愛夫弁当
「九品仏、奴らを軽く料理してやれ」
鉄騎丸君が言って、九品仏君が「おう」って悪い顔で返事をした。
二人が、僕達を見てクスクス笑う。
確かに、料理対決で料理してやれって、言葉がかかってるけど、全然面白くない……
「それでは、対戦する副将の二人は、家庭科室に移動してください」
司会の新聞部女子が促す。
御厨と九品仏君が家庭科室に移動して、僕達は料理の様子を講堂から中継映像で見守ることになった。
料理対決でこっちの代表が御厨なら、僕達主夫部は安心して見ていられる。
二人が移動した家庭科室のテーブルには、料理道具と山のような食材が積み上げてあった。
野菜、果物、肉、魚、調味料や、乾物の類も、料理に使いそうな材料は一通り揃っている。
炊きたてのご飯も用意されていた。
「今回、この料理対決のための食材は、スーパー『まるごし』にご提供頂きました。創業35周年、地域に根ざした地元のスーパー。お買い物はスーパー『まるごし』、スーパー『まるごし』でよろしくお願い致します」
さすが新聞部、スポンサーまで手配していたとは……
「さて、それでは副将戦の対決方法を発表します。副将戦は料理対決ということで、両校の代表者には『お弁当』を作ってもらいます。それも、主夫を目指す男子の戦いですから、『愛夫弁当』を作ってください。将来結婚したパートナーが、職場に持っていくお弁当という設定でお願いします。未来の妻が仕事場で、昼休みにほっと出来て、午後からの仕事にも力が入るような、そんなお弁当にしてください。制限時間は一時間です」
司会が説明する。
愛夫弁当か……
それはすごく、幸せな響きだった。
聞くだけで、わくわくする。
御厨と九品仏君が、エプロンを身につけた。
渋い深緑のエプロンの御厨に対して、九品仏君はフリルが付いたピンクのエプロンだ。
なぜ、新婚さんみたいなエプロン……
丸坊主の厳つい九品仏君には、全然似合っていない。
二人は、ガスコンロが二口にシンクが付いた、隣り合う調理台に陣取った。
調理台には、マイ包丁やマイまな板、それぞれが普段使っている調理道具が並んでいる。
「それでは、副将戦、始め!」
司会がホイッスルを鳴らして、対決が始まった。
スポーツタイマーが一時間のカウントダウンを始める。
二人は、テーブルの上の食材から必要な物を取って、早速料理を始めた。
図らずも、二人ともタマネギを切るところから調理が始まる。
トントンと小気味よい音を立てて、包丁が踊った。
二人の包丁さばきに、両校の観覧者が感嘆の声を出す。
「上手いね」
「カッコイイ」
女子達のそんな声も聞かれた。
僕はいつも台所で見てるから御厨の実力は知ってたけど、九品仏君の包丁の使い方も上手い。
包丁さばきだけではなかった。
材料を刻みながら、横でお湯を沸かしたり、豚肉をすりおろしたパイナップルに漬けていたり、段取りの方も見事だ。
これは、毎日台所に立っていないと出来ない身のこなしだった。
もしかしたら、九品仏君も僕みたいに、毎日部活や家で、料理をしてるのかもしれない。
競技内容はさっき知らされたばかりなのに、二人とも、お弁当を作るのに迷いがなかった。
おかずの献立をその場で決めて、黙って手を動かした。
急な要求にも応えて忙しい中でお弁当を作る。
主夫には、こういう能力も求められるんだろう。
観客の女子の言葉じゃないけど、二人とも、すごくカッコよく見える。
三十分が経過すると、御厨が仕上がったおかずを重箱に詰め始めた。
お重は三つ用意されているから、御厨は三段重の豪華なお弁当にするつもりみたいだ。
圧倒的に差をつけて、九品仏君を徹底的にやり込める作戦なんだろう。
一方の九品仏君は、小さなお弁当箱に、ピンセットを使って、緻密におかずを詰めていった。
ハサミで海苔を切ったり、何か細工もしている。
豪快なお重のお弁当と、小さくて繊細なお弁当。
なんだか、二人の体つきとお弁当が逆だった。
「はい、そこまで!」
司会の女子がホイッスルを鳴らす。
出来上がったお弁当を包んでいた二人が、手を止めた。
戦い終わった御厨も九品仏君も、清々しい顔をしている。
二人は、どちらからともなく握手した。
観戦していた僕達も、ほっと息を吐く。
調理を終えて講堂に戻って来た二人が、ステージに拍手で迎えられる。
二人が作ったお弁当は、ステージで待つ清廉乙女学園の三人の元へ運ばれた。
「これから審査に入ります。清廉乙女学園のみなさん、よろしくお願いします」
司会者が呼びかけて、西京極さん達がお箸を手に取る。
三人は、まず、お弁当の佇まいを眺めた。
九品仏君が作ったお弁当は、楕円形のパステルピンクの弁当箱に入っている。
おかずは、卵焼きに、豚肉の甘辛焼き、鮭のカレーソテー、ブロッコリーのチーズ炒め、枝豆ポテトサラダに、プチトマトっていう布陣だった。
ご飯のほうには桜でんぶが敷き詰めてあって、上に海苔で「ごごもがんばって」って書いてある。
九品仏君は、やっぱり、見掛けによらず細かいところまで気を配っていた。
「九品仏君カワイイー!」
我が校の女子から声が掛けられたけど、九品仏君は動じない。
一方で、重箱に詰まった御厨のお弁当は、豪華だ。
