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日曜日のプール

「主夫部だけ先にプールに入ってるなんてずるいじゃない」

 ヨハンナ先生が言った。

 肩紐のない、鮮やかなブルーの水着のヨハンナ先生。

 長い足が更に長く見えるハイレグカットの水着。

 先生の前に立った弩が、口を半開きにして、先生のスタイルに見とれている。

  頭身が違いすぎて、なんだか弩がデフォルメキャラみたいだ。


「まだ六月だっていうのに暑くてたまらないし、寄宿舎の空調が壊れてて寄宿生が可哀想だから、みんな連れてきたよ」


 先生GJ。


 確かに、寄宿舎の全館空調は壊れたまま放置されていて、学校から修理費用も出ないみたいだった。

 これから夏に向けて何とかしないといけないって、考えていたところだ。


「よし、思う存分泳ごうぞ!」

 黒い競泳用水着の縦走先輩が、吠えるように言った。

 先輩の褐色の肌には、その黒い水着がよく似合う。

 スリムなのに力強いアスリートの体は、見ていて憧れた。

 その腕で強引に引っ張って行ってもらいたい気がする。


 縦走先輩は手を入れて水温を確かめると、さっそくプールに飛び込んだ。

 そのまま、バタフライで、バッサバッサと豪快に泳いでいく。

 折り返して、今度はクロールに移った。

 その泳ぎを見ていた御厨が、

「ちょっと、おにぎり握ってきます!」

 そう言い残して、慌ててプールを出て行く。

 確かに、あれだけ激しく泳いでいれば、縦走先輩は数時間後には「腹が減った」と騒ぎ出すだろう。



 一方で古品さん達「ぱあてぃめいく」の三人は、プールサイドで撮影会を始めた。

「ちょうどいいから、ブログとかインスタの写真にしようかと思って」

 古品さんが言う。

 ふっきーこと古品さんはオレンジ色で、ほしみかがグリーン、な~なはイエローの同じ型のビキニを着ていた。

 古品さんはいつもの眠そうな古品さんじゃなくて、アイドルモード全開のふっきーだった。

 目を大きく開いているし、口角も上がっている。

 上目遣いでこっちをじっと見詰めてくる感じで、このままだとCDを何枚も買ってしまいそうだ。


 三人はプールサイドに浮き輪やビーチボール、ビーチマットを持ち込んで、お互いの写真を撮り合う。

「あっ、僕、撮ります!」

 三人の集合写真は錦織が撮った。

 ここのところすっかり「ぱあてぃめいく」のファンになっている錦織にとっては、大好きなアイドルの水着写真を思う存分撮れる幸せな時間だろう。


 売れない地下アイドルとはいえ、さすがはアイドル。

 撮られ方が分かっていて、ポーズが決まっていた。

 可愛さを全面に出すことを全然ためらわない。

 小道具を使って何パターンも写真を撮っていると、な~なの大きすぎる胸に耐えられなかったのか、ビキニの肩紐がちぎれるという、大ハプニングが起きた。

 プールサイドが騒然とする。


「見ちゃ駄目です!」

 弩が僕とな~なの間に立って、視線を塞いだ。

 僕は、弩の胸に書かれた「6の2 おおゆみ」という文字をしばらく見ている。

 次に視線がクリアになったときにはもう、な~なの胸にはタオルが巻かれていた。


 弩……


 ビキニの肩紐は錦織がすぐに修理する。

 プールサイドにまで裁縫道具を持ち込んでいる錦織は、流石と唸るしかなかった。



 僕達が大騒ぎしているあいだ、ヨハンナ先生はプールにフロートチェアを浮かべて、その上に仰向けで寝そべっていた。

 プールサイドにはビールを満載したクーラーボックスが用意してあるし、乾き物のおつまみセットもぬかりなく用意されていた。

 真新しいブルーの水着といい、もしかして、先生は僕達にプール掃除をやらせて、浮いたお金でそれらを買ったんだろうか?


 学校から清掃業者に払う代金を、着服したのか?


 でも、まあ、いいか。

 こんなふうに、みんなでくつろいだ日曜日を過ごせるなら、僕達も掃除をした甲斐があるというものだし。



 それぞれが一足早いプールを楽しんでいるのに、一人だけその輪に加わらない人物がいた。


 鬼胡桃会長だ。


 会長はポンプ室の影の日陰で、体育座りをして涼んでいる。

 時折、僕達のほうを見ては、視線を伏せる。

 せっかくの鮮やかなボルドーの水着が台無しである。


「先輩、プール入らないんですか?」

 気を使って弩が鬼胡桃会長を誘いに行った。

「いいの、私は。肌を焼きたくないし」

 鬼胡桃会長が、どこか寂しそうに言う。


「鬼胡桃は泳げないんだ」

 それを見ていた母木先輩が言った。

「水に入るのも怖いんだ。小さい頃のトラウマで」

 そういえば、母木先輩と鬼胡桃会長は幼なじみだった。

 先輩は幼い頃からの鬼胡桃会長のことをよく知っているのだ。

「まあ、トラウマといっても、それを植え付けたのは僕なんだけどな。幼稚園の頃、水を嫌がる鬼胡桃を悪戯でプールに落として、水嫌いにさせたんだ。子供の頃の話だとはいえ、申し訳ないことをしたと思う」

