が訊く。
「ええ、もちろんよ。毎年大好評を得ている、私、鬼胡桃統子による講演会が開かれるわ。昨今の世界情勢について語るわ。鋭く切り込むわよ。もちろん、ここにいる寄宿生と主夫部のメンバーは全員参加のこと。来なかった場合は、分かっているわね」
鬼胡桃会長が微笑みながら言った。
その微笑みの向こうに、あの小刀の輝きが見える。
「あれ、古品さんは?」
古品さんも何かやるのか訊こうとしたら、当の本人が食堂内に見当たらない。
「さっき、スマホに電話が掛かってきて、外に出て行ったけど」
錦織が言った。
「どうしよう!」
すると大声と共に、血相を変えた古品さんが食堂に戻って来る。
何事かと、食堂にいる全員が古品さんに注目した。
「『ぱあてぃめいく』が、文化祭のゲストに呼ばれちゃった!」
古品さんの声が食堂に響く。
「ほう、良かったな。どこだろうと、文化祭のゲストに呼ばれるなんて、人気が出て来た証拠じゃないか」
母木先輩が言った。
古品さんのアイドルグループ「ぱあてぃめいく」は、最近、地方のフェスに呼ばれたりしてるし、ライブのチケットも売り切れる。
僕達が毎晩工作しなくても、ネットの掲示板の書き込みが増えている。
人気が出つつあるんだと思う。
文化祭に呼ばれるってメジャーになる第一歩って感じがするし、喜ばしいことだ。
「違うの! 呼ばれたのはこの学校。我が校の文化祭に呼ばれちゃったの!」
古品さんが言って、かけている眼鏡が鼻の頭までずり落ちる。
確認しておくけど、もちろん、我が校は校則で芸能活動禁止だ。
「どうしよう、マネージャーが仕事受けちゃった!」