一番下のお重にはおにぎりが入っていて、海苔や、薄焼き卵、とろろ昆布の衣をまとっていた。
二段目は肉料理のお重で、照り焼きチキンに、ミニハンバーグ、豚肉の生姜焼き、エビフライ、ベーコンアスパラなんかが詰まっている。
三段目には、だし巻き卵やポテトサラダ、かぼちゃの煮物、プチトマトや、カットフルーツなんかが入っていた。
「食べさせてー!」
女子からそんな声が飛んで、御厨が顔を赤くして頭を掻く。
しばらく眺めて彩りを審査したあと、三人は実際に食べて味を確かめた。
それぞれ、小皿に取って味わう西京極さん達が、審査を忘れて思わず笑みをこぼす。
講堂からは唾を飲む音が絶え間なく聞こえた。
ステージ上にいる僕達のところにもいい匂いが流れてきて、唾が湧いてくる。
はっきり言って僕は、御厨の勝ちを確信していた。
西京極さんたち清廉乙女学園の三人は御厨のお重から離れないし、三人でお重三段を空にしてしまう勢いで食べている。
弩や錦織、子森君、部員のみんなを見ても、勝ちを確信してるみたいだった。
相手の鉄騎丸君や、巌君も、目を瞑って渋い顔をしている。
最終戦を待たずに、我が主夫部の勝利だ。
「さあ、それでは判定をお願いします」
司会の彼女がそう言って、柔道みたいに、白と青の旗を西京極さん達、三人の審判に渡した。
白が僕達主夫部で、青が黒龍剣山高校家政部。
「審査の結果、料理対決勝者は………」
司会が言って、西京極さん達がサッと旗を上げる。
「青三本、家政部です!」
その瞬間、黒龍剣山高校側の応援席から「うおお」って喜びの雄叫びが上がった。
みんな、大はしゃぎで抱き合ったりしている。
夢じゃないかって、お互いを殴ったりした。
一方で我が校の応援席は、みんな、信じられないって顔で、お互いに目を見合わせる。
それは、僕達主夫部も同じだった。
御厨が負けたことが、信じられない。
「それでは、審査員の西京極さんのお話を聞きましょう」
司会が、西京極さんにマイクを渡した。
「さて、今回作ってもらったお弁当、確かにどちらも素晴らしいものでした。特に主夫部の御厨君が作ったお弁当は、見た目も、味も完璧と言ってよかった。料理として完璧でした。いつか、こういう場でないところで、また、ご馳走になりたいくらいです」
西京極さんはそう言って御厨に微笑みかける。
「しかし、御厨君は料理の腕を見せたいがあまり、たくさんのおかずを作りすぎました。たくさんのお重を揃えたお弁当は、重すぎたのです。これが職場に持っていくお弁当だということを忘れています。お昼休みにこんな大量のお弁当を食べる女子が、いるわけがありません。料理対決なら御厨君の完全勝利でしょう。ですが、これは妻が職場に持っていく『愛夫弁当』なのです。ですから、これは認められません」
西京極さんが言った。
「一方で九品仏君のお弁当は、手堅くまとまっていて、妻への愛情が感じられる最高の『愛夫弁当』でした。お昼にこんなお弁当を食べたら、女子は誰だって午後からの仕事を頑張れると思います」
それは、認めざるを得ない。
だけど僕は、お昼休みにこんな大量のお弁当を食べる女子を一人知っている。
そう、縦走先輩だ。
御厨は、縦走先輩を想像して、このお弁当を作ったのだ。
将来、縦走先輩のお婿さんになることを想像して、あのお弁当を作った。
縦走先輩なら、あの量のお弁当もペロリと平らげて、デザートまで要求するに違いない。
これは、縦走先輩にとっては最高の「愛夫弁当」なのだ。
でも、それが西京極さん達に通じるはずもなかった。
九品仏君に拍手が送られる。
それは、黒龍剣山高校側からも、うちの学校の生徒からも、講堂全体から惜しみない拍手喝采が送られた。
「すみません」
僕達の所に帰って来た御厨が、頭を下げる。
御厨は言い訳したりしなかった。
「なにも謝ることはないよ」
主夫部部長なのに、そんな言葉しか掛けられない自分がもどかしい。
「そうだよ、料理では勝ってたし」
「圧勝だったよ」
「西京極さんが縦走先輩のこと知ってれば、勝ってた」
主夫部のみんなも、御厨を慰めた。
「ありがとう」
御厨はそんな部員に、下を向いたまま礼を言う。
その時、御厨のポケットのスマホが鳴った。
落ち込む御厨に何かメッセージが届いたみたいで、御厨は僕達に背中を向けてスマートフォンを確認する。
悪いとは思ったけど、僕は背中越しにスマホの画面を覗いてしまった。
御厨の作った料理なら、私がいくらでも食べる。
だから、作りたいだけ作って私のところへ持ってくればいい。
それは、縦走先輩からのメッセージみたいだった。
それを読んだ御厨が鼻を啜る。
御厨が負けたこの結果を、誰かが縦走先輩に伝えてくれたんだろう。
僕が舞台袖のヨハンナ先生を見たら、ヨハンナ先生がぷいって顔を逸らした。
なるほど、先生が伝えてくれたらしい。
本当は、こういうことは、部長の僕がしないといけなかったのかもしれない。
それにしても、縦走先輩と御厨、相変わらずラブラブみたいで、羨ましかった。
「さあ、それでは最終戦、次は『洗濯』対決です!」
司会が声を張る。
僕が次の洗濯勝負に負けると、同点になって決戦に持ち込まれてしまう。
ここは、主夫部部長として、気合いを入れて挑まないといけない。