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会議は踊らない

 その会議は始まる前から紛糾が予想されていた。


 始まってみるとその予想以上に会議は捗らず、なんの進展もないまま、むなしく時間だけが過ぎていく。

 設立以来、ここまで快進撃を続けてきた主夫部が、初めて味わう挫折である。


 それほど、今度のチャレンジは困難を極めるのだ。



 僕達は図書室にいた。

 今日の会議は、図書室の一画で行われている。

 図書室でもあまり人が寄りつかない、学校創立者の著書が並ぶコーナーだ。

 なぜ、部室ではなく、図書室で会議が行われているのかといえば、弩とヨハンナ先生がいない場所で話を進める必要があったからだ。



「もし、僕達が『あれ』を頼んだとして、弩君の反応はどうだろう?」

 母木先輩が訊く。

「五分五分だと思います。完全に拒否か、すんなりとOKしてくれるか。案外、無邪気に『いいですよ』と言いそうでもありますが、反対に、どん引きされる可能性もあります」

 僕が答えると、先輩が頷いた。


「縦走はどうかな? 縦走に頼んだらどうなるだろうか?」

 続けて先輩が訊く。

「縦走先輩は絶対にOKしてくれますね。それは間違いありません。それどころか、逆に毎日やってくれと頼まれそうです。後が大変かもしれません」

 御厨が答えた。

 それには僕も同感だ。

 運動部で汗をかく縦走先輩は、常に清潔にしていたいだろう。

 それに先輩はそういう点で大らかで、僕達がすることにすっかり身を任せてくれる気がする。


「古品さんは?」

 次に先輩が訊いた。

「古品さんは難しいんじゃないでしょうか。売れていないとはいえ、仮にもアイドルですし、その辺のガードは硬いのかもしれません」

 錦織が言う。


 ファンとして、また、寄宿舎の夫として、古品さんと常に接している錦織の見立てに間違いはないだろう。古品さんが無理なら、同じアイドルグループのな~なとほしみかに頼むのも無理だ。


「あいつのことは訊くまでもないな」

 母木先輩が言って、

「はい」

 と、他の全員が声を揃えた。

 もちろん、鬼胡桃会長のことだ。


「まず、提案した瞬間、言い終える前にあの刀が抜かれるだろう。『なに馬鹿なこと言ってるの? そこに直りなさい!』と鬼の形相で言われて、僕達は切り刻まれる。この世に塵も残らないくらいに」

 先輩が鬼胡桃会長のものまねをしながら言う。

 その姿が目に浮かんで、総毛立った。


「次にヨハンナ先生だが、先生は大丈夫じゃないだろうか? 先生なら許してくれそうな気がするが……」

「先生は理詰めで徹底的に説明すれば許してくれると思います。案外、押しに弱いところがありますし、最終的に土下座すれば、断れない感じになると思います」

 実は人情に厚いヨハンナ先生は、泣き落としが効きそうだ。


 そんなところで先生の人情にすがるのは卑怯な気がするけれど。


 弩  △

 縦走 ○

 古品 ×

 鬼胡桃×

 ヨハンナ先生○


 母木先輩がホワイトボード代わりに持ち込んだ画用紙に書き込んだ。


「まったくの五分と五分だな。だが、これは別に多数決で決まるわけじゃない。全員に理解して、納得してもらうことが必要だ。そうじゃないと、このチャレンジは成り立たない。全員を○にしなければならない」

 母木先輩が言う。


 古品さんはともかく、鬼胡桃会長の説得は絶望的だ。

 それに弩がどっちに転ぶか、分からない。意外に頑固で、鬼胡桃会長以上に手を焼くかもしれない。


 それだからこの会議はさっきからずっと停滞している。

 堂々巡りをしている。

 解決の糸口がまったく見つからない。



「やはり、『髪を洗わせてくれ』と頼むのは、ハードルが高いか……」

 母木先輩が言って、僕達全員が溜息をついた。


 疲れた妻を癒す手段の一つ「洗髪」は、主夫部部員として絶対に身に付けたい技術だ。

 女性の髪を上手く洗う方法を、知識だけでなく、体で覚えたい。

 髪を洗う練習をしたい。


 妻が疲れて帰ってきたとき、或いは休日の昼間、スキンシップを取りながら、ゆったりと髪を洗ってあげることが出来たら、どんなにすばらしいだろう。

 妻も、そして僕達も、どんなに幸せだろう。

 想像しただけで、口元が緩んでしまう。

 


 幸いなことに、この寄宿舎には色んな髪型が揃っている。

 

 弩の黒髪ロング。

 縦走先輩のベリーショート。

 古品さんのショートボブ。

 鬼胡桃会長のパーマの巻き髪。

 ヨハンナ先生の金髪。


 もし、髪を洗う練習をさせてくれるなら、これほど、色々なパターンを試せる機会はない。将来、どんな女性と知り合っても、怯まず対応出来るだろう。

 このチャンスは逃したくない。


 寄宿生に髪を洗わせてもらうといっても、もちろん、一緒に風呂に入るわけではない。そこははっきりさせておく。

 行うとき僕達は服を着ているし、寄宿生は水着や、バスタオルで体を隠してもらうつもりだ。

 なんなら、僕達は目隠しをしたっていい。

 僕達の目的は女性の髪を洗う練習であって、よこしまな欲望を満たそうというつもりはない。

 毛頭ない。

 それは約束できる。


 けれど、それをうまく説明する自信がない。

 ただの変態扱いされそうで怖いのだ。

 それだから会議は停滞している。


 もう、三時間が過ぎた。




「僕に、一つアイディアがあります」

 僕達に突破口を見出してくれたのは、錦織だった。

「あの手が使えるかもしれません」

 錦織が親指の爪を噛みながら、言う。


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