 母木先輩の言葉に、普段なら(うるさいわね、余計なことを言わないでよ!)とかすぐに返す鬼胡桃会長だけれど、それはなかった。


 鬼胡桃会長がツンツンしていないと、調子が狂う。


 すると、母木先輩がプールから上がって、会長の前に歩いていった。

「鬼胡桃、水に入らないか?」

 先輩が誘う。

「いやよ」

 会長は横を向いた。

「水に入ろう。泳ぎの練習をしよう。ここで泳がないと、いつまでも泳げないままだぞ」

 膝を折って会長に目を合わせて、母木先輩が言う。

「今ここには主夫部と寄宿生しかいない。誰に恥をかくこともない」

 僕達の口は堅い、と思う。

「このまま、プール開きして、授業で泳げないと、またずっと体育の授業を休むことになるだろう? そっちのほうが恥ずかしくないか?」

 母木先輩が幼い子供をなだめるように言った。

「ほら」

 先輩が手を差し出す。


「分かったわよ」

 鬼胡桃会長が先輩の手を払って立ち上がって、腰に巻いていたパレオを外した。

 プールサイドを歩いて、プールの縁まで行く。


「水に入るくらい、なんともないわ」

 口ではそう言いながら、鬼胡桃会長は怖々と水に足を浸けた。

 ゆっくりと、体を滑り込ませるようにしてプールに入る。

「怖くないだろう?」

 母木先輩が訊いて、会長は無言で頷く。


「よし、じゃあバタ足から始めよう。僕の手に掴まれ」

 先輩が両手を出した。

 少し考えて、鬼胡桃会長が母木先輩の手に掴まる。

 先輩の手に体を預けて、会長が体を水に浮かせた。

 そのまま、足を後ろへ伸ばす。

 ゆっくりだけれど、足を上下に動かして、バタ足を始めた。


「いいぞ、その調子だ」

 最初は良かったのだけれど、ぎこちないバタ足で体が沈みそうになって、母木先輩が慌てて会長を抱き上げる。

「ちょっと、何するのよ! もう!」

 会長がすぐに体を離した。

 顔を真っ赤にしている。

「もう一回やるわよ。さあ」

 照れているのを隠すように鬼胡桃会長が言って、再び母木先輩の手を取った。


 前途多難だけれど、こんなふうに母木先輩に泳ぎを教えてもらっていれば、この夏が終わる頃には、会長も泳げるようになっているかもしれない。



 弩が二人の様子を羨ましそうに見ていたから、背後から近づいてプールに落としてやろうとしたら、直前で気付かれて、逆に弩に一本背負いで水面に投げられた。

「すみません! 反射で」

 弩が言う。

 良かった、弩の小指の怪我は完全に治ったらしい。


 僕は水に沈みながら、もう二度と弩の後ろに立ってはいけないと、心に刻んだ。




 日が沈むまで、プールで散々遊んで、ぐったり疲れて寄宿舎に帰る。


 寄宿舎に帰ると、玄関に灰色の作業服を着た数人の作業員がいて、ちょうど、なにか一仕事終えて帰るところだった。


「ご苦労様」

 ヨハンナ先生が作業員の男性に声を掛ける。

「どうにか、直りました。この夏は涼しく過ごしてもらえますよ」

 作業員の長らしい、四十代くらいの男性が笑顔で先生に言った。


 館内の空気が冷えている。

 湿気もなくて、清々しい。

 寄宿舎の中が、まるで高原の別荘のようだ。


「全館空調修理したんですか?」

 僕が訊く。

「そうなの」

 ヨハンナ先生が頷いた。

「代金はどうするんですか?」

 修理費用は学校側が出してくれないって、聞いたけど。


「ごめんね、プールの清掃業者に払うつもりだった料金をこっちに回しちゃった。あなた達にプール掃除してもらって浮いたお金を、空調の修理に当てちゃったの」

 ヨハンナ先生はそう言って、手を合わせて謝る。


 いや先生、謝らないでください。


 先生、先生がプール清掃代金を着服したとか、疑ってすみません。


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― 新着の感想 ―
清掃業者に支払う予定だったお金どうなるんだろ? って思っていたら先生ナイスプレーですね
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